柴田幸範(イエズス会社会司牧センター)
 アフリカについて想像してみる。草原を駆けるライオンやシマウマ。自然と共に生きる人々。にぎやかな民族音楽。悪いイメージではない。一方で、アフリカで働いている人の話を聞くと、内戦や政治の腐敗、貧困、エイズがこの大陸を覆っているのがわかり、イメージと現実との落差にぼう然とする。私はあまりにアフリカを知らない。

 そんな私に、アフリカでもっとも弱い立場にある子どもたちが直面している、想像を絶する現実について教えてくれたのが本書だ。アフリカの社会問題を、詳しいデータと豊富な実例でわかりやすく教えてくれる本書は、近年まれに見るすぐれたルポルタージュだ。拡大版でじっくりご紹介したい。
  病める大陸アフリカ

 アフリカ大陸。「面積は日本の約80倍、欧州と米国がすっぽりと入る大きさである。キリマンジャロ山のような万年雪を頂いた高峰もあれば、世界の砂漠の3割を占めるサハラ砂漠や野生生物の群れるサバンナ(熱帯草原)や熱帯林、大湿原や珊瑚礁の海もある」。一説では「アフリカの部族は800以上、言語は1500にも及ぶと言われる」。まさに「ひとくくりにするには、あまりに広大で多様性に富んでいる。こんなに多様で豊かな大陸が、エイズや貧困、犯罪、戦争に病んでいる。
「2003年にアフリカのエイズ患者は2500万人に達し、世界人口の1割しかいないアフリカが、世界のエイズ患者の三分の二を占めるまでになった…2003年の1年間だけで300万人が新たに感染し、220万人が死亡した…アフリカの成人(15~49歳)の7.5%はエイズであり…なかには成人の4割近くがエイズ感染者という国すらある…1975当時47歳を超えていたアフリカの平均寿命は、2002年には40歳にまで下がった」
 「アフリカの人口の4割は、一日を1ドル以下で生活する極貧層だ…寿命、識字率、所得、就学率など開発の程度を総合指数化した国連の人間開発指数の下位25ヵ国のすべてがアフリカ諸国で占められる」
 「政治腐敗を追及している国際NGO『トランスパレンシー・インターナショナル』(本部ベルリン)の146の国と地域を対象とした『政治透明度ランキング』(2004年版)をみると、ワースト20にアフリカから9ヵ国も入っている…停電が起きれば、送電線や変圧器が持ち去られる。道路や橋梁など援助の建設資材が大量に盗まれ、舗装道路は主婦がアスファルトを引きはがして燃料として持ち去る。冷戦時代に米ソ両陣営が競い合って大量の武器を供与しまくり、いまなお大国が紛争国に高性能の武器を売りつけるので、それが軍からヤミ市場に流れ出して犯罪の手段にはこと欠かない」

 こうした事態を生み出した原因は、欧米各国による植民地化と奴隷貿易、冷戦時代の大国の内戦への介入、そして現在進行中のグローバリズムなど、さまざまに議論できるだろう。だが、そんな議論の余裕もないほど、問題は差し迫っている。
  エイズ孤児
 国連などの2002年の調査によれば、親をエイズで失った15歳未満の孤児は世界で1344万人、そのうち80%以上がアフリカだという。1990年には100万人だから、10倍以上に増えた。2010年には2000万人を超え、子ども全体の6%にのぼるだろうと予測される。
 エイズとエイズ孤児が激増する背景には、セーフ・セックスに対する意識の低さや貧困など、さまざまな原因があるが、エイズ治療薬が値段は下がったとはいえ、依然として高価なことも大きな原因だ。
 エイズ孤児はセックス・ワーカーや少年兵士、子ども奴隷を生み出す温床であり、一刻も早い解決が望まれるが、前途は多難だ。

  性的虐待
 子どもへの性的虐待は、今日、先進国でも大きな問題となっているが、アフリカでは男性優位の文化を背景に、比較にならないほど大規模に子どもへの性的虐待が蔓延しているという。たとえば、学校の教師による女子生徒への性的虐待の実例が、多くの市民団体などによって報告されている。各地で起きる内戦の際にも、多くの子どもたちが強かんされている。さらに、戦火を逃れてたどり着いた難民キャンプでも、兵士はおろか国連機関やNGOの職員まで、援助と引き換えに売春を強要するというショッキングなケースも報告されている。
 もちろん、日常的な売買春やレイプも多い。特に最近は、「処女とセックスすればエイズが治る」という迷信から、レイプが低年齢化が進んでいるという痛ましい状況もある。民間団体や国際機関の働きにより、各国政府も重い腰を上げ始めたが、根本原因である貧困が放置されていては見通しは暗い。
  女性性器切除
 フェミニズム運動の働きで、近年注目されているのが、「女子割礼」(Female Circumcision)あるいは「女性性器切除」(Female Genital Mutilation:FGM)だ。文字通り女性の性器の一部を切り取ったり、結婚まで縫い合わせたりするもので、WHOの推計では、アフリカ29ヵ国で毎年200万人がFGMを受けているとされる。問題は、医師以外の助産婦や呪術師、床屋、鍛冶屋などが施術することで、非衛生なため、感染症にかかったり、失血死するケースさえある。もちろん、性生活にとっても有害だ。
 国際機関や人権団体の運動によって、法による規制も進みつつあるが、伝統文化に対する干渉だとの抵抗も根強い。
  子ども労働と子ども奴隷
 赤道ギニアでは、10~14歳の32%が、学校に通わずに働いている。ニジェール最大の石膏鉱山では、労働者の43%が18歳未満であり、10~13歳が16%、6~9が6.5%にのぼる。他にも、マリやブルキナファソ、ブルンジなどでは、5~14歳の子どもの4~5割が働いている。
 特に多いのは農業で、農園で奴隷として働かされる子どもも少なくない。たとえば、世界のカカオ豆の4割を生産するコートジボアールのカカオ農園では、1万5千人の子ども奴隷が週100時間労働をしているという。そのため、「現代のチョコレートはカカオ豆と牛乳と砂糖、そして子どもたちの汗と血と涙からできている」と言われるほどだ。農業はこんにち、もっとも激しい市場競争にさらされている分野だ。安い労働力で先進国に対抗するしかないアフリカにとって、奴隷労働の需要は尽きない。
  少年(少女)兵士
 ある意味で、もっとも過酷な状況にいるのが、兵士にされた子どもたちだ。洗脳しやすく、死んでも簡単に「取り替え」がきく少年兵士は、世界で80万人と言われている。そのうち30万人が戦闘に参加しており、アフリカでは13ヵ国、10万人が実戦に投入されているという。難民、ストリート・チルドレン、エイズ孤児が数百万人単位でいるアフリカは、少年兵士のなり手にはこと欠かない。
 少年兵士は死の危険にさらされるだけでなく、レイプされたり、殺人を犯したことによって精神的な傷を負い、周囲の偏見もあって、社会復帰も難しい。何より、技術を持たない子どもが職に就くのが難しいアフリカでは、軍隊は魅力的な「就職先」だ。
 世界的に軍事費が削減されるなかで、アフリカの軍事費は1985~2001年に、何と1.5倍になっている。開発に充てられるべき資金が軍事費に回され、子どもたちの未来はますます奪われている。

  私たちは何をなすべきか
 以上、本書の章立てにしたがって紹介してきたが、どの章も「見通しは暗い」という言葉で結ばれている。それを著者は「アフロペシミズム」(アフリカ悲観主義)と呼んでいる。では、私たちはいったい、どうすればよいのだろうか?

 ジャーナリストや国連職員として環境問題を追い続けるなかでアフリカと出会い、2年間ザンビア大使も務めた著者は、アフリカの援助依存体質と特権階級の腐敗に「脳みそが沸騰」するほど怒る一方、きれいごとの援助しかしてこなかった援助国の責任も指摘する。援助で「何をすべきか」よりも、「何をすべきでないか」をこそ考えるべきだという。その上で、本書で描いたような危機にある子どもたちの救済こそ、最優先の課題だと訴える。

 巻末には、インターネットの関連サイト、市民団体のリスト、参考文献リスト、アフリカ各国事情の紹介もある。本稿では紹介できなかったが、豊富で分かりやすい実例が数多く紹介されており、高校生くらいなら十分に読みこなせると思う。学習資料としても非常に役立つだろう。