【社会司牧通信 139号 2007/7/20】
根津公子(南大澤学園養護学校教員)
 2007年6月27日、カトリック麹町教会メルキゼデクの会は、根津公子さんを招いてお話を聞いた(出席者約30名)。根津さんは、入学式や卒業式での「日の丸・君が代」強制に反対して、「君が代」斉唱の時に起立せず、東京都教育委員会から度重なる処分を受けている。彼女をはじめ、同様に処分された教員たちの姿を描いたドキュメンタリー映画『君が代不起立』は、2006年12月に制作され、各地で上映会が開かれている。偶然にも同じ6月27日の午後5時から、上智大学で『君が代不起立』の上映会が開かれ、映画に登場する河原井純子さんらがお話をした。本稿は根津さんのお話を編集部がまとめた。
 「君が代」処分が始まったのは、都教委が出した「10・23通達」(2003年)からです。その通達には、「本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われる」と書いてあります。職務命令は校長しか出せないことになっていますので、その命令に違反したとして、処分されています。
 10・23通達が出されて最初の卒業式が2004年。これまでに卒業式・入学式が計8回あり、延べ388人の教員が処分されています。私は4回、河原井さんも5回処分されていて、私たちの処分が一番重くなっています。私は停職6ヶ月、河原井さんが停職3ヶ月です。私の場合、10.23通達以前に減給3ヶ月まで行っていました。不起立での最初の処分、減給6ヶ月になったのが2005年3月、2005年4月には停職1ヶ月、2006年3月の卒業式で停職3ヶ月、そして2007年3月の卒業式で4月1日から9月30日まで、私は停職6ヶ月の身です。
 こんな処分の仕方は東京だけなんですね。でも、教育三法(学校教育法、教員免許法、地方教育行政法)も国会を通ってしまいましたし、教育基本法も改悪されました。そうすると、具体的に「君が代」不起立での処分が、全国に広がると思います。東京で成功すれば、次のねらいは大阪、それから教員が闘っている北海道だろうと思います。他はほとんどもう、みんな起立しているんです。ですから問題にならないだけのことなんですね。
 東京の場合、2003年の10・23通達で、小中学校は大体浸透したけれども、高校の教員たちが「君が代」で起立しないというので、処分を始めました。今、処分が行われているのは広島県、北九州市、新潟県、そして東京都ですが、東京の場合は処分を重ねるごとに、だんだん重くしていきます。ですから、私は停職6ヶ月で「次はない」つまりクビだと、都教委は言っています。

 皆さんの教会も、戦争中にいろいろな弾圧を受けたという経過がありますから、今の状態が戦前と同じだ―と思われる方がほとんどだろうと思います。私は本当にそういう危機感をすごく強く持ちます。私は教員で、教育をするために学校にいる。ですから、教育に反することには加担しない、できない―というのが、元々の気持ちでした。しかしもう、そういう基本的なことは置いておいても、今の政治状況を見ていくと、いてもたってもいられません。子どもたちも本当に「少国民」になっているような状態で、教室の中でドキッとすることがよくあります。そんな中で、私はどうしても、10・23通達に服従することはできないんです。
 
校門の前に立つ
 停職6ヶ月のこの時期、私は平日は毎日、学校の門の前に行きます。「君が代」で最初の処分を受けた2005年3月と4月、そして2006年3月の処分の時、勤務先は立川二中でした。2007年3月の処分の時は、町田市の鶴川二中でした。それから、私の場合、毎年職場を異動させるのが都教委の方針ですから、今年は八王子ニュータウンにある南大沢学園養護学校に異動させられました。この三つの学校に一日ずつ、行っています。
 私は何も悪いことをしていない。1947年制定の教育基本法と教育の原理に則った教育をしてきているつもりです。私には仕事をする意思があります。ですから学校の前まで行きます。中に入ると不法侵入で逮捕されますから、校門の前に立つ。そして、子どもたちに今の現実を、私の体で見せようと思っています。
 2年前、停職1ヶ月の時に、立川二中ではじめて校門の前に立ちました。私にも多少の世間体はあったし、何か怖いことが起こるかもしれないという不安もありました。でも、「やっぱり、おかしいことはおかしいと言い続けよう」という気持ちで、学校の前に立ち、座りました。立川二中の子どもたちは、私に非常に友好的でした。その中で、ある一人の生徒にこう言われたことがあります。映画に出てくる、定時制の高校に進んだ子です。
 彼女は「私は、先生が門の前に立っていることで、人はおかしいと思ったときには立ち上がっていいんだと思った」と私に告げました。中学生にもなれば、「すごいね」とは言います。でも、「自分がおかしいと思った時には、立ち上がっていいんだと思った」なんて、なかなか言えないですね。東京都の教員だって、私に「がんばって」と言うんです。「『がんばって』じゃなくて自分の問題でしょ」と私は思うし、親しい人には実際にそう言うんですが、みんな、なかなか自分の問題としてはとらえてくれません。でも、あの子は自分の問題として、「自分も立ち上がっていいんだ」と思ったんですね。
 たぶん、子どもたちはみんな、小さい時から、「子どものくせに」とか、「食べさせてもらっているのだから」とか、学校でも他のところでも、言われてきます。だから、黙ってなきゃいけないと思っていたのが、「理不尽なときには、立ち上がっていいんだ」と思ったんですね。そのことを聞いて、私自身がすごく学ばされました。
 中学生が今、私の行動を理解できなくても、この先、確実に低賃金・長時間労働を余儀なくされていくでしょうね。これから先、そういう壁にぶち当たらないことの方が少ないと思うんです。その時にかれらが、「私は一生懸命やったよ。私が悪いんじゃない」と思ってくれることが、すごく必要だと思います。もし、そのように思えたら、生きていこうという気持ちは続きますよね。うつ病になったり、自殺せざるを得なかったりということが、なくて済むと思うんです。長い人生、何があるか分からないけれども、そういう時に、「私は悪くない」と思うことが、まず必要だと思うので、そういうことを子どもたちが私から学んでいってくれたらいい。非常にきついときに私のことを思い出してくれたらなと思ったんです。それで、停職の間、門の前に立っています。
 
「君が代」は教育?
 都教委が進めている、「君が代」強制は、学習指導要領に入っていますから、学校の「教育活動」なんです。その都教委が進めている「君が代」“教育”を、私が教育ではないと申し上げたのはなぜか。事実に即して話していきたいと思います。
 「君が代」“教育”の根拠は学習指導要領だと都教委は言います。それは、2003年の10月23日に始まったわけではなくて、1989年に学習指導要領を改訂した時からです。それだけ早くから「君が代」を実施するという指導が始まっています。そこには、こうに書いています。「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」。その「指導するものとする」という文言から、全国で、「日の丸」「君が代」強制が行われているんです。
 でも、学校の中を見渡せば、東京で言えば、1989年当時、高校では「日の丸」も「君が代」もほとんどありませんでした。小中学校でも、区部はほとんどありましたけれども、「君が代」は多摩地域ではほとんどありませんでした。特に小学校はなかった。中学でも、「日の丸」はほぼ入っていたけれども、「君が代」までは入れられないというところがほとんどでした。しかし、89年から年を追ってどんどん入るようになり、1999年の国旗国歌法制定の時には、ほとんどのところで入った。しかし、高校では「君が代」はなかなか入らない。「君が代」が入るようになった2000年以降も、教員たちが立たない。そこで、何とかしようと10・23通達を出したことは、先ほど申し上げた通りです。

都教委はこう言っています。「まずは形から入り、形に心を入れればよい。形式的であっても、立てば一歩前進である」(2003.11.11.指導部長)。これは戦前のやり方と同じですよね。1941年、戦争に突入するその時に、「学校の儀式はこのようにする」という通達を、当時の文部省が出しました。当時の儀式のやり方と今のやり方は、まったく同じです。
 次は、私たちの裁判の準備書面で、都教委が言っていることです。「起立する教員と、それを拒否する教員とがいた場合、その指導を受ける児童・生徒としては、国歌斉唱の際に、国旗に向かって起立してもいいし、しなくてもいいと受け取ってしまうのであり、…国旗・国歌を尊重する態度を学ぶことができなくなり、児童・生徒の学習権を侵害するものである」。「儀式的行事として、会場全体が厳粛かつ清新な雰囲気につつまれることは、児童・生徒にとって、無形の指導ともなりえるものである」(2007.2.2.都教委準備書面)。形からまず入って、全員が立てば、それで無形の指導となる。これってまさに洗脳じゃないですか。何年も前から行われている「心の教育」も、マインド・コントロール、洗脳ですよね。「君が代」だけじゃなくて、そうやっていろいろなところで洗脳行為をしようとしています。
 
生徒や保護者たちのこと
 そういう中で、ここ数年の間に、子どもたちは「君が代」で立つのが当然になってしまいました。私は2004年3月に、調布市の調布中学にいました。
 私は当然起立しませんでした。そのことを朝日新聞が取材して、記事になりました。調布中学の校長はそれを見て、激怒しました。しかし、子どもや保護者はどうだったかというと――。私のような人間はずっとマークされていますから、毎年ほぼ1年で追い出されます。ここもそうでした。学校の中でも仕事はほとんど与えられません。もちろん担任も持たされない。どの子の保護者がどういう人かも、一切分からない状態です。1年が終わる頃にようやく、PTA役員が誰か分かるくらいでした。
 そういう状態でしたけれども、子どもたちには事前に、「私は起立をしない。なぜなら…」という話はしています。それで、子どもたちは「なぜ先生が立たなかったのか、あの新聞を見てよく分かった」と言ってくれました。それから、あるPTA役員が私に電話をくれました。その人は、「日の丸」も「君が代」も全く抵抗ないし、むしろ好きだ。でも、強制はおかしい―というので、非常に納得してくれました。その方は、他の保護者がどのように考えているのか、いろいろ当たってくれて、「みんな私と同じように思っているよ」と教えてくれました。
 1年後の2005年3月・4月に、朝日新聞と東京新聞が意識調査をして、60~70%の人が、「日の丸」「君が代」の強制に反対しているという数字が出ました。ですから、10・23通達で処分が始まった段階では、都民のかなりは反対していたんです。ところが、3年の間にどうなったかといいますと、映画で町田の鶴川二中の場面を見ていただくとお分かりのように、子どもたちは「ルールを守らない、困った教員が来る」というので、門の前で私にひどい口をきいていました。保護者たちもそうでした。私が実際に学校の中に入ったのは、停職が明けた2006年7月1日でしたが、その前もそれ以降も、私を都教委に帰すための方策を、地域や保護者がいろいろ練っていて、署名活動をしようとしていたとも聞いています。
 「ルールを破った困った教員」。そして、「校長先生は、他に誰も引き取り手のいない教員を、教育委員会から頼まれて1年間預かっている」という話が流れていたそうです。校長本人は否定していましたが。そういう宣伝はたくさんされていました。それから、映画の中で、私が門の前に立っていた時に、警察に通報した二人の保護者は、PTAの会長とその前の会長だと、相当経ってから分かりました。
 変わっていく子も少しはいました。生徒や保護者からの「教員評価」というものがあります。私たちがもらった生徒からの評価の中に、「『君が代』の時は立て」と書いた子もいましたが、立川の子と同じように、「おかしいと思った時には、おかしいと言っていいんだと分かった」と書いてきた生徒もいます。このように、変わっていく、気がついていく子どももいるんです。しかし、多くの子どもは、今も私に対して無視するような態度を取ります。
 じゃあ、鶴川二中の子どもが特別なのか。子どもたちには責任はないと思います。この3年間の世の中の動きが、あまりにも速く右に寄ってしまっている。子どもたちは、3年前といえば小学生ですから、「君が代」のことで論争があったなんて、知らないですよね。ですから、どこの学校でも「日の丸」「君が代」が実施され、先生も全員立って、おごそかに歌う。その中で、根津だけが立たない。ルールを破る教員だ―ということが、すっと入るんですね。本当に、子どもたちが「少国民」にされてしまったと思うんです。都教委の進める「君が代」“教育”は、残念ながら功を奏しています。
 
「君が代」の他に行われていること
 それから、「君が代」を歌わせるために、他に行っていることとして、小学校の4年生か5年生ぐらいに、音楽の授業計画で、「君が代」をいつ、どのように教えるか、教員に提出させます。教育委員会によっては、その授業を見に来ます。全部の教員を見るわけにはいきませんから、「君が代」に反対している音楽の教員の授業を見に来る。他の教員は見に行かなくても、自粛効果は働くわけです。
 もう一つ、「日の丸」「君が代」は卒業式と入学式の2日だけのことではありません。直接関係ないのですが、最近「職員会議で採決してはいけない」ことになりました。実態としては、すでに職員会議で採決していない学校がほとんどで、高校にあと数校、採決しているところがあるから、それをゼロにするためにこの通知が出されたと、新聞でも報道していました。どこの学校でも、教育委員会が決めたことを校長に、校長が言ったことを教員におろして、そのままやっていくのです。
 行事でも、子どもの意見を採り入れてやっていくのが伝統になっていた学校も、そういうことが一切できなくなっています。授業時間でも、いろいろ工夫して、楽しいことをたくさんやろうという学校も以前は多かったのですが、それも一切できなくなりました。授業の中でこんな工夫をしたいとか、こんな教材を採り入れたいということも、かなり危うくなっています。私は2005年に、校長の許可を得て、「君が代」で立てない理由を資料を使って授業することにしました。私は全クラスで授業しましたが、生徒の中に自民党の市議会議員の息子もいましたので、筒抜けになると覚悟はしていました。実際、6月の市議会で問題になりました。すでに何ヶ月か経っていて、私も停職になっていましたから、そのまま終わりましたが、そのまま学校で教えていれば、しっかり問題にしたかったわけです。
 それから、ここ何年も「こんなことを授業でやりたい」と校長に言って、「ダメだ」といわれることがよくあります。2001年、10・23通達の前ですが、石原都政になってから、次々と介入が行われてきたんです。2001年に私は、「従軍慰安婦」の問題を女性差別の問題として、授業で取り上げました。私は家庭科の教員ですから、女性差別の問題、男女共同参画の問題として、いまだに解決されない「従軍慰安婦」の問題を取り上げることには、何の違和感もないはずですね。子どもたちは非常に納得しました。しかし、その後、校長から問題にされたんです。「根津は、家庭科の時間に家庭科ではないことをやっている」と。ただし、裁判では「そういう問題ばかりに時間を費やしているので、学習指導要領に載っている他の大事な授業ができなくなっている」と言い換えましたが。その時以来、私が授業で何かやりたいと言うと、「学習指導要領に記載がないから、授業の目的や計画を書面で提出すること。それをもとに校長が判断する」と言われます。許可されなかったことは何度かあります。私のケースを見ていれば、周りはみんな自己規制をしていきますよね。
 ちょっと前までは、人権教育のために大切な、でも教科書にはない教材を、教員たちが工夫して、どんどん採り入れていました。ところが、今はそういうことは一切できなくなってしまいました。「平和」という言葉が付いているだけで、もう危ない。これは2000年のことなんですが、国立市の二小での話です。1977年に横浜で米軍ジェット機が墜落して、土志田さんのお子さん二人が亡くなって、その後お母さんの和枝さんが亡くなった。そのことが『パパママバイバイ』という本になりました。その本を読み聞かせしたら、先生が処分されました。もうすでに、2000年からそういう状態でした。今では、そのようなことは、ほとんど誰もしていません。危なくてできない状態です。
 それから、「習熟度別」授業。算数などは小学校2年から、「習熟度別」という名前の「能力別」授業を行っています。勉強ができないのは「自己責任」ということになります。あきらめを学んでいくわけです。2000年に、三浦朱門が「できん者はできんままでけっこう。実直な精神さえ身につけていれば」と言いました。その通りのことが行われているんです。私の能力はこんなものだと、あきらめさせるための「習熟度別」授業だと思います。
 「学力テスト」も、東京都から始まって、今年から全国一斉になりました。誰が教えた、どのクラスが成績が悪かったか、結果が出てくるわけです。そうすると、教員が点数を上げるためだけに励んで、授業が授業でなくなる。
 それから「選択・総合」授業。これは中学校なんですが、一般の必須授業をとても少なくして、選択・総合を増やしている。ただし、何をやってもいいわけではなくて、「平和」という言葉が付くようなものにはクレームがつきます。これも「習熟度別」授業と同じように、学力などというものは私立の能力がある子だけがつければいいという発想でしょう。
 それから、「職場体験・奉仕」の授業に至っては、中学校で職場体験を、町田市などでは1週間もやるのですが、教員たちは「学徒動員」だと言っています。でも、そんなことは、生徒にも保護者にも一言も言わず、送り出すわけです。もちろん、「学力テスト」だって、「習熟度別」授業だって、みんなおかしいと思っているけれども、そんなことは言わない。一度踏み絵を踏んでしまうと、おかしいと言えなくなってしまうんですね。それが今の学校です。
 私はこんなふうに思います。戦争中に、赤紙が来て子どもが戦争に行くことになった時に、ごちそうを作って、赤飯を炊いて送ったわけですね。親は本当は送り出したくないが、喜んだふりをして送り出す。その状態とすごくよく似ていると思います。「君が代」の強制で、一度踏み絵を踏んでしまった教員たちが作る学校は、簡単にそういう状態になっていく。だから、年2回のことではない。

 
政治の動きと学校
 今の政治状況を見ると、2006年12月に教育基本法が改定され、「愛国心」が入れられ、国家のための教育ということが鮮明になりました。労働組合が教育に口を出すことは介入であって、教育行政が法律に基づいて口を出すのは、介入ではなくて指導だというわけです。そして、先々週、教育関連三法(学校教育法、教員免許法、地方教育行政法)が成立し、教員免許10年更新制が出てきました。これは、いかにも「指導力不足の教員がいるからやるんだ」と思わせていますが、そうではありません。
 「指導力不足」とは何かというと、都教委の定例会や都議会での答弁では、「君が代」「日の丸」をきちんと指導できない教員を「指導力不足」と位置づけています。国家に忠誠を尽くさない教員、上の言うとおりにならない教員を「指導力不足」教員とするわけです。先ほど、私が2001年から1年間攻撃を受けたと言いましたが、その時も私は「指導力不足」教員に挙げられました。大勢の人が闘ってくれたので、「指導力不足」と認定されずに済みましたが、一人だけだったら、簡単に「指導力不足」教員にされたでしょう。東京都で一人、「指導力不足」教員とされ、2006年にクビにされた増田さんという方がいます。社会科の教員で、彼女も平和の問題を授業で徹底的に取り上げたんですね。それが都教委のカンに障って、「不適切な教材を使った」と言われました。言葉を換えれば「指導力不足」ですね。それで、去年クビになり、闘っています。「教員免許10年更新」というのは、そういうことなんですね。
 そして、「愛国心」を盛り込んだ学校教育法。地方教育行政法では、文部科学大臣が教育委員会に「是正指導」できる。最初は、「いじめ」や「単位未履修」の問題があった時に、学校や教育委員会が動かなければ、文科省が是正指導するためだと伊吹文科大臣は言いました。ところが、提案して1週間くらい経つと、舌の根の乾かぬうちに「『日の丸』『君が代』をしっかりやっていないところについても是正指導する」と言いました。ねらいは、実はそこだったんですね。このように教育関連の法規が変わっていく。
 「国のために命を差し出す子どもになれ」という国会議員は、自民党にも民主党にもたくさんいます。それから、御手洗日本経団連会長の2007年1月の言葉ですが、「経済的な格差…は、経済活力の源であり」「経済改革は愛国心とセットになって初めて成功する」。“愛国心教育”は経済界の要請だということですね。日本は確実にアメリカの後を追っている。アメリカでは、軍が低所得者層の子どもたちに、「進学できる」「生活が楽になる」と勧誘して、イラクに送っていますよね。そういうことを、日本もやるのではと、容易に想像できます。いちばん最初に申し上げたように、学校は兵士を作っているようだと、本当に危機感を感じています。少なくとも、私は兵士を作る手助けだけはやめようと思っています。私も河原井さんも、それだけはできないね―と言って、クビを覚悟で臨んでいます。本当は教員みんなでやれたらいいんですが、なかなか壁は厚いです。

 
質疑から
 「教育基本法改悪や教育関連三法成立を受けて、私立学校にも権力の圧力が強まる状況で、公立、私立の教員の連帯が必要だと思う」というご質問がありましたが、まったくおっしゃる通りです。公立、私立の教員が連帯して闘わなければならないと、本当に思います。でも、残念ながら、どこの教職員組合も、「君が代」「日の丸」問題について、組合として具体的な方針を出して闘っていません。388人の教員の不起立は、個人の行動とされています。公立学校の組合の中でも、闘おうという気持ちになれないんですね。
 保護者たちにもしっかり訴えれば、ずいぶん違うと思います。保護者会で、「子どもたちの教育を取り巻く環境」として、こういう話をしなくてはいけないし、以前はしていたんです。ところが、今そういうことをすると、「変わった教員」と見られて、教育委員会にどうクレームが行くか分からない。そういう中で、教員が自己規制して一言も言えなくなっています。それが一番問題だと思います。私は言いたいと思っているけれども、発言の機会は一切与えられていません。着任式の時に前に出て話をする。離任式の時に話をする。年に2回だけです。後は一切、授業以外に話をすることができない。
 座れない人はたくさんいると思います。私は年齢が上の人には「一回や二回は座ろうよ」と言っていますが、若い人たち、あと10年も20年も教員生活がある人たちに「座ろうよ」とは、とても言えません。でも、全クラスでこういう話をしよう、学年で資料を作ってみんながやろうということなら、若い人たちだってできる。先輩教員がそうすべきですが、できないでいます。
 「戦後、国歌を変えていたら、このような現状を招かなかったか」というご質問。戦後、国歌を変えるという話は何度もありましたが、時の政権が認めなかったので、つぶれていきました。「もし、国歌が変わっていたら、根津は歌うのか」とよく聞かれます。「歌うかもしれない。でも、全員に強制されたら私は歌わない」と答えています。自分がどんなに好きなことでも、全員に強制されたら、中には嫌な人がいるかもしれない、そのことで人権が侵害される人がいるかもしれない、その時には一切しません。388人の処分された教員中に、こういう方がいます。その方は2004年3月で60歳の定年でした。38年間ずっと、「君が代」の時に起立してきたそうです。ところが、2003年に「全員立て。立たなければ処分だ」という通達が出て、座った。強制されることがおかしいと。私もまったくそう思います。全員立たせるというのはファシズムです。
 それから、「根津を強くしているものは何か」というご質問ですが、私が一人でやっていたって、河原井さんと二人でやっていたって、何の力にもならないことは分かっています。本当はみんなでやりたいのですが、できないから自分たちだけでもやろうと思って、やっているわけです。私たちは確実に兵士を育てています。物事を自分の頭で考える子どもではなくて、指示に従う子どもを作っているわけです。それに手を貸すことはできない。もし、自分の子どもだったら、黙って見ていられますか? 自分の子どもが溺れていたら、自分の命はどうなっても助けますよね。私は教員として三十何年間食べてきて、私自身のかなりの部分は、教員生活で形作られました。私がここで「処分されるから」というので立ってしまったら、自分を否定することです。だからできないんです。
 「親と教師の信頼関係があれば共に闘っていけたのではないか」、「今の状況では、公教育で学んでいるかぎり、国家による管理の流れに取り込まれてしまうのではないか」というご質問ですね。明治時代に始まったときから、公教育は国家の宣伝機関、統治機構の大事な部分として位置してきたのですから、国民の反対が弱くなれば、巨大な力を発揮します。学校だけの話ではなく、一人ひとりが政治をどう見ていくかという問題だと思います。
 保護者と教員がどう話をするか。今、たとえば中学校で担任を外されている人こそ、話の通じる人かもしれません。学校側から見て危なそうな人は担任から外すし、要職には就かせない。
でも、そういう人は、子どもからすれば話をちゃんと聞いてくれる教員、保護者ともきちんと話ができる教員だと思います。いじめのような問題があったら、校長や副校長、管理職、担任と話すよりも、いい歳なのに何も任されていない教員のところに話を持っていくと早いかもしれません。
 「学級崩壊」とか、いろいろな言葉で教育が攻撃されてきました。20年前、国労(国鉄労働組合)が「組合員は働かない」と攻撃されて、解体されました。その結果、安全管理が低下して事故が増えました。学校でも、「学級崩壊」と言われ、「生徒に学力がつかないのは指導力不足の教員のせいだ」と宣伝されました。みんなそれに踊らされて、塾へ、塾へと行ったわけですね。教員たちも保身に走り、誰も「おかしい」と言えなくなりました。
 「ILOなどの国際機関や外国の団体との連帯はどうなっているか」というご質問ですが、ILO(国際労働機関)の方から言いますと、個人ではダメで、組合が訴えるしかないそうです。
 海外の反響は大きいです。韓国でも国旗を強制する動きが広がっているそうです。アメリカでも、処分はまだされていないのですが、国旗に忠誠を尽くせということが、だいぶ言われるようになっています。日本でもやっていますが、アメリカでも海兵隊に教員を送り込んで、「愛国心」を植え付けるという研修を受けさせることもあるそうです。このように日韓米に共通した状況はありますが、中でも日本の状況は、韓国の人もアメリカの人もかなりおかしい、危機的だと言って、私たちのことを報じてくれています。フランスでも、市民の間で私たちの映画がずいぶん見られているようです。
 日本は、「個」をつぶす教育をずっとやってきました。だから、自分の意見をなかなか言えない。それを断ち切らなければ、どうしようもないと思います。権力側も教育を利用しようとするわけです。でも、このひどい状態を変えるのも教育ですよね。どちらの側にも、教育は使われます。民主的な社会、誰もが幸せな社会を創るためには、私たちの手に教育を取り戻して、「自分の頭で考える」ことをきちんと進めていくことだと思います。遅いようだけれども、それをしないと、いつまでも自立した国民が創る社会にはならないと思います。
 私と河原井さんの次の処分は「クビ」です。ですから、夏あたりから積極的に動いていこうと思っています。都教委に対しては、毎週金曜日の朝、都庁前でチラシを配り、マイクで話をしています。あるいは、都教委の方に質問や要請を持っていって、回答をもらうということもしています。「クビにさせない」という大きな闘いをつくりたいと思います。
 都教委に、都民の声をしっかり伝えるということで、処分に抗議する皆さんの声を届けていただきたいと思います。具体的には9~2月の間に、チラシ配りを一日中、全国から来た皆さんといっしょに、都庁前や新宿駅前でしたい。「皆さんのお子さんに関わる問題ですよ」と宣伝活動したいと思っています。来年、クビになったら、残る手段は裁判しかありません。日弁連(日本弁護士連合会)や第二東京弁護士会も、私に処分をしないようにと警告書を出してくれていますが、都教委はまったく耳を傾けません。とにかく、できることからやろうと思っています。

●根津公子さんのホームページ
http://www.din.or.jp/~okidentt/nezusan.htm