[報告]アジアにおける信教の自由 -インド・オリッサの暴力事件- 【社会司牧通信146号】

報告
アジアにおける信教の自由
-インド・オリッサの暴力事件-
安藤 勇(イエズス会社会司牧センター)
 2008年8月の終わり以降、インドでキリスト教徒に対する暴力事件が増えてきた。暴力はインド東部のオリッサ州で始まり、南部カルナタカ州や中部マディヤプラデシュ州にも広がっている。暴力事件が起きているのは、ヒンズー系のバラティヤ・ジャナタ党が政権を担っている州だ。
 インドの政治評論家P.V.トーマス氏によれば(『アジア・フォーカス』紙2008年10月3日号)、キリスト教徒のインドでの影響力が、少数派にもかかわらず非常に大きくなっていることを、ヒンズー原理主義者たちは憂慮している。キリスト教徒は少人数にもかかわらず、教育や保健衛生分野で驚くべき力を持っている。そのため、今やキリスト教徒の影響を受けた人々が、州の政治の要職にある。さらにキリスト教徒が、人口の22%を占めるダリット(かつての「不可触民」)や少数民族の間で働いていることに、ヒンズー過激派は不快感を持っている。
 最近のキリスト教徒に対する襲撃のパターンは、非常に計画的だ。以前は、標的はイスラム教徒(人口の12%)だったが、イスラム教徒が暴力で応戦してきたため、戦略の変更を迫られた。ヒンズー原理主義者たちは、キリスト教徒やイスラム教徒を迫害して、2009年に行われる総選挙の票固めを狙っている。暴力は今後、激化することも予想される。

 オリッサ州のキリスト教徒迫害

 ヒンズー過激派による暴力事件の始まりは、2008年8月23日、85歳のヒンズー教徒指導者スワミ・ラクサマナナンダ・サラスワティ師と5人の仲間の射殺事件だ。翌24日、マオイスト(毛沢東主義者)が犯行声明を発表した。彼らは、ヒンズー過激派団体ビシュワ・ヒンズー・パリシャド(VHP、世界ヒンズー会議)が宗教と政治を混同しているとして、その幹部を殺害したと述べている。殺害された85歳のヒンズー指導者は、何十年もの間、キリスト教への改宗の動きに反対してきた。VHPとヒンズー右派グループは、マオイストの犯行声明を否定した。オリッサ州のVHP指導者グーリ・プラサド・ラトは24日、記者に対して、彼らのグループは、今回の殺害事件の背後に「明らかにキリスト教徒のスパイ」がいるとの見方をとっていると述べた。
 『アジア・フォーカス』紙2008年10月3日号は、オリッサ州で再びキリスト教徒襲撃事件が起きて、民家や教会、神の愛の宣教者会の修道院が破壊されたと伝えている。鉄の棒やナタ、刀で武装したヒンズー過激派の群衆が、カンダマル地方の村々を歩きまわり、9月24~25日には、少なくとも3つの教会と109戸の民家を破壊した。さらに、神の愛の宣教者会の現地責任者が語ったところでは、9月25日の夜には、700人もの武装した人々がトラックに分乗して、カンダマル地方のスカナンダ村の教会にやってきて、教会と司祭館、修道院を破壊した。

 セント・ジョセフ大学の手紙
 それより前の2008年9月19日、バンガロールのセント・ジョセフ大学がカルナタカ州政府の首相に公開書簡を送り、深刻な反キリスト教徒襲撃を非難した。その手紙の中から一部を紹介したい。この手紙は9月19日、イエズス会社会正義事務局のブログに投稿されたものだ。

「カルナタカ州首相閣下、

私たちはあなたに、セント・ジョセフ大学のスタッフの一人として、またカルナタカ州の一市民として、最近マンガロールをはじめカルナタカ州各地で起きている、教育施設や教会襲撃に深く苦しんでいることを報告します。
私たちの大学には126年の歴史があり、民主主義と宗教教育分離主義の理念のもと、さまざまな宗教の学生を何世代にもわたって教育してきた伝統を持つ、マンガロールでも最初の私立大学です。カルナタカ州の多くの人々が、セント・ジョセフ大学の宗教教育分離主義の教育を受けてきており、この大学で一つの人類家族の一員として生活し、学んできました…

 私たちは長年にわたり、カルナタカ州内はもちろんのこと、他の州や全国各地から学生を迎え入れて、学者や科学者、活動家、ジャーナリスト、技術者、官僚、政治家、ビジネスマン、スポーツマンなど多用な人材を育ててきました。私たちは、自分たちの世界観を学生たちに押しつけたことはありませんでした。反対に、私たちは学生たちに、批判的な思考と学習を奨励してきました。思想と表現の自由は、常にセント・ジョセフ大学の教育の特徴でした。さらに私たちは、社会の周辺にいる人々のニーズや願いに応えようと、長年にわたって努力してきました。私たちは、教育に恵まれない人々、指定カーストや指定部族の人々に教育の機会を提供し続けてきました。こうして私たちは、ダリットや恵まれない人々の中に、教育と感受性を備えたリーダーを育ててきたのです。私たちは特に、恵まれない階級出身でありながら、ラディカルな社会変革の担い手となった卒業生たちを、深く誇りに思います。万人の福祉に配慮する、宗教教育分離主義と進歩主義の大学としての私たちの信頼性は、誰もが知るところです…

 セント・ジョセフ大学は、いかなる党派にも属しません。しかし、私たちは今、この州で起こっている事態を憂慮しています。社会意識の育成と社会的関与の促進は、私たちの大学がもっとも強く打ち出している特色の一つです。私たちは、道徳面・倫理面で高い信頼性を得ている教育機関として、国民を宗教面で対立させている分断政治を、憂慮しています。私たちを悩ませているのは、『キリスト教大学が強制的な改宗に関与している』という、あなたがた州政府が私たちを中傷するためだけに流しているデマです。この州の州民の誰もが、自分の信じる宗教を実践し、信仰を宣言し、宣教する自由を、憲法によって保障されています。実際、セント・ジョセフ大学は、平等主義の原則や弱い立場の人々への配慮、苦しんでいる人々への共感-つまり、キリスト教とも共通する人類普遍の原則に基づいて、運営されているのです…

 私たちがあなた(州政府首相)に明らかにしておきたいことは、私たちには何の個人的利害もないということです。私たちの関心事は、カルナタカ州と州民です。

この州では、改宗やテロリズムについて議論する必要はありません。この州で議論が必要なのは発展、不平等、平和、調和です。この数日間、憎しみに満ちたキャンペーンが行われてきました。これは、あなた方州政府の仲間によって、時には州政府の幹部自身によって、組織的に実行されてきました。彼らは罪もない市民を犠牲にし、市民とその生活を侵害し、破壊しました。彼らは女性たちの尊厳を踏みにじりました。その中には、修道院に引きこもってひたすら祈りを捧げ、俗世間の事柄にはタッチしない修道女たちも含まれています。彼らは近所づきあいや平和な日常生活を踏みにじりました。これが真の発展でしょうか? 平和と調和なしに、私たちはどうして発展を実現できるでしょう? そして、発展なしに、どうして平和と調和を実現できるでしょう?…

 ですから、私たちがあなた(州政府首相)に、126年の歴史を持つ高等教育機関として訴えたいのは、私たちが自由のための闘いの一環として、宗教教育分離主義や調和、寛容、発展を目指して働くことによって、カルナタカ州に人道的・進歩的な社会を築こうとしているということです。私たちの大学は州政府に、憎しみを止め、教会や教育施設の破壊を止め、この州に平和と調和を回復するよう、心から求めます。私たちは、真に多様性を尊重する精神のもと、宗教と政治が分離した社会建設のため、協力することを保証します。もちろん、この国の憲法が攻撃を受けた時には、憲法が保障する真の民主主義精神に基づいて、私たちは反対し続けるでしょう。
 ありがとうございました。

学長アンブローズ・ピント博士(司祭)S.J.
セント・ジョセフ大学、バンガロール
(以下、75人の教員の署名)
2008年9月18日」
 世界の反応
 9月26日、インド司教協議会会長のバーキー・ビタヤティル枢機卿と、同事務局長のスタニスラウス・フェルナンデス大司教は、ヒンズー過激派によるキリスト教徒迫害について公式声明を発表した。

 「私たちインド司教協議会の常任司教委員会は、我が国各地で最近、キリスト教徒に対して行き過ぎた暴力事件が続発していることにショックを受け、心を痛めており、インド政府をはじめ各州政府が、この事態に無関心で、何の行動も取らないことに、深い失望を覚える」

 この公式声明は、カンダマルをはじめオリッサ州の各地で、無実の人々が殺され、女性たちが乱暴され、教会や宗教施設が冒涜され焼き討ちされ、キリスト教徒の家が破壊されるという、悲劇的なできごとを想起させている。司教団は、人権を侵害し人々を恐怖に陥れるあらゆる反社会的・反宗教的行為に対して、断固とした強力な対応を取るよう要求している。司教団は暴力の犠牲者、とりわけオリッサ州で家を追われ、森に逃げ込むことを余儀なくされ、あるいはいまだに難民キャンプで不自由な生活を送っている人々、いまだにキリスト教信仰を捨てるよう脅迫されている人々に、連帯を表明している。
 10月2日、ハンガリーで開かれたヨーロッパ36司教協議会の会長の会合では、インドでのキリスト教徒に対する暴力を終わらせるために、ヨーロッパ各国政府と諸機関が、あらゆる可能な手段を取るよう求める声明が発表された。
「私たちの情報源によれば、8月23日から現在(10月2日)までに、死者60名、負傷者は数千名にのぼり、数万人が避難を余儀なくされている」

 さらに、アムネスティ・インターナショナルは10月1日、インドのマンモハン・シン首相が9月30日にパリで発表した声明に反論して、この暴力的な事態は「インドの恥」であり、インド政府は「少数派のキリスト教徒に対する暴力の続発」を傍観するという、「確固たる立場」を貫いてきたと非難した。アムネスティはインド政府に対して、「発言と行動を一致させて、オリッサ州東部のキリスト教徒を再開した集団的暴力から守るように」と求めている(UCAN News, 2008年10月6日)。
 雑誌『アメリカ』2008年9月22日号の編集後記「オリッサの迫害」は、教皇ベネディクト16世の平和アピールを引用しながら、キリスト教徒に対する攻撃を非難して、インドの長年にわたる誇り高い「宗教的寛容」に言及している。


「私は、インドの宗教指導者と政府当局者が協力して、さまざまな集団に属する人々の間に、これまで常にインドの輝かしい特徴であった平和共存と調和を、再び打ち立てるよう求める」

 閉幕したばかりの「世界司教会議」(シノドス)で、インドのビタヤティル枢機卿は10月6日、教皇ベネディクト16世と240人の枢機卿・司教を前に、インドのキリスト教徒への暴力について言及した。同枢機卿は、特にオリッサ州におけるキリスト教徒への暴力を、インドの歴史上最悪の迫害の一つだと強く非難した。オリッサでは死者は80人にのぼり、数千人が避難民となっている、と枢機卿は述べた(『アジア・フォーカス』2008年10月17日号)
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