下関という歴史の傷跡から平和の創造へ

中井 淳 SJ(下関労働教育センター(LEC))

  7月12日から二日間、日韓のイエズス会員と平和運動に携わる協働者たちが下関労働教育センターに集い、反核・反原発のセミナーを行った。その詳細は、韓国から協働者を連れて参加してくれたパク・ムンス神父によるレポートを参照されたい。パク神父は韓国管区社会使徒職委員長のキム・チョンデ神父と今年の二月に下関を訪れてくださり、私と林神父(労働教育センター館長)の、下関を拠点とした日韓両管区の協働への夢を真摯に聴いてくださった。パク神父はこちらの期待を超えて迅速に対応してくださり、その温かな思いによってこのセミナーが実現することになった。心から深く感謝しながら、ここでは下関という韓国朝鮮と切り離すことのできない歴史を持つ場所に住みながら日韓協働について考えてきたことを述べさせていただきたい。 私が下関に赴任してから一年半、韓国はフェリーでわずか一晩の距離にあり、日韓の問題について考えさせられてきた。この下関には多くの在日韓国朝鮮人の方がおられ、朝鮮学校も私の働く教会から程ないところにある。労働教育センターに関わっている市民運動のグループもその意識は高く、その多くが「従軍慰安婦」への謝罪の問題や在日韓国朝鮮人の権利のためにも活動している。私もそのようなグループに入れてもらい、下関がいかに韓国との深い歴史を持っている場所かを日々学ばせてもらっている。

馬関祭りというものが夏に行われる。それは、日本との平和交流のしるしでもあった朝鮮通信使を記念するイベントでもあり、朝鮮からの使者たちがこの下関という地を足掛かりに京へと上っていった。しかし、下関はそのような正の歴史だけでなく、あまりにも深刻な負の歴史を担っている。 春帆楼というホテルは、日清講和条約が締結された場所であり、その当時の建物は解体されているが小さな歴史資料館が新館の傍らにある。一見しても負の歴史は見えず、伊藤博文という当時の偉い総理率いる日本軍が清国に勝利したのだという感想ぐらいしか来館者は感じないかもしれない。

  しかし、日清戦争というのは朝鮮を保護国という名目で植民地化するための戦争であり、関門海峡に面したこの場所で講和会議が行われた理由は、海峡を運行する何隻もの軍艦を見せて、日本の武力を誇示し、清国に対して圧力をかけるためであった。しかし、一見してもそのような生々しく醜い歴史、両国のはざまで踏みつけられた朝鮮の人々の苦しみは見えてこない。負の歴史は隠されている。ここからすでに韓国併合への歴史が始まっており、強制連行を含め多くの韓国朝鮮人がその併合後関釜連絡船で下関に連れてこられ、海沿いの財閥の倉庫群に押し込められ、酷使される労働力として日本の各地へと送られていったという歴史的事実を、果たして下関に住んでいる人々のどれほどが知っているのだろうか。

  今、竹島、尖閣諸島をめぐり、日韓、日中間の摩擦が深刻化している。この問題は、日本にとっては単なる領土問題かもしれないが、韓国と中国にとっては歴史認識の問題なのだ。そのことに気づき、日本が根本的に回心しない限り、対立から和解への道を歩むことは難しい。この夏、広島の平和記念公園を訪れる機会があった。今までは何気なく頭を垂れていた韓国人被爆者慰霊碑にそれゆえに意識がいった。1980年代になるまで、韓国人慰霊碑は、慰霊碑がすでに沢山あるためという理由で公園の敷地外にひっそりと建っていた。差別問題として取り上げられ、公園内に移されても、何者かによってペンキで汚されるという事件もあった。このたび、私は韓国人慰霊碑こそがこの公園の中心になければならないのではないかと痛切に感じた。自らの国が原爆によって踏みつけられてしまったことを主張するだけでなく、自分たちが踏みつけてきた人々に頭を垂れることから、真の平和、真の核兵器廃絶ができるのではないか。

  真に犠牲になっている人たちに思いを馳せることができないために、棄民労働者と言われる原発労働者に無関心のまま、私たちは原発という名で装われた核兵器に対して不作為であり続けてしまったのではないか。  ならば、日本が抱えるあらゆる問題の原罪ともいえる韓国併合へと歩んでしまった日本の負の歴史を背負う下関という場所で、この歴史の傷に向き合うことによって、日韓の和解、日本の新しい創造を始めていかなくてはならないのではないだろうか。そのような思いをパク神父がくみ取ってくださり、今回小さくとも意味ある一歩を踏み出すことができた。下関にはありがたいことに同じ思いを共有し歩んでくれる市民運動の仲間たちがいる。そのようなすでにある動きと協働し、また支えていきたいと思う。釜山にも古里原発があり、その反対運動に従事し命を懸けている韓国の方にもこのセミナーで出会うことができた。このような市民運動の連帯、草の根の交流と連帯がきっと平和を作っていくのだろう。イエズス会日韓管区の協働がこの連帯をさらに強め、支えていくことに貢献することを願い、芽吹いた平和の芽を、祈りをこめて育てていけたらと願っている。

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