安藤 勇(イエズス会社会司牧センター)
 イエズス会難民サービス(JRS)は2005年10月21日、難民に奉仕して25周年を記念する記者会見を、本部のあるローマで開いた。JRSの国際事務局ディレクター、Lluis Magrina神父(イエズス会)は、難民の状況とJRSの世界的な活動について、概略を説明した。Magrina師が示した霊性と教育についての2冊の新しい本は、JRSが難民に同伴し、奉仕し、その権利を世論に訴えてきた25年間の歩みを、彼らが出会った生と死、希望、困難を通して、映し出している。

 この元JRSスタッフによる2冊の本の内容は、記者会見で簡単に紹介された。"GOD IN EXILE: Toward a shared spirituality with refugees"(追放される神:難民と分かち合う霊性)は、Pablo Alonso神父(イエズス会)によるもので、追放された人々の旅路とJRSの具体的な活動に重要に意義をもたらす、深い霊性を探究している。この本は、常に難民の人々の体験に基づいて、JRSの組織に影響を与える、実践的な本だ。「私たちは、難民キャンプに、収容所に、閉ざされた国境に神を見いだすために、霊性を深めなければなりません。難民とともに分かち合う、よりよい世界への願いは、希望をもたらします。これこそ難民が与えることのできる贈り物です」と、Alonso神父は語った。

 "HORIZONS OF LEARNING: 25 years of JRS educatin"(学習の地平:JRSによる教育の25年)は、Sr. Lolin Menendez(聖心会)によるものだ。「教育は難民に希望を与えるもので、その意味で教育は、食べ物や住まい、水と同じくらい重要です。追放生活は悲惨ですが、未来に対する意識と技能を身につけるチャンスにもなり得ます。教育とは、学校や教科書、学問だけのことではありません。紛争解決のような教育プログラムは非常に有益であり、リーダーシップを発揮させ、人権侵害を監視し、衛生状態を改善するのに役立ちます。この本は、子どもたちと自分たち自身を教育しようとしてきた難民の人たちの、努力を賞賛する本です。また、教育の力を信じる世界中のJRSワーカーたちを賞賛する本でもあります」と、Sr. Menendezは語った。
 1980年11月14日、当時のイエズス会総長、Pedro Arrupe神父は、難民に同伴し、奉仕し、その権利を訴えるJRSの設立を会員に宣言したが、当時の世界の難民の数は1600万人だった。イエズス会員はベトナムのボート・ピープルに寄り添い、人道支援と教育サービスを提供した。こんにち、世界中の難民は5千万人を数え、JRSの活動する状況は劇的に変化した。JRSが提供するサービスの領域と数は急激に増えている。

 この記事を書いている最中に、イエズス会総長のPeter-Hans Kolvenbach神父が全会員に宛てた、JRS25周年についての手紙が届いた。手紙は11月24日の設立記念日に出され、JRSの重要性を強調している。

記念ミサでの濱尾枢機卿
 2005年10月21日、ローマのジェス教会で、JRS25周年記念の感謝ミサが執り行われた。説教で、濱尾枢機卿はこう述べた(抜粋)。「人々(難民)は今なお、メシアであるイエスに従っています。彼らは、子どもを殺すかわりに、非暴力の価値を信じます。真理と愛の価値を薄め、あきらめるかわりに、犠牲を甘んじて受けます。私たちの神ヤハウェが、難民とその生き方のうちに、見える者として存在し、その力によって、人々のまったき生を実現することを信じています-私たちの手によって、また、後に続く人々の手によって。そして、主の言葉が私たちに届きます。『私は今日、あなた方をエジプトから導き出す』
 私たちは、この招きに何とか応えようと、今日ここに集っています。私たちはJRS25年の奉仕を、感謝をもって思い起こします。彼らは困難にあっても辛抱強く、誠実でした。JRSはたくさんの難民とともにあり、生き生きと働いています。イエズス会難民サービスは彼らにとって一つの恵みであり、その体験にあずかる人にとって、自らの価値を高めてくれるものであります。

JRSは草の根の人々に直接に関わり、彼らのそばにいて、その目をのぞき込み、その身の上話に耳を傾けます。食料の確保が脅かされている難民キャンプに、教育プロジェクトを受けている若者たちの中に、危険にさらされる女性たちが相談している保護施設に、無実の人々が囚われている収容所に、日常の希望と悲しみを捧げるために集うキリスト教共同体とともに、JRSはいます。未来は実現されなけばいけません。イエズス会難民サービスは、同じ姿勢で、国連とヨーロッパ連合の回廊にも出かけます。諸問題の原因に取り組み、ロビイ活動をし、世論喚起に携わり、政治家や公務員を動かして、声なき人々のために、希望のしるしを実現させるために働きます。これこそJRSの働きです。彼らは信仰に基づいた活動の模範であり、彼らの模範は多くの人を触発し、後に従わせます。無力かもしれないが、メシアであるイエスに従う覚悟のある人々を、献身的な奉仕のうちに、一つにまとめます。他の人々と協力すれば、神の国のしるしを実現することは可能だと信じて。私たちがそのような人でありつづけることを願い、また祈ります。結局、『現代人の喜びと希望、悲しみと不安、とりわけ貧しい人々やしいたげられている人々のそれは、イエス・キリストのすべての弟子の喜びと希望、悲しみと不安である』のです」

アジアでの25年
 タイ・バンコクには最初のJRS地域事務所が置かれ、当初からベトナムからのボート・ピープルや、カンボジア・ラオス難民に深く関わってきた。JRSアジア事務所はまさに満25周年を迎えた。あるイエズス会員は、こう振り返っている。
 「一つはっきりしていることは、難民とは危険な人々だということです。あらゆる国の政府が、この史実をはっきりと認識しています。さもなければ、どうして各国政府やマスコミが、難民を望まれない犯罪者、受け入れ国にとっての諸悪の根元として扱っているのでしょう?
 いったん、難民たちがあなたの生活に入り込んできたら、彼らはあなたの人となりを変えてしまいます。私に起きたことが、まさにそうでした。彼らは私たちが深く信じてきた-しかし、多分その大部分は検証されたことのない-さまざまな仮定や思いこみにチャレンジします。難民たちは、ただありのままで存在するだけで、そうした私たちの仮定や思いこみの多くには何の価値もないばかりか、見たこともないほど暴力的であることを気づかせてくれます
カンボジア、地震被災者チャンナレットさん一家
イエズス会サービス・カンボジアでスタッフとして働く

 あなたの人生に一人でも難民を迎え入れて、その人に触れてみて下さい。あなたはもはや、自分に対して恐ろしい暴力をふるうことなしに、以前のように快適な立場から世界とその仕組みを眺めることができなくなるでしょう。
 難民たちは、追放された者、無力な者の視点から世界の歴史を書き換えます。難民は私のような人に、恵まれない人、望まれない人、疎外された人の視点から、自分の生活を改めて作り直させてくれます。
 難民が危険なのは、彼らが回心、変化をもたらすからです。そして、この個人的な変化は、生活のあらゆる面に及びます。多くの人にとって、この変化は非常に心乱されるものです。
 これはもちろん、とても高くつく霊的な回心のプロセスであり、キリスト者が『おん父』と呼ぶ聖なる方の招きへと、自分を従わせるプロセスです。こうした個人的な体験については、他の宗教の方や、無宗教の善意ある方も、それぞれ独自の体験の仕方をするでしょう。この招きは、すべての人を兄弟姉妹、同じ『父』の子とみなし、自分自身を暴力から遠ざけるよう求めています。
 難民は罪の世の現れであり、罪の暴力が私たちを含めた人間に及ぼす悪の現れです。難民は、世界の既存のシステム-政治、経済、軍事、教育、社会、医療など、あらゆるシステム-に組み込まれている、構造的罪の現れです。

多くの善意ある人々、知的で専門技術もあり、意欲に燃えた人々が、持てる才能を用いて、社会の向上のために懸命に取り組んでいるにもかかわらず、難民はあらゆるシステムの中心にある腐敗を現しています。そして何より、難民は、彼らの前にあえて身をさらす人々に、この罪の世に生きるすべての人々(私も含めて)の複雑さ(これもまた、しばしば気づかれてないものです)を現しています。難民は、いまだ解決されていない課題体現しているのです。
 ですから、私の友である難民の皆さん、私は皆さんの信じがたいほどの勇気、生命力、創造性、人間性を讃えて、大きな『ありがとう』を捧げます。皆さんが、恐ろしい扱いを体験してきたにもかかわらず、自らの人間性を保ちつづけていることは、私にとって、神の皆さんに対する限りない愛に満ちた憐れみの神秘を示しており、愛と憐れみを明らかに欠いているこの世界への、一つの挑戦に他なりません。私が皆さんと出会い、皆さんを知り、触れあう機会を与えてくれた、イエズス会の長上とJRSに感謝します。そして何より、私の友だちとなってくれた、友である難民の皆さんに感謝します」

オーストラリアのJRS
 10月15日、JRSの元ワーカーと現役のワーカー90人がシドニーのリバービュー大学に集まり、JRS25周年を祝った。それは、ともに振り返り、旧友とのきずなを確認する日であった。だが、そこには悲しみの色もあった。今現在、世界で5千万人の人々が自国の中で、あるいは国境を越えて、故郷を追われている。Arrupe神父の目標は、インドシナ戦争で故郷を追われた人々に、実際的で押しつけがましくない支援を行う組織を設立することだった。JRS設立の時の難民は1600万人だったが、その数が増えるにつれて、JRSの仕事も増えている。 1990~2000年にJRSの国際事務局のディレクターを務めたMark Raper神父(イエズス会)は、JRSオーストラリアのディナーで講演し、JRSの精神の形成を助けてきた難民やボランティアのことを、想起させた。
Raper師は、JRSの行動哲学、まず難民に同伴することから始まり、この同伴から難民への奉仕と世論喚起を打ち立てていく、その活動スタイルを改めて指摘した。また、もっとも資源の乏しいところ、もっとも大きな必要のあるところで働くというJRSの精神も強調した。

ヨーロッパ:変革のビジョン
 「移民問題を討議し、その解決を探るには、まずこの問題の人間的な側面を理解することから出発しなければならい」。JRSヨーロッパのアシスタント・ディレクター、Michael Schoepf神父(イエズス会)は、10月21日にローマで開かれた「ヨーロッパの移民:ヨーロッパにおける変革の政治的ビジョン」という会議で、こう述べた。この会議はJRS25周年を記念して開かれた。
 会議のメイン・スピーカーであった、欧州委員会の司法・自由・安全分野担当理事、Ms. Angela Martiniは、欧州委員会で採択されたハーグ・プログラムのための3つの優先課題について強調した。すなわち、①移民に関する共通政策の策定、そこには正規の移民すべてに対して法的地位を保障することが含まれる、②不正規移民に対する取り締まり強化、そこにはEU国境の取り締まり強化や移民送出国とEU加盟国との協力強化が含まれる、③安全で寛大な亡命庇護政策。
 Ms. Martiniは、JRS25周年に祝辞を述べた後、彼女が「避難民-難民-開発ネクサス(関連し合うテーマ)」と呼ぶ、一連の問題について述べた。つまり、いまや避難民と難民の区別は困難であり、難民が生まれる原因である貧困問題と闘うために、難民送出国と開発政策について共同で働くことが重要なのである。彼女はまた、避難民と難民を一つのカテゴリーにまとめることの重要性も強調した。そのためには、避難民にも労働を認める政策が必要だ、と述べた。
日本のイエズス会とJRS
 JRSの設立はベトナムのボート・ピープルの問題と密接に結びついており、日本は他の先進国に比べて難民の受け入れに熱心ではなかったが、UNHCRをはじめとする難民支援の国際団体に、非常に多額の支援をしてきた。日本管区に関して言えば、JRSができたばかりの頃に、最初は上智大学のアジア関係研究室(当時)が、後には大学全体が、タイの難民キャンプに避難していたカンボジア難民やベトナム難民の問題に、積極的に関わった。当時、大学の積極的な指導のもと、多くの学生たちが難民キャンプで短期のボランティアをするために、タイを訪れた。このプログラムは短期間で終了したが、多くの学生たちが難民生活の悲惨さを体験することができた。キャンプは難民の人間性や精神性をおとしめた。何千という難民が「難民」認定を受けられず、不法入国者の扱いを受け、時には陸から数十メートルの船のなかで、座ることも横になることもゆるされないまま、国外へと送り返された。難民はもっとも基本的な権利さえ認められない、政治的な「物乞い」のような扱いを受けていた。アジア関係研究室が発行した2冊の本、『ドキュメンタリー ボートピープル 見捨てられた人々』(1978)と『難民-インドシナ難民の叫び』(1980)は、JRS設立のきっかけとなった難民の悲劇的な状況を、生々しく想起させる。
 現在、上智大学の社会正義研究所が、アフリカのJRSと連絡を取り、アフリカの難民に対するいくつかのプログラムを支援している。また、社会正義研究所はたびたび、世界の難民問題に関する国際シンポジウムを開催している。
 東京のイエズス会社会司牧センターは、日本におけるJRSの連絡事務所で、主にバンコクのJRS地域事務所を通じて、東アジアにおけるJRSのさまざまなプログラムに深く関わってきた。また、JRSカンボジア(現在のイエズス会サービス・カンボジア)と協力して、日本における対人地雷廃絶キャンペーンを推進してきた。また、ベトナムやカンボジアで開発支援を行う市民グループにも協力している。さらに、日本国内でも、日本で暮らすインドシナからの難民や流民のために、さまざまな世論喚起のプログラムを行ってきた。現在、日本で働く何十万人もの外国人労働者の状況が非常に厳しくなっている。なかでも緊急の課題は、彼らの司牧的ケアと世論喚起の仕事だ。

(世界各地のJRSの25周年記念行事については、JRSのホームページなどをもとにまとめた。詳しくはhttp://www.jrs.net/reports/を参照。なお、JRSの25年の活動の歴史をまとめた本が、近々刊行される予定)

JRSアジア・パシフィック、野外ミサ
(写真は2点とも “Jesuit Refugee Service: 20 Years of photographs and text 1980-2000”より)