【社会司牧通信 140号 2007/10/15】
 
 
 
 野宿者(ホームレス)やニート(学校にも仕事にも行かない若者たち)が社会問題としてクローズアップされてから、ずいぶん経つ。最近は、新たに「格差」の問題が脚光を浴びている。今夏の参議院選挙で自民党が敗北したのは、「格差」に鈍感だったからとも言われている。そして今、もっとも注目されているのが「ワーキングプア」の問題だ。

 「ワーキングプア」。働いても働いても貧しい人びと。働きたいのに職を奪われ、貧困に落ち込む人々。「一生懸命働きさえすれば、きっと報われる」という、伝統的な労働観をくつがえす「ワーキングプア」の出現は、日本の経済と社会のあり方を根本から問いなおしている。

 その火付け役となったのが、NHKが2006年7月と12月に放送した、NHKスペシャル『ワーキングプア』だ。この2回の放送が単行本として、今年6月に出版された。本書は、「ワーキングプア」という「日本を蝕む病」に苦しんでいる人びとを、さまざまな現場で取材して紹介している。

 正社員への道を閉ざされ、アパートに住むことさえできず、マンガ喫茶やネットカフェで寝泊まりする若者たち。発展から取り残され、崩壊していく地方のコミュニティ。家庭と仕事の両立に悩み、公的福祉削減の影響で、貧困へと墜ちていく女性たち。第三世界とのコスト競争に敗れ、つぶれていく中小企業。生活のため、医療費の支払いのため、死ぬまで働かざるをえない高齢者。貧困家庭に育ち、貧困の悪循環から抜け出せずにもがく子どもたち...。いつから日本はこんな国になったのか。GNP世界2位、国民総中流社会は幻だったのか。

 この貧困の原因と仕組みを鋭く説くのが、『貧困襲来』だ。著者の湯浅さんは、野宿者支援に長年取り組み、自立支援をサポートするNPO「もやい」で活躍してきた。本紙にも、野宿者の仕事づくりをめざすグループ「あうん」の記事を書いている(120号、2004年6月)。

 湯浅さんは、貧困に陥る原因を「五重の排除」と呼んでいる。①教育からの排除、②企業からの排除、③家族からの排除、④福祉からの排除、⑤自分自身からの排除(自分に自信がなくなること)。歯止めのない新自由主義とグローバル化が、社会からこうしたセーフティネットをなくし、孤立し疎外された人びとを生み出していくというのだ。

 だから、湯浅さんは二つのことを強調する。●貧困は自己責任ではない。「働いても働いても貧しい=ワーキングプア」の登場が、その証拠だ。死にかけている人を福祉で救わず、「自分の力でがんばれ」と言うのは、「死ね」と言うに等しい。●「格差」が問題なのではない。問題は「貧困」だ。格差は場合によっては容認されるが、死に至る「貧困」は絶対に容認してはいけない。

 「自立」の名の下に福祉が削減されていく日本の現実は、本紙135号(2006年12月)で岩田鐡夫さんが指摘しているとおりだ(「障害者自立支援法を考える」)。「民営化による効率的経営」が、人びとの命を支える「公共サービス」の低下をもたらすことは、映画『シッコ』が教えてくれた。行政が貧困対策を放棄するとき、労働者派遣や貧困者向け宿泊所で、貧困者から、さらにお金を搾り取る「貧困ビジネス」が栄える-と湯浅さんは指摘する。

 だから、「怒れ、そして立ち上がれ」と湯浅さんは言う。「立ち上がって仲間を募れ。そして社会を変えよう」と。映画『シッコ』で、「イギリス政府が国民健康保険制度をなくしたら、どうなるか」と聞かれたイギリスの元国会議員は、「革命が起こるね」と答えた。私たち日本人も、そろそろ「革命」を起こしてもよい時期かもしれない。貧困が原因の自殺も、餓死も、もうたくさんだ。