柴田 幸範(イエズス会社会司牧センター)

 近年、「憲法改正」をめぐる論議が盛んです。特に、昨年の衆議院選挙で自民党が大勝して以来、「憲法改正」への日程が着々と進んでいるようです。ところで、自民党が「憲法改正」とならんで力を入れているのが、「歴史教科書の是正」と「教育基本法の改正」です。2004年6月、安倍晋三自民党幹事長(現官房長官)は、自民党の地方組織に通達を出して、「歴史教科書問題は、教育基本法改正、憲法改正と表裏一体の国家的重要課題であり、国と地方が一体化して(新しい歴史教科書をつくる会の教科書採択に)取り組む必要がある」と述べています。『とめよう! 戦争への教育』は、こうした動きに批判的な市民グループが、「教育基本法改正」と「教科書問題」について解説したブックレットです。
 憲法公布の翌年の1947年、教育基本法が制定されました。その前文は、教育こそ憲法の理念-民主主義・平和主義・人権尊重-を実現する力だと述べています。逆に言えば、憲法の理念が変えられる時、教育基本法も変えられます。自民党は、どのように憲法を変えようとしているのでしょう?
 一つは安全保障の問題です。現憲法の大きな特徴の一つは、9条に定められた戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認です。自民党案は、戦争の放棄は認めていますが、交戦権の否認は削除し、戦力については「自衛軍」の創設をうたっています。
これは、平和主義による安全保障から、「軍隊」による安全保障への移行と考えられます。
 もう一つは国家と個人の関係です。主権が国民にあること、個人の基本的人権を保障することが憲法の基本理念であり、そのために国家権力を規制することが憲法の役割です。ところが、自民党案では逆に、国民の行動を、公益や国家秩序に合わせて規制しようという色彩が強くなっています。9条の問題の陰に隠れてあまり注目されていませんが、こちらの問題の方がより深刻です。
 保守派の市民グループ「新しい歴史教科書をつくる会」(「つくる会」)が編集している『新しい歴史教科書』と『新しい公民教科書』には、まさにそうした方向(「軍隊」による安全保障、国家優先)の記述が多くなっています。天皇制や神話の重視、「伝統的価」値観への回帰、「第二次大戦は、日本の自衛とアジアの解放のための戦争であった」という主張などがそうです。アジアの民衆や在日外国人、アイヌ民族、被差別部落の人々などの苦しみを知る人にとっては、素直にうなずけない内容です。
 こうした「自国中心の歴史観」を憂えた日本・中国・韓国の研究者が、3年をかけて共同で編集・執筆したのが『未来を開く歴史』です。日本側編集者の一人、俵義文さんの講演を聞きましたが、「愛国主義の名の下に自国に都合のよい歴史ばかり教えていると、日本の若者がアジアの若者と対話できなくなる」と、危機感を示していました。もちろん、韓国にも中国にもそれぞれの国の事情があり、この本が完全に公平だとは言えませんが、少なくとも「つくる会」の教科書よりも、他国からの批判に開かれた態度は豊かです。こうした試みが、今後ますます進んでほしいものです。
 教科書検定、大学入試共通一次試験、総合学習、ゆとり学習…。教育政策は揺れつづけています。政府は時代ごとに「望ましい人間像」をかかげていますが、それは時に、政府にとって「望ましい」人間像であったり、経済界に「都合の良い」人間像であったりすることも否定できません。
 他方で、現場の教職員への管理は強まっています。
 「日の丸・君が代」の強制と罰則はますます厳しくなっています。性教育や男女平等教育の工夫は、「性道徳の乱れを助長する」「男女の違いを否定している」と非難されます。かんじんの子どもたちは、置いてきぼりです。
 誰のための教育なのか。何のための教育なのか。教育は誰のものなのか。 今、教育の何を識別しなければならないのか。そんなヒントを与えてくれる2冊の本です。