「映画」 勇者たちの戦場 【社会司牧通信142号】

映画
柴田幸範(イエズス会社会司牧センター) 
 この映画は、イラク戦争の帰還兵を描いた作品だ。過去にもベトナム戦争やアフガン戦争を舞台に映画が作られた。この映画はそうした映画とくらべて、大作でもなく、話題性に富んでいるわけでもない。だが、ハリウッドの名優サミュエル・L・ジャクソンをはじめ俳優たちの熱演によって、戦争の裏にある兵士たちの現実を、静かに訴えている。

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 イラク戦争は2003年3月19日にはじまった。多国籍軍が投入した兵力は最大26万人以上、アメリカ軍だけでも21万人を超えた。開戦以来の約5年間で、アメリカ軍の死者は3,800人、民間軍事会社(Private Military Company: PMCまたはPrivate Military Firms: PMF)の死者は1,000人以上と言われている。一方、イラク人犠牲者は、軍・警察関係で26,000~36,000人、民間人は8~10万人と言われている。WHOが2008年1月に発表した調査結果では、イラク戦争全体の死者は151,000人とされている。今日も死者は増え続けている。

 このように、イラクは今なお、多くの死を生み出しつづける戦場だ。だが、戦場を無事くぐり抜けて帰還した勇者たちにとって、故郷もまた、新たな戦場だった。この映画は、故郷に戻った4人のワシントン州兵(National Gurd)たちの姿を描いている。

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 イラクの米軍前線基地デルタで人道的任務にあたっていた軍医ウィル・マーシュ、そしてトミー、ジョーダン、ジャマール、ヴァネッサ。かれらはワシントン州スポーケン出身の州兵だ。民間人のための健康診断と医薬品の輸送が、帰国前の最後の任務だった。だが、現地で武装勢力の攻撃を受け、ジョーダンは親友トミーの目の前で戦死。ジャマールは間違って民間人のイラク人女性を射殺してしまう。ヴァネッサは路上に仕掛けられた爆弾で負傷し、ウィルの手当を受ける。

 帰国したウィル、トミー、ジャマールは、ジョーダンの葬儀に参列する。トミーは親友を亡くしたショックから立ち直れない。勤めていた銃砲店からはクビにされ、父親から勧められる警察への就職も気乗りがせず、空しさが募る毎日だ。
 ジャマールは民間人を殺したトラウマと、恋人が離れていく気配に、イライラを募らせる。
 ウィルは、戦地で救えなかった兵士たちの記憶に悩まされ、夜も眠れず、アルコールに依存するようになる。妻には悩みを話せず、反抗期の息子は反戦運動にのめり込んで、父を軽蔑する。
 ヴァネッサは片手を失って、高校の体育教師に復帰する。離婚してシングル・マザーだった彼女は、障がいを持つようになって余計に、他人に弱みを見せまいと、かたくなな態度をとるようになり、親や恋人からも、同僚からも孤立していく。
 そんなある日、精神的に追い詰められたジャマールが、恋人の勤めるカフェに人質をとって立てこもる。トミーは説得のために、現場に乗り込むが…

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 かれらのうち、ある者はカウンセリングを通じて、自分自身と、まわりとの人間関係を立て直そうとする。また、ある者は新しい恋人の助けを借りて、幸せをつかむ。そして、ある者は、今なお戦場にいる若き同胞たちを見捨てられずに、再びイラクへと旅発つ。この映画のプロデューサーと監督は、映画の製作にあたって、イラク帰還兵を徹底的にリサーチした。その成果が、ストーリーだけでなく、登場人物の一つひとつのセリフのリアルさとなって表れている。戦争が兵士の心に与えるダメージが、イデオロギーではなく、現実として迫ってくる。

 冒頭の戦闘シーン(モロッコで撮影された)で、アメリカ軍兵士たちが"Move! Move!"(止まるな、走れ!)と叫びながら戦うシーンが印象的だった。"Move! Move!"。でも、どこへ? どこへ行けば安全なのか? アメリカは、イラクはどこへ向かおうとしているのか?

<社会司牧センター柴田幸範>

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