[書評]『アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義にいかに乗っ取られたのか?』 【社会司牧通信147号】

 
 
 
 


 「原理主義」(Fundamentalism)と言えば、いまや「テロに走る野蛮なイスラム教徒」の代名詞として使われている。だが、アメリカ合衆国ではすでに1920~30年代に、近代主義者との路線争いに敗れた原理主義者の一部が、教派を脱退して「原理主義派」を作っている。また、「過激な原理主義派」について行けない原理主義者は、「福音派(Evangelicals)」と呼ばれるグループを作った(『アメリカの宗教右派』)。ブッシュ政権のイラク侵攻を支えたのは、こうした原理主義者・福音派の人々だった。
 今回紹介する2冊の本は、1980年代のレーガン政権時代に大勢力となり、2000年代のブッシュ政権では政策を左右したと言われるキリスト教原理主義・福音派と新保守主義(Neo-conservativism)の歴史と現状を分析している。
 『アメリカの宗教右派』は、プロテスタント教会の各教派の紹介から始まって、アメリカ合衆国の各教派の勢力の移り変わり、宗教右派(Religious Right)の価値観、歴代政権と宗教右派の関係、21世紀のアメリカ宗教地図の行方までを、新書版250ページにコンパクトにまとめた本だ。特に、冒頭のプロテスタントの教派紹介と、アメリカ合衆国におけるプロテスタント諸派の推移は、手軽な「アメリカ合衆国宗教史」として非常に参考になる。
 衝撃的なのは、アメリカ合衆国が予想以上に「宗教国家」だということだ。アメリカでは、無宗教はわずか8%。4割以上が毎週教会に通う。アメリカ人の70%が死後の世界を信じるが、フランス人は35%。悪魔を信じるアメリカ人は65%だが、イギリス人は28%。先進国では断然、宗教的なのがアメリカ人だ。
 宗教的なのはけっこうだが、天地創造を文字通り信じているのが国民の40%というのは驚く。進化論を信じている人でも40%が、「進化の過程は『至高の存在』(=神)が導いてきた」という、「知的設計(Intelligent Design)説」を信じているという。

ダーウィンの「自然淘汰(Natural Selection)説」を信じているのは、国民全体の1/4に過ぎないのだ。
 このような文字通りの(literal)聖書解釈は、妊娠中絶や同性愛への嫌悪と攻撃、伝統的な家族観の死守、自由経済への絶対的な信奉、そしてキリスト教国家建設と他宗教への不寛容という、いわゆる「宗教右派」の主張として、アメリカ政治に影響を与える。これがネオ・コン=新保守主義の源流だ。
 スーザン・ジョージの『アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?』も、同じ問題を扱っている。この本の原題は「宗教右派と世俗の右派」(Religious and Secular Right)だ。
 スーザン・ジョージのこの本は、アメリカ政治の内部事情を詳しく調べて、「宗教右派」がアメリカ合衆国の歴代政権で影響力を増していく様子を、なまなましく描き出している。中でも印象的なのは、「宗教右派」とネオ・コンが協力して進めるロビイング活動の影響力だ。
 60~70年代に公民権運動やベトナム反戦運動など、いわゆる「リベラリズム」が盛んになったのに危機感を覚えた「右派」は、保守系の財団を通して政界・学会に猛烈なロビイングを展開する。その結果が保守的な共和党政権の誕生であり、連邦最高裁の保守化であり、(進化論や男女同権を教える公立学校に子どもを通わせないという)在宅教育(Home Schooling)の広がりだ。スーザン・ジョージは、「左派」の財団が、「右派」のように効果的なロビイングをしなかったことを、心底から悔しがっている。
 アメリカ合衆国では「宗教は世俗社会の問題に口出しすべきでない」と考えている人はいないようだ。確かに、歴代教皇が言うように「宗教者には、道徳的問題について発言する権利と義務がある」。だが、その時起こる路線対立を、教会はどう乗り越えてゆけばよいのだろうか。難問だ。

<社会司牧センター柴田幸範>
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