【社会司牧通信 140号 2007/10/15】
映画 シッコ(SICKO)
"SICKO"/2007年/アメリカ/123分
 
 マイケル・ムーアの映画、『シッコ』を見てきた。ムーアは今、アメリカでもっとも影響力のあるドキュメンタリー(?)作家。その作風はユニークだ。99年にコロラド州コロンバイン高校で起こった銃乱射事件を取り上げた、『ボウリング・フォー・コロンバイン』(Bowling For Colombine, 2002)では、半身不随になった被害者を、犯人に銃弾を売ったスーパーの本社に連れて行き、縦断の販売を中止させた。イラク戦争に抗議した『華氏911』(Fahrenheit 9/11, 2004)では、上院議員に突撃インタビューして、「自分の息子をイラクに送るか」と聞いている。

 といっても、彼の作品は独善的でも、熱狂的でもない。巨悪に突撃するムーア自身を、「風車に突撃するドン・キホーテ」のようにユーモラスに描いている。「笑えるドキュメンタリー」なのだ。そのムーアの最新作ということで、大いに笑おうと期待して出かけたのだが、意外なことに泣けてしまった。

 ムーアの今回のテーマは、アメリカの医療保険。アメリカには国民皆保険制度(Universal Health Insurance)がない。国民の60%が民間の医療保険に加入し、25%が高齢者や貧困者、障がい者向けの公的医療保険(メディケアMedicare、メディケイドMedicaid)に加入している。残りの15%、約4700万人が無保険状態と言われている。

 しかし、今回の映画のテーマは、無保険者ではない。保険に入っているのに、医療を受けられない人たちが、主人公だ。夫が心臓発作、妻がガンに冒された夫婦は、保険料を払いきれず、自宅を売って、娘夫婦の家に転がり込む。別の女性は、夫への骨髄移植を医師から勧められたが、保険会社に移植を拒否され、夫は死んでしまう。さらに驚いたことに、保険に加入しておらず、支払い能力がないと病院から判断された患者たちが、貧困地区にある公立病院近くの路上に、次々と置き去りにされていったというのだ。こうした悲劇の主人公たちは、口々に嘆く。「これが私たちの祖国、アメリカか?」

 ムーアは、1971年にニクソン大統領がアメリカに民間健康保険を導入した舞台裏を紹介している。「民間健康保険のメリットは、医療費を減らせば利益をあげられるというモチベーションが働くことだ」。保険会社と製薬会社はいまや、政治家にもっとも影響力を持つ業界の一つとなった。クリントン政権下で「国民皆保険制度」の導入を訴えていたヒラリー・クリントンさえ、いまでは保険会社から献金を受け取っているという。
 ムーアは、国民健康保険制度を維持しているカナダやイギリス、フランスを取材する。予算不足や医師不足などの問題を抱えながらも、これらの国は国民健康保険制度を維持しつづけている。金さえあれば最高の医療が受けられるが、貧しい人には何もない米国と、基本的な医療は誰でも受けられるカナダやイギリス、フランス。どちらに住みたいか。

 ムーアは、9.11で活躍した消防士たちをキューバに連れて行く。9.11の後遺症に苦しんでいるのに、保険制度のために満足な治療を受けられない彼らを、テロリストたちが無料で医療を受けているキューバのグァンタナモ米軍基地に連れて行き、治療を受けさせようというのだ。試みは失敗し、消防士たちはキューバで治療を受ける。キューバはアメリカによる経済封鎖で、経済は苦しいながらも、医療費無料を貫いている。予防医学の重視によって、医療費を低下させるのに成功しているのだ。アメリカの「敵国」キューバで治療を受けた9.11の消防士たちの涙と、「ありがとう」の言葉は胸を打つ。

 ムーアの両親はアイルランド系の熱心なカトリック信者で、ムーア自身も日曜のミサは欠かさず行くという。現代アメリカの「ドン・キホーテ」の胸の奥には、弱い人々へのかぎりない愛が脈打っているのかもしれない。

<社会司牧センター柴田幸範>





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