非正規雇用と働き方改革

太田 英雄
ACO(カトリック労働者運動)埼玉地区

雇用労働者の半数は低労働条件の非正規労働者
  日本の労働者問題には種々のことがありますが、最大の問題は雇用形態が非正規の労働者の現状です。1990年代の非正規労働者は被雇用者数の20%台でしたが、財界の指令塔である日経連が『新時代の「日本的経営」――挑戦すべき方向とその具体策』(1995年報告)で出した労働者の雇用形態の在り方によって増加の一途を辿りました。

  労働者を、①「長期蓄積能力活用型グループ」(従来の正社員)、②「高度専門能力活用型グループ」、③「雇用柔軟型グループ」の三形態に分け、企業が必要な時に必要な人材を効果的に採用することを企業に勧めました。その結果、③型の非正規雇用は年々増加し、今や全雇用労働者の4割が非正規雇用となり、女性労働者では5割以上で、女性正社員の姿をあまり見かけない職場が増えています。

  その非正規労働者は低賃金で、年額200万円以上の人は少なく、雇用期間は短期で、扶養家族、子どもの教育費等で苦渋を強いられ、出産抑制、少子化を余儀なくされています。若者は学校を出ても正規採用者は少なく、パートや臨時、派遣労働など短期被雇用者が多く、人生の労働の技能を身に付けることがない不安定・単純労働の繰り返しですから、生活の安定、結婚もできない状態に置かれています。

  企業は非正規労働者を、景気が悪くなれば簡単に雇い止めにする人員削減の調整弁として活用し、正社員のように雇用期間の経過に伴う賃金アップもなく、人件費抑制のメリットを多分に享受しています。労働者にとっては、日常生活も、人生設計も成り立たない雇用形態です。

  日本の労働者の最低賃金は各都道府県ごとに決定されますが、非正規労働者の低賃金を維持する役割を果たしています。同様に、最低年金、生活保護の支給日額も低く抑制され、とても生活保障費とは言えない低額です。

  正規採用労働者にとっても、状態は改悪の方向に向かっています。ある大企業は、新入社員用に上昇率を抑えた新たな賃金体系を作成しました。正社員の給与に格差を生み出します。正社員に要求される労働目標達成指標は高く、しかも正社員の数は少なくされ、それで達成を要求されますから、残業時間が多い労働実態となっていきます。結果は過労死を発生させる長時間過密労働となり、乾いたぞうきんを更にしぼるように働かされ、過労死・過労自殺をする労働者事例は後を絶ちません。立証できる証拠がとぼしく、労災と認定されない事例も多々あると言われています。

  教皇ヨハネ23世は、教皇レオ13世の回勅『レールム・ノヴァルム(労働者の境遇)』発布後72年の1963年、回勅『パーチェム・イン・テリス(地上の平和)』で、「労働者には、正義の規準に従って決定される報酬を得る権利があります。その報酬は、労働者自身とその家族とに、人間の尊厳にふさわしい生活水準を維持できる額が支払われなければなりません」(NO.10)と教えられましたが、その回勅の発布後32年の1955年に、日本の財界は労働者の人間性や家庭を破壊する方針を出し、政府も協力して、非正規労働者を増加させています。規制緩和と称し、労働者保護法制を次々と変えてきました。

  戦後、日本の財界大企業は、アメリカの経営方針に学び、「生産性向上運動」を始めました。利益が上がれば労働者に還元する、「パイを配分する」ために労働者は協力せよと職制を使ってほとんどの組合役員に会社側人間を露骨に送り込んで、労働組合を会社の息のかかる組織に変質させました。結果、生産性は上がってきましたが、「パイの配分」は十分にして来ませんでした。その次にしたことが雇用の形態変更で、これは人類に対する重大な犯罪行為でした。これだけで全ての責任を持つとは言えませんが、家族の誕生、子どもの出生は抑制され、人口減少化を招いています。そのつけは自らの利益至上主義、労働者酷使主義の結果として、労働力人口の激減を招いていると言わざるを得ません。
 

財界大企業の次の狙いは正規労働者、正社員の酷使 ~安倍内閣の「働き方改革」とは何だ?~
  安倍内閣は今秋の臨時国会に、「働き方改革法案」(労働基準法改正、労働者派遣法改正、労働契約法改正など、これからの労働の在り方を変える8本の一括法案)を提出し、彼らの考える「働き方改革」を実現する予定でした。しかし、解散・総選挙で国会提出は来年冒頭の通常国会へと延期されました。

  その主な法案は、一つ目には、「収入が高い一部専門職を労働時間規制から外す制度(高度プロフェッショナル制度)」を創設する労働基準法改正法案、二つ目に、罰則付きで残業の上限を規制して明記する同法改正法案、三つ目に、正社員と非正規社員の差をなくす「同一労働同一賃金」をめざす労働契約法改正法案など。目的も対象の労働者も異なる法案を一括法案として審議をもとめるのはなぜでしょうか。「残業代ゼロ制度」は2014年、経済同友会幹部から政府に提案があって、政府は「高度プロフェッショナル制度」法案を裁量労働制拡大とともに国会で成立をめざしてきました。ところが、多くの労働組合、民進党や共産党、社民党が「残業代ゼロ法案」であり、「過労死促進制度」だと強く反対し、審議入りできないので、今度は他の法案と一緒に「働き方改革一括法案」として、審議時間を短縮して成立を企図しています。

  2017年3月、安倍首相を議長にした閣僚と有識者による「働き方改革実現会議」で、「働き方改革実行計画」が策定されました。その「基本的考え方」では、「働く人の視点に立って……、働く方一人ひとりが、より良い将来の展望を持ち得るようにする」とか、「同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」、「賃金引上げと労働生産性向上」、「罰則付き時間外労働の上限規制の導入など長時間労働の是正」、「女性・若者の人材育成など活躍しやすい環境整備」、「子育て・介護等と仕事の両立、障害者の就労」、「外国人材の受入れ」などなど、ある意味で弱者に配慮したかのごとき12項目を記述し、「10年先の未来を見据えたロードマップ」がまとめられています。

  安倍内閣は、「人づくり革命」など看板政策の打ち上げが得意ですが、これらや「働き方改革」の中味の行方は労働者の今後の生き方に重い影響を及ぼすものだけに、軽々しく、口当たりの良い言葉、あたかも労働者寄りの政策であるかのごとき幻想で翻弄されてはなりません。厳しく監視、検討して、問題点を心ある人々で声を出して対処しなければならないと感じています。
 

過労死が出ていても長時間労働を合法化?
  広告大手電通の新入社員高橋まつりさんが過労自殺し、最近はNHK記者の過労死などが報道され、過労死・過労自殺を招く長時間労働の問題が世間の注目を集め、時間外労働(残業時間)を規制すべきだと国民世論は高まっています。しかし、政府は長時間労働規制の上限を法律で合法化しようと企図しているのではありませんか。

  現在の労働時間は、労働基準法で1日8時間、週40時間に制限されますが、労使で36協定を結べば時間外労働が可能で、厚生労働大臣告示で「週15時間、月45時間、年360時間」が限度基準です。ただし罰則がなく、特別な事情があって「特別条項付き協定」を結べば無制限な残業が認められています。

  政府は、労基法36条協定の時間外労働の限度を「原則」月45時間、年360時間と定めるとし、さらに「臨時的な特別事情」がある場合、「年720時間(月60時間)を上限として」認める。さらにこの範囲内で、「一時的に事務量が増加する」(いわゆる繁忙期)には、「2~6ヶ月平均で休日労働を含めて月80時間、単月で休日労働を含んで100時間までの時間外労働を認める」という内容です。しかも「年720時間」には休日労働が含まれず、時間外と休日労働を合わせると「毎月平均80時間、年900時間」の残業が可能という内容です。つまり、現在の長時間残業を法律上認める内容です。

  長時間労働を容認する新しい基準には各方面から反対が多く、「月100時間までの残業を容認することは、人が死んでもおかしくない時間が上限とは、過労死を助長、容認する理不尽な計画と言わざるを得ない」(今村幸次郎弁護士、2017.4.28赤旗)など、反対の声が多数上っています。

  「高度プロフェッショナル制度」とは、「年収1075万円以上、本人同意が条件」と説明されていますが、年収引き下げと職種拡大などが財界企業からの要望で、政府が政令改正で応じる可能性も大きく、残業代を要求できない正社員が拡大するのは必至です。「高プロ」適用者と裁量労働制労働者が拡大して行けば、正社員の労働酷使化、過労死の増加は避けられない事態となるでしょう。

  「同一労働同一賃金」とは、格好がよいのですが、政府案では、基本給や賞与について、「企業が、判断能力や業績、貢献、人材活用などで違いに応じた支給」を認めるなど、非正規・正規、男女、年齢、国籍の違いなど、同じ労働をすれば、本当に同じ賃金を保障する内容になるのかなど、非常に曖昧です。

  「働き方改革」は、労働者間にさらに大きな差別を生み出す恐れがないとは言えません。一方で「生産性向上」を謳っていますから、労働者全体で、労働する正当な権利のため、人間らしい生活と労働のため、共同して闘う必要があります。

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