[死刑廃止]和解と癒しを求めて-韓国カトリック教会と死刑廃止- 【社会司牧通信153号】


柴田 幸範(イエズス会社会司牧センター)
 2009年12月11・12日、韓国のカトリック矯正司牧委員会代表の李永雨(イヨンウ)神父が来日して、東京で講演を行った。李神父を共同で招いたのは、カトリック正義と平和協議会死刑廃止を求める部会と「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク。正義と平和協議会の講演は11日に四谷の幼きイエス会ニコラ・バレ修道院で行われ、35人が参加した。宗教者ネットワークの講演は12日にお茶の水の明治大学リバティータワーで行われ、52人が参加した。両日とも通訳は、韓国・東国大学法学部の朴秉植(パクビョンシク)教授が行った。
 李神父は12年間にわたって、カトリック矯正司牧委員会の代表として働いてきた。矯正司牧委員会は1970年に司教団のもとに設置された組織で、「刑務所の収容者・出所者など社会から疎外された人々と、犯罪被害者に対して、キリストの福音の精神に基づいた司牧的配慮を行うことによって、真の人間化と社会の福音化を目指すことを目的としている」。委員会には李神父ら司祭3人、シスター1人を含めた十数名のスタッフと、大勢のボランティアが働いている。ソウル市内に5階建てと3階建ての2棟の会館を持ち、ニュースレター(月刊)を11,000部発行している。

 委員会の主な活動内容は次の通りだ。
1. 収容者の矯正
2. 保護観察少年の教育                                      
3. 出所者の社会復帰支援
4. 創業資金の貸し出し
5. 死刑廃止運動
6. 被害者家族の支援

 1.収容者の矯正
 李神父は、刑務所訪問の活動を通して、刑務所に収容されている人々を、単なる罪人ではなく、「貧しい人、暴力・性暴力を受けてきた人、家庭環境に恵まれない人、知的障がい者など、社会から疎外されている人々」ととらえている。したがって、矯正司牧活動の目的は、「罪を犯したために、人間として扱われず、死者のように生きなければならない収容者たち一人ひとりと出会い、無条件の愛で受け止め、癒しと解放の福音を伝えること」だ。

 そのため、刑務所内でミサや信仰教育などの宗教活動のほか、さまざまな矯正プログラムを行っている。その中心は、「人性教育」(日本語に訳せば人間学とでも言うべきか)だ。人性教育のスローガンは「とても大切な私、あなた、そして私たちのために」。今まで、誰からも大切にされなかった収容者たちが、神の愛に気づくことによって、自分自身が本来持っている「善さ」に目覚めるための教育だ。具体的には性暴力の加害者のための90時間の専門プログラムや、「自我成長のための旅」という6ヶ月間のグループ・カウンセリングなどを、法務部(法務省)の委託を受けて行っている。他にも音楽会や演劇の集い、誕生祝いなども行っている。

 2.保護観察少年の教育
 韓国では最近、少年犯罪に対して、少年院や少年刑務所に入れるのではなく、社会奉仕命令や受講命令など、施設外での処遇を行う方向に向かっている。李神父たちは法務部の委託を受けて、40時間の矯正プログラムを行うほか、プログラムを終了した少年たちを、ボランティアが一対一で世話する、「メントリング・プログラム」(Mentoring Program)も行っている。

 3.出所者の社会復帰支援
 出所者の社会復帰支援は、相談活動と宿泊場所の提供の二つからなる。矯正司牧委員会は、2009年1~11月で120件の相談を受けているが、特に困難なのが、出所者の住居を確保することだ。
そこで、5階建ての本館の3階に、「平和の家」という宿泊所を設けた。原則的に個室で15部屋を確保し、最長1年間入居できる。年間ではのべ20人程度が宿泊している。個室にしているのは、多くの出所者が個室を持ったことがなく、個室でプライベートが確保されることで、精神的に安定するからだ。

 4.創業資金の貸し出し
  矯正司牧委員会は、出所者や被害者遺族を対象に無担保で貸し出す、「喜びと希望の銀行」を運営している。資金は、信徒や企業の寄付のほか、政府から低利の融資を受けている。貸出枠は上限2千万ウォン(160万円)、貸し出しから6ヶ月後に返済が始まり、54ヶ月で返済が終了する。無担保での貸し出しに多くの人は心配するが、李神父は「出所者たちの人格や良心を信じて、あえて無担保で貸し出すことで、彼らが喜びと希望を持って生きていくようになると信じている」と語る。
 もちろん、貸し出しの前には創業教育を行い、計画書を提出させ、仕事場を訪問し、面接を行って、貸し出しを決定する。また、貸出金は本人に直接渡すのではなく、不動産を借りるなら貸し主に支払うし、店舗の内装工事代金に充てるなら工事業者に支払う。こうして、2008年6月からの1年半で、延べ51人に対して総額8億8千万ウォン(7千万円)の資金を貸し出した。

 5.死刑廃止運動
  韓国カトリック教会では、司教団の正義と平和委員会の下に死刑廃止小委員会があり、執行抗議行動や死刑廃止セミナー、死刑廃止祈願ミサなどを行っている。また、プロテスタントや仏教などの諸宗教と連帯して、「死刑廃止汎宗教連帯協議会」を組織して、集会や抗議行動、国会誓願などを展開している。さらに、著名な作家の協力を得て、死刑廃止をテーマにした小説を出版した。この本は後に映画化され、死刑廃止の世論を高めるのに貢献した。
 こうした運動や、金大中(キムデジュン)政権の人権擁護政策によって、1997年に23人が死刑執行されて以降、韓国では死刑が執行されず、2007年12月にはアムネスティが韓国を、10年以上死刑を執行していない「事実上の死刑廃止国」と認めた。
 6.犯罪被害者の支援活動
  矯正司牧委員会は最近、犯罪被害者の支援にも力を入れている。対象となるのは、家族を殺害された人々だ。彼らの自助グループの事務所が矯正司牧委員会の建物内に置かれ、月1回の会合やミサ、電話相談やカウンセリング、旅行などの活動を行っている。こうした活動の場を提供することで、被害者家族は互いの悲しみを分かち合い、励まし合って、癒しへの道を歩んでいく。
 さらに、アメリカで行われている「ジャーニー・オブ・ホープ」、死刑囚の家族と被害者家族が一緒に各地を旅行しながら、死刑廃止を訴えるプログラムに、韓国から被害者家族を連れて参加したことがきっかけで、被害者家族と死刑囚との「和解のミサ」が実現した(ただし、その死刑囚と被害者家族は同じ事件の当事者ではない)。赦しを求めたかったのに、その場を与えられてこなかった死刑囚たちが、被害者家族から犯罪被害の苦しみを聞いた後で、心からの謝罪を行い、被害者家族は彼らに赦しを与え、最後に和解のしるしとして抱擁しあう。本当に感動的な場面だったと、李神父は語る。

 日本は何を学ぶのか
  日本のカトリック教会でも、刑務所での教誨や死刑囚の支援、出所者の矯正、犯罪被害者支援を行う人は多い。だが、ここまで組織的・総合的に取り組み、さらには被害者と加害者の和解にまで取り組んでいる例は、日本にはない。セミナーの参加者からは、韓国をうらやましがる声もあがった。それに対して、李神父は「自分たちもできることから始めていって、いつの間にか活動が大きくなった。自分たちの働きの大切さを信じて続けていれば、きっと神様は成果を与えて下さる」と、励ましてくれた。
 韓国からジャーニー・オブ・ホープに参加した被害者家族のドキュメンタリー映画『赦し』が、韓国国内で話題になったが、日本の市民運動が、この映画を邦訳して、日本で広める計画を立てている。朴教授は、「かつては日本で3年間、死刑執行が停止され、韓国より一足早く死刑廃止が実現すると思っていたが、いつの間にか両国の立場が逆転してしまった。日韓両国の連帯によって、一日も早く両国に本当の死刑廃止を実現したい」と熱弁していた。日本のカトリック教会が、その一翼を担うことを、心から願いたい。
 
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