【 映 画 】『わたしを離さないで』 /イギリス・アメリカ/2010年/ 105分

  ひさしぶりにドキュメンタリーではなく、フィクションの映画を取り上げます。今回の映画は、私がこれまで見た映画のなかでも、もっとも美しくて、もっとも 悲しい映画の一つです。この映画は、イギリスの小説家カズオ・イシグロの同名の小説(『わたしを離さないで』早川epi文庫、2008年、840円)を元 にしています。
  舞台は現代のイギリス。ただし、実際のイギリスとは少し異なります。この映画では、自分のクローン人間をつくって、必要な場合にはそのクローン人間から 臓器移植することが認められているのです。ヒロインとその男友だち、女友だちは3人ともクローン人間として生まれ、18歳まで全寮制の学校で育ちました。
  この学校では、生徒は何よりも健康に気を遣うよう指導します。また、許可なく学校の敷地を出ることは厳しく禁止されていて、規則を破って外に出た人には 死が待っています。他方で、生徒には芸術が奨励され、「ギャラリー」と呼ばれるところから定期的に訪れる女性が、生徒たちが描いた絵を集めて持って行きま す。

  18歳を過ぎると、彼らは各地にある同様の学校から来た若者たちと一緒に、「コテージ」と呼ばれる農家に、10人前後のグループで住み 込みます。そこでは外出も認められ、若者同士でカップルが誕生することもあります。同時に、必要に応じて「ドナー(提供者)」として臓器移植が開始されま す。臓器移植は平均して3~4回で「コンプリート(終了)」します。この場合の「終了」というのは、「死亡する」ということです。
  彼らの間で、「愛しあうカップルが申請すれば数年間、臓器移植が猶予される」という噂が流れます。しかし、ヒロインは男友だちを女友だちに取られ、失意 の内に「ケアラー(介護士)」として働くため、コテージを出ます。その後、女友だちも男友だちと別れ、3人はバラバラになってしまいます。
9年後、介護士として働くヒロインは、友人の女ともだちに会います。女友だちはすでに2回臓器移植を終えて、体がすっかり弱っています。彼女はヒロインか ら男友だちを奪ったことを後悔していて、男ともだちとヒロインがもう一度愛し合うことを願っています。こうして、女友だちは男ともだちの居場所を突き止 め、3人は再会します。
  女ともだちは3回目の臓器移植で「コンプリート」してしまい、ヒロインと男友だちは再び交際するようになります。しかし、男友だちもすでに3回の臓器移 植を終えて、体が弱っています。そこで二人は、「愛し合うカップルは臓器移植を数年間猶予される」という昔の噂話を思い出して、「ギャラリー」の女性を探 し出して申請しようとします。
  しかし、その噂話は根拠のないものでした。「ギャラリー」が生徒たちの描いた絵を集めていたのは、生徒たちのカップルの「人間性を知る」ためではなく、 クローンからの臓器移植の倫理性をめぐる議論の材料として、「クローン人間は人間であるかどうか」を探るためだったのです。
こうして、男友だちはヒロインが見守る中、4回目の移植で「コンプリート」し、やがてヒロインも最初の移植を受けることになるのです。
原作者のイシグロは、「クローンというテーマには興味がない。ただ、人生で何が大事なのかという問いに興味があった」と語っています。確かにこの映画 は、ショッキングなテーマにもかかわらず、淡々とした美しい映像が続き、俳優たちも静かで悲しみに満ちた演技を見せています。ですから、クローンという テーマを別にしても、人間ドラマとしても十分魅力的です。
  にもかかわらず、クローン人間からの臓器移植というテーマは、私たちに生命倫理の重い課題を突きつけます。このテーマに関心のある方は、ぜひご覧になるようお勧めします。

http://movies.foxjapan.com/watahana/

【イエズス会社会司牧センター/柴田幸範】

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