【社会司牧通信 139号 2007/7/20】
 
 うつ病は、今の日本でもっともメジャーな精神疾患の一つだ。厚生労働省の2002年の調査では、うつ病関係で治療を受けている患者数は約70万人。1999年は44万人だったので、3年間で約1.6倍に増えている。また、WHO(世界保健機関)の調査では、日本の人口の3~5%、360~600万人が、潜在的なうつ病患者とされ、一生のうち一度でもうつ病になったことがある人は、実に四人に一人と言われている。もはや、うつ病は国民病と言ってよいかもしれない。
 本紙4月号に同封した冊子『心の悩みを受けとめるために』の編集会議でも、当然、「うつ」のことが話題になったが、独立したテーマとして記事にするまではいかなかった。うつ病の人の生の声をたくさん聞いたり、自助グループの活動に参加したり、という体験が、編集メンバーにあまりなかったからだろう。とはいえ、「うつ」は、自殺というテーマを考えるうえでも避けて通れない大事な問題なので、いつか勉強したいと思っていたところ、当センターの同僚から勧められて、本書を読んでみた。
 著者は30代の女性イラストレーター。スーパー・サラリーマンだったツレ(夫)が、ある日突然「死にたい」と言い出した。それから1年半にわたる闘病記をマンガでつづったのが本書だ。本書は、①発症から会社を辞めるまで、②重症期、③回復期、④社会復帰―の4章に分かれていて、それぞれの章が見開き2ページのマンガ10編ほどからなっている。たとえば、こんなテーマが並んでいる。「会社をやめる」「薬が効く」「ゆり戻し」「ダラダラを教える」「楽しいことだけさせる」「なまけ病なの?」「申しわけない病」「過去の自分とくらべる」「自分を変える」「ありのままを受け入れる」...。もちろん、一つひとつは重たいテーマなのだが、著者の「不思議かわいい」イラストと、ユーモラスな文章につられて、「うつ」について、笑って学べる(!)という、世にも不思議な本に仕上がっている。
 なかでも、絶妙なのが著者と夫の会話だ。スーパー・サラリーマンで家事も得意な夫に、頼り切って生きてきたという著者は、夫が「うつ」になってはじめて、夫を支える立場になり、それまで後ろ向きだった自分の生き方が、前向きで明るいものに変わったと言う。夫の「うつ」は自分の財産になったと言うのだ。こんな妻だからこそ、夫は「うつ」を乗り越えることができたのだろう。
 もちろん、回復したからといって、以前と同じように働けるようになったわけではない。いやむしろ、妻の目から見て、夫は以前とは微妙に違う人間、以前よりも付き合いやすい人間になったという。結局、夫にとって「うつ」になるのは避けられないことだったのかもしれないが、「うつ」になってはじめて、自分の弱さと向き合うことができたのだから、無駄ではなかった、と著者は言う。私が彼女の立場だったら、そう言えるかどうか自信はないが、そんなふうに「うつ」を受けとめたいとは思う。
 私自身、「うつ」のような病気とは縁のない人間だと、最近まで思っていた。だが、この頃、忙しさやプレッシャーから、月曜の朝に職場に向かおうとして、体が動かなくなる経験をした。その時初めて、誰でも「うつ」になりうるんだなと実感した。だから、この本に出会えたことは、恵みとしか言いようがない。「うつは人生の夏休み。ゆっくり休養してください。その時間は、自分と向き合える貴重な時間でもあるのです」という著者の言葉は、私にとっても、大きな励ましになった。
 「うつ」に悩む夫といっしょに右往左往して、いっしょに悩んで、怒って、喜ぶ著者の姿。「感動の純愛コミック」というキャッチ・コピーは本当です。
ぜひ、ご一読を。

<社会司牧センター柴田幸範>