[報告]『世界社会フォーラム2009』に参加して/小暮康久(イエズス会中間期生)【社会司牧通信148号】

 
小暮康久(イエズス会中間期生)
【 開催地ベレン(ブラジル)へ向けて 】 

 昨年夏、ローマにあるイエズス会の社会使徒職本部(SJS : Social Justice Secretariat)から、各管区に向けて「世界社会フォーラム」(World Social Forum:略称WSF)への参加呼びかけがありました。今回、その呼びかけに対し、イエズス会社会司牧センターからの派遣ということで、その「世界社会フォーラム」に参加してきました。
 また同じく、「世界社会フォーラム」(2009年1月27日~2月1日)の前段階として開催された「プレ・フォーラム(Pre-forum Fe'namazonia)」(1月24日~27日)にも参加してきました。「プレ・フォーラム」には、主に社会使徒職分野で働くイエズス会員やその協働者など(いわゆるイグナチオファミリー)が世界中から集まりました。
 今回、日本管区からの参加者は私一人でしたが、世界中から集まった社会使徒職に関わるイエズス会員や、JRSなど、イエズス会の施設・機関で働く職員(協働者)たちとの出会い・交流は本当に大きな恵みでした。特に同じ養成の段階にあり、同じように社会使徒職の分野で働く中間期生たちと出会えたことは大きな喜びでした。
 開催地であるブラジルのベレンまでは、成田(日本)―アトランタ(米国)-マナウス(ブラジル)-ベレン(ブラジル)と、乗り換えも含め28時間を要する長い道のり。アトランタでの乗り換えでは、米国入国のために10本の指紋と顔のスキャンを取られ、US-VISITシステムを体験することになりました。入国審査を待つ間、その隣のゲートを(イラクから到着したばかりの?)たくさんの若い米軍兵士(女性兵士もかなりの数)が、淡々とした表情で通過していくのが印象的でした。
 夜中にマナウス(ブラジル)に到着し、次のベレン行きの便のことを尋ねようとしたところ、空港の職員でも英語が通じないという現実に直面しました。事前に聞いてはいましたが、ここがポルトガル語の世界であることを実感した瞬間でした。ベレン行きの便を待つ間、マナウス空港のロビーの外に出てみると、すぐに大きな鳥居と、鶴などの像が置かれた池が目に入ってきました。在伯日系人の方々が「ブラジル移住70年」を記念して作られたものであることが記されていました。「鳥居と鶴…」ブラジルに移住された人たちの故郷への思い、ブラジルと日本の歴史的な繋がりを実感した瞬間でした。
 世界社会フォーラムが開催されたベレンは、日本の約2.3倍の広さをもつブラジル北部のパラー州の州都であり、ブラジル北部では最大の都市(都市圏人口200万人)です。全長6500kmを超えるアマゾン川の河口に位置し、アマゾン川中流に位置する「マナウス」と並んでアマゾン地域の中心都市です。また約80年前(1929年)に、たくさんの日本人移住者が初めてアマゾン地域へ移住した際の中心地域でもあります。ベレン(Belem:ポルトガル語でベツレヘムのこと)の歴史は、1616年にポルトガル人が
ここにカステロ要塞を築いた時から始まります。19世紀にアマゾン川流域で天然ゴムが発見され、時を同じくして興った自動車工業などのゴム需要と結び付いた天然ゴムの栽培は、ポルトガルに巨万の富をもたらし、ベレンやマナウスは空前の繁栄の時を迎えました。今でも、ベレンの町並みには、当時ヨーロッパから取り寄せた建築資材で作られた多くのヨーロッパ風建築物が残っています。街の中心部にあるナザレ聖堂は当時のベレンの経済的な繁栄を物語っています。

べレンの街並み

【 2つのプレ・フォーラム 】 
World Forum on Theology and Liberation
 世界社会フォーラムの前に二つのプレ・フォーラムに参加しました。一つは「解放と神学に関する世界会議」(World Forum on Theology and Liberation)(1月22~25日)。第3回となるこのフォーラムの今回のテーマは「水・地球・神学-もう一つの世界の可能性のために」というもの。
 神学といってもキリスト教神学に限定されたフォーラムではなく、もっと広く精神性全般(spirituality)と自然環境やわたしたちの生活との関係を扱っていました。特に今回の世界社会フォーラムの主要テーマの一つが「自然環境」であったため、私たちの精神性(spirituality)が、どのように自然環境と調和した「もう一つの世界」の構築に貢献することができるのかという点がポイントでした。22日の開会基調講演では、解放の神学で有名なレオナルド・ボフ(今は聖職を離れてはいるが、現在でもブラジルの教会、人々の間では支持・尊敬されている。最近は、同じ「解放」の視点から、環境問題に関する著作活動に注力している)が特に「水」の問題をめぐって話しました。マハトマ・ガンジーの生き方に言及し『人間が現在のように、貪欲と消費主義を基盤にした経済活動や生き方を続けるならば、この惑星も人類も持続できない。根本的な方向性が問われている』といった内容でした。
英語グループのワークショップでは、アフリカ、ネイティブアメリカン、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本と、それぞれの文化的文脈(contextual)から、神学ではなく、それぞれの信仰と環境(被造物)との関係を分かち合い、終始、自由な空気であったことが印象的でした。

Pre-forum Fe'namazonia
 もう一つは、先に説明した主にイグナチオファミリーによる「Pre-forum Fe'namazonia」(1月24~27日)です。今回のプレ・フォーラムはブラジルのイエズス会のアマゾン地区(BAM)が中心になり、ローマの社会使徒職本部(Social Justice Secretariat (SJS) of the Society of Jesus)と、ラテンアメリカ社会使徒職部門会議(the Social Sector of the Jesuit Provincial Conference:CPAL)との協力のもとに準備されました。世界中から集まった約125人のイグナチオファミリー(イエズス会員や協働者)と現地アマゾンで働く約100人の教区司祭や他の会の修道者や信徒の総勢230名が参加しました。
 参加者で最も多かったのはやはり現地ブラジルのNorth East管区(BNE)、Central管区(BRC)、アマゾン地区(BAM)からの参加者と他のラテンアメリカ諸国からのイエズス会員で、次に多かったのがインド。そしてアフリカ、ヨーロッパという順番で、東アジア・オセアニアアシステンチア(韓国のキム・サン・ウォン神父と私の2人だけ…)とアメリカアシステンチからの参加者の少なさが印象的でした。余談ですが、プレ・フォーラム前夜の交流会の際、自分たちの地域文化の特徴や自己紹介をかねて、大陸ごとのプレゼンをしようという話になりました。
ラテンアメリカやインド、アフリカからの参加者は大人数で踊ったり歌ったりしながら、賑やかにそれぞれの文化の特徴を紹介しました。一方、たった2人で踊るわけにもいかない東アジア代表(?)のキム神父と私は、東アジアに共通する稲作を中心とした文化と風土を紹介し、しかし今、WTOに見られるような新自由主義的な農業政策の中で、中小自作農を中心とする東アジアの稲作が衰退しようとしていることを説明しました。「わたしたち東アジアの人間は、箸をこのように器用に使う!」と箸をチャカチャカと動かして見せたら、「オー!」という歓声があがり、何とかキム神父と2人での孤軍奮闘のプレゼンを乗り切りました。
 今回のプレ・フォーラムのテーマは「宗教的な信仰と命の擁護」(religious faith(s) and the defense of life)。アマゾン川流域の乱開発により環境破壊が深刻化し、また多くの先住民がそのプロセスの中で、riverine(河岸に住む人たち)としての生活の場所を失うなかで、非常に非人間的な状況に追い込まれている現実が、実際にそこで働いている人たち(イエズス会員やシスターや信徒)、そして先住民の人たち自身の声を通して訴えられました。ブラジルの元環境大臣のMarina SilvaさんはIndigenous(先住民)出身という立場から、アマゾン流域の持続可能な開発と環境保護の視点から話をされました。
 またコロンビア、ブラジル、アマゾン、アフリカ、インドから、それぞれの活動のなかでの具体的な経験がreligious faith(s) and the defense of lifeの視点から発表されました。
 2日目以降は、テーマ毎の分科会が行われました。1日目は1)信仰、平和と和解 2)信仰、社会問題と政治的関わり 3)信仰と人権、2日目は1)信仰とアマゾン文化の将来 2)信仰と環境問題:挑戦と答え 3)信仰、宗教、教会、新興宗教の動き というテーマで行われました。参加者は毎日それぞれの一つのテーマを選んで、そこからポルトガル語グループ、英語グループに分かれての分かち合いを行います。各グループのコーディネーターは分かち合われた意見をまとめ、それを全体会議で共有するという流れでした。1日目は、2)信仰、社会問題と政治的関わりに参加し、2日目は、3)信仰、宗教、教会、新興宗教の動きに参加しました。
 また最終日には、再びアマゾン流域の開発の光と影にフォーカスし、持続可能な世界の構築のために私たちに具体的に何ができるのかという議論がグループに分かれて行われました。その分かち合いの中で、私は『エコロジーが新しいビジネスとして台頭してきているが、バイオ燃料の生産に伴うインドネシアでの森林伐採の例に見るように、
そのために逆にCO2の排出がより増加したこと、地球のエコシステムから見たときに近視眼的な商業ベースでのエコロジー運動が、本当に地球の環境保護にプラスの影響を与えているのかどうかの検証ができず、実際、私には分からないことが多い。もちろんCO2の排出が少ない車や家電はそれだけを見たら温暖化防止に貢献しているかもしれないが、もし温暖化防止を第一に考えるならば、「もったいない」ではないが、新しい車や家電の生産を抑制すること、つまり現在の大量消費を前提とした生産と経済システムのスピードを落とすしかない。しかし、雇用の問題だとかいろいろなことがそこには発生してくるので、これについても考えなければならない』というような意見を分かち合いました。その他にも「まず、自分のライフスタイルを見直さなければならない」という率直な意見や、「バイオ燃料の原料となるヤシの大規模なプランテーション栽培の弊害もあるが、実際にそこで一時的にでも発生する雇用にすがりたいという人々もいる」といった意見が自由に議論されました。
 4日間のプレ・フォーラム「Pre-forum Fe'namazonia」はとても有意義なものでしたが、特に私にとって印象的だったのは、インドから29名で参加したSAPI(South Asian Peoples' Initiative)やブラジルアマゾンから参加した"travelling team"などのIndigenous(先住民)の人々の存在でした。2日目以降のテーマ別の分科会でも、彼らの意見にはっとさせられることがありました。ある意味で情報過多の世界に住み、情報に基づいた抽象的な思考に慣れすぎてしまっている第一世界の人間の危うさというものを感じました。現に、29日に行われたSAPIとtravelling teamとの交流会では、インドとアマゾンという地理的な、文化的な大きな隔たりにも関わらず、Indigenous(先住民)としてのセンスにおいてのより多くの共通点、また新自由主義的なグローバリゼーションの下で、同じような困難と課題に直面しているということが分かち合われました。彼らは既にキリスト教信仰に出会ってはいますが、彼らの深い部分に流れていて、その信仰(神との関係)を育んでいる霊性spiritualityは、ヨーロッパのそれとは違うものでしょう。インドとアマゾン、それぞれに異なる地域文化・伝統に基づいて神を賛美しているのにも関わらず、その賛美する姿を通して伝わってくる彼らの見つめる神がまったく同じように見えることに新鮮な驚きをかんじました。私の主観に過ぎませんが、彼らは頭ではなく、神を感じているように見えるのです。Indigenous(先住民)に共通する宗教的な感受性の高さを感じました。『命の織物』(アメリカの西部開拓期に、ネイティブアメリカンの酋長が、「土地の買い上げ」という名の立ち退きを命じたワシントンの大統領に送ったと言われる手紙)が思い出され、Indigenous(先住民)の人々の預言者性というものに何度かはっとさせられたことがありました。
【 世界社会フォーラムとは何か? 】 
 「世界社会フォーラム」の参加レポートを始める前に、まず「世界社会フォーラム」とは何なのか、ということについての説明をしたいと思います。 1月27日~2月1日に開催された「世界社会フォーラム」(World Social Forum:略称WSF)は2001年にブラジルのポルトアレグレで始まり、今回で第9回目を数えます。
 登録データによれば、今回の「世界社会フォーラム」には世界142カ国から約6,000団体(中南米:約4,000、欧州およびアフリカ:各約500)、約133,000人が参加したとのことです。
 「世界社会フォーラム」は毎年1月末のこの時期に開催されます。それはこのフォーラムが、毎年同じ時期にスイスのダボスで開催される「世界経済フォーラム」(World Economic Forum:略称WEF)に対抗して開催されているからです。つまり「世界社会フォーラム」の性格やその始まりを理解するためには、まず、「世界経済フォーラム」がどんなものなのかについて知る必要があるということになります。
 「世界経済フォーラム」は毎年スイスの観光地ダボスで開催されることから、通称「ダボス会議」と呼ばれています。日本では“ダボス会議”のほうが一般的かもしれません。ダボス会議には、世界中の巨大企業約1000社(売り上げが1000億円以上の企業)の最高経営責任者や、政治指導者(大統領、首相など)、選出された学者や知識人、ジャーナリスなどの招待客約3000人が参加し、年会費は$30,000(約300万円)と言われています。
 ダボス会議の参加者3000人のうち、地域別ではヨーロッパ(39%)と北米(36%)が75%を占め、中東が4.1%という構成になっています。地域人口比で言えば、ヨーロッパと北米は世界人口の17%、中東は0.8%にすぎませんから、ダボス会議の参加者のほとんど(80%)が、実は世界の20%以下の人々の地域から参加しているにすぎない、地域的な偏向がある会議だということがわかります。例えば、アジアには、世界人口の60%が住んでいますが、ダボス会議参加者は7.7%にすぎません。つまり、世界の圧倒的に多数の人々-80%以上の人々―の声が直接に反映される場所ではないのです。
 しかし世界中の本当に深刻な問題-紛争、飢餓、病気、政治的抑圧、暴力といった問題―は実はこの80%の人々が暮らしている地域で起こっています。ある意味で、ダボス会議とは、今の格差に満ちた世界の構造を作ってきた側が主催する会議だと言えます。ダボス会議が目指す(調整する)世界とは、基本的には新自由主義的な市場経済中心の現在の世界の継続ないしは推進であり、ダボス会議が、本当の意味で、貧困問題や南北問題に取り組む姿勢をもっているかどうか…。「世界の現実」を直視するならば、自ら答えは見えてくるでしょう。
 このような世界経済フォーラム(ダボス会議)に対抗する形で、2001年に南米ブラジルのポルトアレグレで第1回世界社会フォーラムが開催されたのです(南米ブラジルで始まったということは非常に象徴的です)。
 世界社会フォーラムの標語である「Another World is Possible! (もう一つの世界は可能だ!」)という言葉を耳にしたことのある方も多いかと思います。つまりそこには「…現在の世界は、『ダボス会議』に象徴される一握りの人たちが作ってきた世界だ。それは構造的な搾取と貧富の格差に満ちた世界で、多くの人々がさまざまな深刻な問題に直面する世界だ。私たちは『ダボス会議』がリードするような世界ではなく、もう一つの、別の世界の可能性を目指そう。それはより多くの人々が自由に参加し、論議し、決定していく、そのようなプロセスが保証される中で模索され、構築されていくべきだ」という基本的な認識が通底しています。
 つまり、世界社会フォーラムとは「もう一つの世界」の可能性を模索する世界中の人々―現在の構造的に(政治的に・経済的に・社会体制的に)格差を作り出す世界の在り方に意を唱え、代わりに、人権や民主主義や平和や社会的公正の構築をグローバルに(すべての人々に)模索・推進しようとする人々―のネットワークです。新自由主義のグローバリゼーションに対抗するもう一つのグローバリゼーションとも言えるかもしれません。
 世界社会フォーラムが目指す「もう一つの世界:Another World」とはどんな世界なのか? 今回の第9回フォーラムで掲げられていた下記の10の目標を見てみたら、具体的なイメージがつかめるかもしれません。
PT(ブラジル労働者党)が作った現地のWSFの看板
 <第9回WSFの諸活動の指針となる10の目標>
(要約)
 ①  平和と正義の世界の実現、異なる精神性(文化)への道義的で尊敬にみちた態度の実現、武装放棄―とりわけ核兵器の放棄の実現のために。
 ②  (債務国の債務帳消しによって、)資本や多国籍企業、帝国主義的、植民地主義的支配や不平等なシステムの支配から世界を解放するために。
 ③  世界のみんなが(次の世代も)、共通財(誰のものでもないみんなのもの)を利用していくことができるために。地球とその資源の保持のために、とりわけ、水、森林、再生可能な資源の保持のために。
 ④  民主主義化、知識や文化、情報などの独立性を確立するために。また知的所有権を廃止することによって、知識や情報が分かち合われていくシステムを実現していくために。
 ⑤  人々の尊厳、多様性、そして性や人種、民族、世代、性的指向における平等性、すべての形の差別や身分制度の廃絶のため。
 ⑥  すべての人の一生涯にわたっての権利-経済的、社会的、人間的、文化的、環境的な権利―の保障のために。とりわけ食、健康、教育、住居、雇用と適正な労働、情報と食における安全と独立性(自己決定)の権利のために。
 ⑦  独立性(主権性)と自己決定、そして人々―少数者や移住者を含んだーの権利に基づいた世界の秩序の構築のために。
 ⑧  民主的解放者、すべての人に配慮し、かつ道義的で公正な貿易に基づいた持続可能な「連帯経済」の構築のために。
 ⑨  本当に地域に根ざし、国レベル、地球規模レベルで、民主的な政治と経済の仕組みと制度を構築し拡大していくために。しかも、それは人々がその政策決定プロセスや公共財や資源の管理などに参加するという形で構築されるために。
 
 ⑩  環境(アマゾンやその他の地域の生態系)を、地球という星や、世界中の先住民(原住民やアフリカ系移民の子孫たち、少数部族や河川流域に暮らす人々)のために「命の源」として守るために。それは彼らの生活領域や言語、文化、アイデンティティ、環境との関わり、精神性(spirituality)と生きる権利を守っていくことを要求することでもある。
   この10の目標に沿って、6日間の期間中、6000団体、133,000人と言われる人々が、それぞれの運動領域・テーマ領域毎にオーガナイズされたワークショップや会議に、自由に参加していくということになる。メイン会場には二つの国立大学、UFPA(Universidade Federal do Para)とUFRA(Universidade Federal Rural da Amazonia)の広大なキャンパンスが提供されました。

【 世界社会フォーラム本番 】 
 1月27日の午後3:00、世界社会フォーラムのオープニング・ラリー(ウォーキング)が始まりました。おそらく数万人(正確な数はつかめませんが)の参加者による、ベレン市内を4時間ほどかけてのパレードです。私たちイエズス会のプレ・フォーラム参加者がバスでラリー出発地点に到着したときは、既に通りを埋め尽くすたくさんの人々と、色とりどりの旗、横断幕、パペット、楽器類などがひしめき合っていました。先に述べたようにフォーラムに参加する6000団体、133,000人の半数が参加していたとしても、60,000人のパレードですから、その賑やかさは想像していただけると思います。
 ラリー開始直後に、ブラジル特有の午後のスコールが始まりました。しかし、激しく殴りつけるような雨などお構いなしとばかりにラリーの流れは続いて行きました。特に、参加していた多くのブラジルの若者にとって、この集中豪雨は、却ってラリーの興奮を盛り上げるものとなったようでした。

スコールの中のオープニング・ラリー
 またこのラリーの最中、日本から参加していた人たちー憲法九条を守ろうというメーッセージの旗とハッピに身を包んだ「WSFおおさか連絡会」の人たちや、「ATTAC」(市民を支援するために金融取引への課税を求めるアソシエーション)、「ピープルズ・プラン研究所」の人たちーに出会いました。
 ATTAC Japan首都圏の秋本陽子さんに会えたので、少し話したところ、「今回の日本からの参加者はここに集まっている25人くらいだと思う」とのことでした。確かにフォーラム期間全体を通しても、日本人に出会うことはほとんどありませんでした。おそらく期間中、日本のマスコミが取り上げることもなかったのかもしれません。(日本ではダボス会議の報道一辺倒だったのでしょうか…)一方で、ラテンアメリカのメディアはかなり参加していました。また日本人-東洋人がめずらしいのか、何度かフランスやイギリスの記者からもインタビューを受けたので、日本と違いヨーロッパでは、世界社会フォーラムの存在は認知されているのだと思います。
 28日から本格的に始まったフォーラムは、二つのメイン会場(UFPAとUFRA)内で、数百のワークショップが同時進行するという形で行われました。私たち「Pre-forum Fe'namazonia」のメンバーも29日にUFPAでプレゼンテーションを行いました。
 今回の世界社会フォーラム全体を通して一番困難だった点は、インフォメーションの入手と言葉の問題でした。前回のケニア・ナイロビでの世界社会フォーラムでは英語がフォーラムの公式言語だったそうですが、ここブラジルでは見事に「ポルトガル語一色」といった感じでした。イエズス会のプレ・フォーラムも、もちろん主はポルトガル語だったのですが、それでも英語の通訳体制がしっかりと準備されていたので問題はなかったのです。しかし、世界社会フォーラムでは、英語の通訳の体制がかなり不十分で、あるワークショップでは通訳があるが、あるワークショップでは通訳がない(むしろこちらのほうが多い)という現実に直面しました。今回の世界社会フォーラム参加者の大半がラテンアメリカからの参加者であることを考えれば無理もないのかもしれませんが、改めて「ラテンアメリカ」という文化圏が、米国=英語圏の影響力から独立した、独自の地域であることを実感しました。

リズミカルなサウンド・デモをしていたグループ
 
 必然的に私に残された選択肢は、①英語の通訳体制のあるワークショップに参加する。②ポルトガル語―英語のできる参加者と一緒に参加して、耳元で通訳してもらうということになりました。 それで特定のテーマに絞らず(絞れず…)アマゾンの開発と弊害、先住民とマイノリテイの人々の問題、環境保護の実験的な取組、国際的な人権擁護推進ネットワーク、公共サービス(水道など)の民営化の問題、新自由主義下の労働、連帯経済、反新自由主義、平和・反軍備といったテーマで行われていたブースやワークショップを巡り歩くといったことになりました。
 最後に今回のフォーラム全体を通して印象的だった二つの点を分かち合いたいと思います。一つは、たくさんのIndigenous(先住民)の人々―アマゾン地域から85部族の先住民、その他にもSAPIのメンバーなど国外からも―が、世界社会フォーラムの場に、誇りと自信を持って参加していた姿です。新自由主義的なグローバリゼーションの下で、生存の権利を脅かされてきたIndigenous(先住民)の人たちが、自らの具体的な状況を通して、その問題点を投げかけていた点です。「もう一つの世界:Another World」は、根源的な「いのち」というものに、もっと敏感な世界でなくてはいけません。彼らの声(「いのち」への洞察と知恵に満ちた)が必要です。

WSFに参加していたIndigenous(先住民)の人たち

 もう一つは、参加していた多くのラテンアメリカの若者たちの姿です。「もう一つの世界:Another World」というメッセージにこれだけ多くの若者が参加していたということは確かに希望です。そして、今、ラテンアメリカは「もう一つの世界」を模索しながら、確かに動き出しています。米国主導の新自由主義的なFTTA(米州自由貿易構想)に組み込まれる道ではなく、国際通貨基金(IMF)や世界銀行とも決別し、ALBA構想(米州ボリバル代替構想)や南米諸国連合(UNASUR)の枠組みの中で、「南米銀行」などの具体的な動きを実現しつつあります。
フォーラム3日目には、ラテンアメリカの左派の大統領5人(ブラジル、ベネズエラ、エクアドル、ボリビア、パラグアイ)が一同に会し、それぞれスピーチを行い、会場は人で溢れかえりました。 もちろんそれぞれの国には、それぞれの思惑と連合構想への温度差はあります。しかし、弱肉強食の新自由主義の世界ではなく、より社会的公平が実現された世界を人々が望んでいることが、今のラテンアメリカの政治的な状況を作り出していることは確かです。
 宿舎からフォーラム会場へ向かう途中、パレードするMST(土地なき農民運動)の人たちとすれ違いました。MSTは世界社会フォーラムの主催団体の一つであり、ブラジルの中でもしっかりとした評価が固まっている運動です。カトリック教会やイエズス会の中にも、運動の発足当時から協力的な関係を持ち続けている人々が大勢います。ブラジル管区(BRC)の修練者は、現在も、このMSTの共同体に必ず1~2か月の修練者実習に行っているそうです。フォーラムに先だって行われたルーラー大統領との交渉では、ルーラーは結局MSTに対して100万世帯に住宅を無償提供すると約束したそうです。
 解放の神学を生みだした国の土壌の底力というものを肌で感じました。
 今回、世界社会フォーラムへ参加し、多くの人たちと出会い、多くの出来事を経験しました。これはとても素晴らしい恵みの時でした。振り返ると、2年間の社会使徒職分野での中間期も、出会いと経験の恵みの時でした。この出会いと経験の恵みをしっかりと反芻・消化していきながら、4月からの神学の勉学(神学的考察)に統合していけたらと感じています。この2年間の中間期で出会ったすべての人に心からの感謝をこめて!



一堂に会するラテンアメリカの左派の大統領5人
 
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