社会司牧通信  No 91 99/8/15

21世紀の日本と外国人労働者の運命
安藤 勇(イエズス会社会司牧センター)
 つい先頃、出入国管理法(入管法)改正法案が衆議院を通過し、数週間中にも参議院を通過する見通しだ。入管法改正法案は、今国会で審議された他の法案(たとえば、国旗・国歌法案)とちがって、日本のメディアや国民に「知らされない」まま審議されている。しかし、入管法改正は、何十万という滞日外国人労働者に直接の影響をおよぼす。この件について噂が広がりはじめ、人々はパニックに陥っている。東京・足立区では、何千人という外国人労働者が暮らしているが、今年に入って、「結びの会」という近隣の外国人労働者を支援する小さな匿名グループが組織され、正しい情報とアドバイスを提供する集会を催しはじめた。
 法務省出入国管理局(入管)が作成したこの改正法案は、すでに2年前に行われた入管法改正の続きである。実際、入管は、「蛇頭」のような暴力組織による密入国の増加を何とか抑えようとしてきた。だが、その成果はどちらかといえば怪しいもので、解決法は他に見つけなければならないありさまだった。いずれにせよ、入管法改正法案はより厳しい方針を示している。
滞日外国人労働者の実状

  労働省の調査によれば、日本には66万人の外国人労働者がいて、全労働人口の約1%にのぼるという。そのうち、27万7千人がオーバーステイ(滞在期限切れ)と推定される。その数は、ピーク時の29万9千人(1993年)からは次第に減っているが、密航者は入管を通らないので、正確な数は分かっていない(朝日イブニング・ニュース1999年1月3日、エディトリアル)。この記事から半年たち、経済が不況から脱していないため、多くの労働者が仕事を失って祖国に帰ろうと決心したが、それでも入管が改正法案で強調しているように、現在でも約27万人のオーバーステイがいるという。

 キリスト教共同体の観点から、カトリック東京国際センター(CTIC)では、東京教区の日本人カトリック信者と外国人信者の数を比較した、興味深い調査結果を発表した。それによると、東京教区(東京都と千葉県)には、日本人信者81,020人(55%)と外国人信者66,766人(45%)がいる。特に、東京東部の5区では、日本人信者4,498人(42%)に対して、外国人信者6,232人(58%)と、逆転している。

 日本の公式の入管政策は、西洋諸国や国際基準に照らしてみると、異質な考え方を持っている。伝統的な入管政策のモデルは、いつも在日韓国・朝鮮人の状況であった。時代が下って70年代終わりから80年代には、日本政府は難民受け入れに消極的であり、また外国人労働者に対する厳しい制限は、日本が外国からの労働者受け入れを望まないという姿勢を如実に示していた。変化は確かにあったが、それは外圧によるもので、難民受け入れのケースと同じである。

80年代に入って、肉体労働者が不足したために、厳格な入管法の解釈が少しだけ緩められた。だが、現在では、外国人労働者が働ける仕事がそれほど多くないために、滞日外国人による犯罪の増加といった他の社会問題を利用して、入管はフリー・ハンドを得たかのように見える。だが、確かな研究によれば、外国人による犯罪が全体に占める割合は、実際には減っているということだ。

国連人権委員会の指摘


 国連人権規約委員会は、日本政府から提出された報告書や市民団体などからのカウンター・レポートを綿密に検討した後、1998年11月5日に、日本政府の国連人権規約への対応についての「最終見解」を発表した。同見解の19項では、入管施設での対応についてこう述べている。「委員会は、入国管理に係る手続き中に収容されている人達への暴行や性的嫌がらせの訴えについて懸念している。この中には、過酷な収容状況、手錠の使用、隔離室への収容といったことも含まれている。入国管理施設に収容された人は、6ヶ月まで、いくつかの事例によっては2年間までも延長された期間、収容所にとどめられる場合がある。委員会は、締約国が収容の状況を見直し、また必要ならば、状況を規約第7条および第9条に適合するよう改善を行うことを勧告する」(日本弁護士連合会訳)。

 さらに、第10項では、こう述べている。「さらにとりわけ、委員会は、警察や入国管理局職員による虐待に対する申立てを、調査や救済のために行うことのできる独立の機関が存在しないことに懸念を有する。委員会は、このような独立の組織や権限を持った機関が締約国によって遅滞なく設置されることを勧告する」(同)。
 こうした指摘や勧告は少しも目新しいものではないが、その改善の見通しはまったくない。実際、もし入管法改正案が通過したとすれば、日本も締約国である国際人権規約との間に、いっそうの対立が生まれるだろう。

入管法改正法案

 簡単にいえば、今後、日本への不法入国や不法滞在者には罰則が与えられる。これは、特に不法滞在者に関しては、これまでなかったことである。入管法の規定によれば、不法に入国して、3年以上不法に滞在しつづけた外国人が入管に出頭、あるいは逮捕された場合は、現在は懲役も罰金なしに強制退去させられる。不法入国罪の時効は3年だからである(不法入国罪の罰則は懲役3年以下、または罰金30万円以下)  もし、改正案が通過すると不法入国者の不法滞在自体が罪とみなされ、

  1. 不法入国罪の3年の時効を超えて不法滞在している人も、懲役3年以下、または罰金30万円以下の罰則を適用される。
  2. また、不法入国者の不法滞在が罪になったことにより、彼らを支援する日本人ボランティアや支援者のグループ、彼らを雇う会社経営者も、「不法滞在助長罪」として入管や警察につかまる恐れがでてきた
(ただし、一般のオーバーステイ、つまり正規に入国したが滞在期限を超えて残留している人については、これまで通り罰則はない)。
 不法入国者や、オーバーステイしている人は、強制退去されられる。この現在のシステム自体には変更はないが、退去後の再入国拒否期間が1年から5年に延長された。現行法では(上陸の拒否、第5条、第9号)、こう規定されている。「第5条 次の各号の一に該当する外国人は、本邦に上陸することができない。…9.…本邦から退去を強制された者で、退去した日から1年を経過していない者」。この部分が、新しい改正案では「…退去した日から5年を経過していない者」と変わっており、日本人配偶者を持つ人や、日本に安定した職のある人にとって打撃となっている。

 移住労働者と連帯する全国ネットワークによれば、1997年における配偶者ビザでの在留者は15万人を超え、同年中に配偶者ビザで新規に入国した外国人も1万5千人を超えると推定される。これらの人はもちろんだが、不法入国者やオーバーステイの人も、日本人と結婚して家庭を築いた場合には、十分に配慮されなければならない。だが、配偶者ビザへの切り替えの最中に退去強制された場合、上陸拒否はこれまでの1年でも長いのに、5年に改正された場合、家族の絆が失われるばかりでなく、彼らをよく知っていて、引き続き雇っておきたい企業経営者の意欲を失わせることにもなる。

 改正法は、公布から6ヶ月後に施行される。政界の現状を見ると、法案はすでに衆議院を通過しており、また自民党が自由党・公明党と連立を組んでいるので、改正案が今年10月頃にそのまま法律として成立するのに大きな障害はなさそうだ。もしそうなれば、改正入管法は、来年(2000年)4月頃には施行されるだろう。

  新入管法の意味するもの


 外国人労働者の側からすれば、どうすればいいのか分からなければ、大いに混乱するだろう。多くの外国人労働者は、1年以内に再入国できることを期待して、法が施行される前に日本を離れようと考えはじめている。だが、新入管法が効力を持てば、強制退去させられた人が再入国許可をもらうことができるとは、誰も保証できない。

 多くの外国人労働者が地下に留まり、見つからないことを願うだろう。彼らが考えているのは、新入管法は実際には施行しようがないということだ。なぜなら、日本から強制退去させられる外国人の8割が自発的出頭者で、摘発された人は2割に過ぎないからだ。拘置所や収容所は満員で、新しい入管法の仕事を任せられるだけの人員は入管にはいない。一方で、新入管法が標的にしているヤクザや他の暴力組織は、密入国という儲かる商売を、そう簡単にやめないだろう。

 だが、はっきりしていることは、新入管法によって創り出される新たな状況は、外国人労働者の人権にとって、つまり人間的尊厳や適正な労働条件、アパートを借りられる可能性、自分の健康や、ときには生命自体を守ることにとってさえ、新たな打撃となるだろうということだ。たとえば、外国人のカトリック信者は、教会で信仰を公に表すことに、何のためらいも感じないでいられるだろうか?

   日本が今まさに創ろうとしている歴史は、21世紀に厳しい歴史的審判を受けるだろう。日本は外国で、特にアジア諸国で友人を必要としているのに、逆に日本と日本語を本当によく知っている人々の間に敵をつくっている。これは国益の名の下に必要なことだろうか? 新しい入管法は、日本が来るべき世紀に果たすべき国際的役割にふさわしいものだろうか?