<書評> 「100歳の美しい脳」
アルツハイマー病解明に手を差し伸べた修道女たち
デイヴィッド・スノウドン著、DHC、2004年6月24日、1600円+税

柴田 幸範(イエズス会社会司牧センター)


 長生きはしたい。だが、「ぼけ」たくはない-そう思う人は少なくないだろう。当センターの所長も、今年でめでたく70歳。これで、イエズス会日本管区のほぼ平均年齢(!)というのだから、おどろく。高齢化は先進国共通の課題だが、修道会にとっては特に深刻なようだ。
 そんな高齢化するアメリカのシスターたちを対象に、アルツハイマー病の研究をおこなったのが、著者のデイヴィッド・スノウドンだ。1986年からアメリカのノートルダム教育修道女会のシスター、678人が参加して、現在も続けられるこの「ナン・スタディ」について、本書は報告している。


 「ナン・スタディ」は、75歳以上のシスターを対象に、生活歴を保管し、定期的に精神検査をおこない、死亡時には解剖して脳の状態を調べるものだ。これにより、生活環境と老齢期の健康状態、とりわけアルツハイマー病の発症との関係を調べている。
 ノートルダム教育修道女会のシスターたちが対象に選ばれたのには、いくつか理由がある。第一に、同じ修道院で暮らして、生活環境が同じであるため、比較検査しやすいこと。第二に、教育を仕事としているため高齢者が多いこと(一般的に学歴が高いほど長生きするそうだ)。第三に、これが一番の理由なのだが、ノートルダム教育修道女会は、各シスターに入会前の生活歴を自筆で提出させ、入会後も本人に関する詳細な記録を保管している。つまり、一人のシスターの一生に関する記録が、ほぼ完全な形で手にはいるわけだ。このことは老化をめぐる調査にとって、金の鉱脈だった。


 調査は今も続いており、アルツハイマー病に関する画期的な新発見は、まだなされていない。だが、いくつかのことが分かってきた。なかでも一番の発見は、老齢期に脳が健康かどうかは、若いときの過ごし方、とりわけ言語生活と密接に関わっているらしいということだ。
 研究の対象となったシスターたちは、入会後の生活環境や教育レベルに大きな違いはない。だから、逆に若い頃の生活環境を見ていけば、老齢期の精神活動との関係がはっきりする。その結果、どうやら「若い頃に肯定的な感情表現にあふれた、複雑な文章を書いていた人ほど、老齢期の脳が健康である」らしいことがわかった。簡単に言えば、「子ども時代に明るい文学少年・少女だった人は、アルツハイマーになりにくい」ということだ(だが、重ねて断っておくが、これはアルツハイマーにならないための特効薬ではない。著者は長生きと健康の秘訣を安売りする商売人ではないのだ)。
 著者は15年以上にわたって678人のシスターたちの半生記を読み、その老いと向き合い、6割のシスターの死を見送ってきた。そのなかで著者が体験した修道院のコミュニティは献身的で、温かかった。ある意味でほんとうの家庭より家庭的だった。そこで老いていくシスターたちは、最後まで元気な人も、心身に病を抱えた人も、同じように尊厳に満ちて、輝いていた。この修道会での暮らしのなかに、健やかな老いの教訓がつまっているらしいと、著者は気づくのだ。


 本書には確かに、アルツハイマーをめぐる最新の知見がたっぷりつまっている。だが、それ以上に、老いを迎えることの意味、老いた人とともに生きることの意味を考えさせてくれる本だ。
(原著はDavid Snowdon Ph. D, AGING WITH GRACE, 2001)