ASEM市民フォーラム・イン・ハノイ
 
安藤 勇(イエズス会社会司牧センター・東京)
 私は去る9月にホーチミン市で、ベトナム人のジャーナリスト、Vさんに会った。Vさんは、十数年前に仕事替えして、ストリート・チルドレンやHIV/AIDS患者のために働いている。彼はちょうど、私のベトナム滞在中に、ハノイで開かれていた国際会議(ASEM市民フォーラム)に出席していて、つい最近、その会議に関する文章を当センターに送ってくれた。彼は、自らが主催するNGOの代表として、オブザーバー資格を与えられて参加したのだが、ベトナムの政治権力の中心地であるハノイで、ベトナムの人権状況や一党独裁政治体制について、国際社会が公式に非難するのをはじめて目の当たりにして、驚いていた。

 ASEM(アジア・ヨーロッパ会合)はEU加盟15カ国とヨーロッパ委員会、アジア10カ国(ブルネイ、中国、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)が集まり、対話と協力を模索する非公式なプロセスだ。ASEMは政治・経済・文化に関する諸問題について対話し、相互の尊重と対等なパートナーシップの精神で、アジアとヨーロッパの関係強化をめざしている。第1回首脳会合は1996年3月、タイのバンコクで開かれ、それ以来、2年に1回の首脳級会合、首脳会合がない年に行われる閣僚級会合(ただし、今では毎年行われている)、さらに実務者レベルでのさまざまな会合や活動が続けられている。
 1996年の初会合以来、アジア・ヨーロッパ間の新たなパートナーシップの創造が提案され、両地域間の関係強化を目指して、政治対話の促進、経済協力の強化、その他の分野(社会・文化・学術)での協力促進が進められている。
 ASEM首脳会合はその後、ロンドン(1998年)、ソウル(2000年)、コペンハーゲン(2002年)と開かれ、今年2004年10月にはハノイで開かれた。こうした首脳会合と並行して、一連の閣僚級会合や実務会合、その他のさまざまな活動によって、ASEMプロセスは着々と進んでいる。
 こうしたオフィシャルなプロセスの他にも、アジアとヨーロッパの市民運動の代表が集まって、ASEM首脳会合に先立って、「もう一つのASEM」ともいうべき市民フォーラムを開催している。
 この非公式な対話と協力のプロセスにおいて、ASEMの活動は三つの領域に分けられる。政治、経済、文化/学問だ。
 この三つの領域において、さまざまな活動が優先的に取り上げられてきた。たとえば、
政治分野では、人権、子どもの保護、グローバリゼーションの影響などに関する議論
経済・金融分野では、貿易・投資障壁の撤廃や、金融・社会政策の改革に向けた協力
文化・学問分野では、両地域間の広汎な交流と対話の促進、および文化遺産の保護における協力などだ。

 ASEM市民フォーラムは2004年9月第2週、ハノイで開催され、ASEMのメンバー各国の市民が共通の関心をいだく諸問題について検討した。多くの参加者は、主にベトナム以外の国の市民団体に所属する人々で、ジャーナリストも100人以上集まった。フォーラムの主な目的は、市民間の相互理解と共同行動を促進し、平和や平等で持続可能な発展、民主主義、社会正義をめざすアジア-ヨーロッパ間の協力のプロセスに具体的に貢献することであった。
 フォーラムは、ハノイで2004年10月7~9日に開催されたASEM会議の1ヶ月前に行われた。
 そのテーマは「アジア・ヨーロッパにおける人間の安全保障のための市民行動」だった。以下に、その主なテーマを紹介する。

紛争と下からの解決:武力紛争を解決するために、異なる民族・宗教集団がいかに協力できるか?
テロリズム・反テロリズムと市民の応答
ヨーロッパとアジアにおける文明間・文化間・宗教間の対話
アジアとヨーロッパにおける平和運動の進むべき道
大量破壊兵器のアジアとヨーロッパにおける意味
軍事国家の台頭に対する市民の応答

国家主権と市民の安全に対する新たな挑戦
移民問題
貿易自由化と労働市場の再編
農業の保護主義政策:アジアとヨーロッパにおける農家や小作農への影響
アジアとヨーロッパにおける水資源の民営化の影響と市民の応答
貧困緩和、債務と対等な発展、PRSP(貧困削減戦略文書)とADB(アジア開発銀行)の役割
企業の社会的責任
ASEMの社会的責任を、その社会憲章も含めて、いっそう明確にすること
万人のための保健衛生と教育
移民問題の解決:労働組合と移民組織が直面する新たな組織化の課題
アジアとヨーロッパの自答者労働者の国境を越えた連帯の構築
水資源の民営化に対する代替案
インフォーマル経済における女性労働者
経済成長と環境の持続可能性
民主化、よい統治、地方自治と市民の政治参加
女性のエンパワメントが直面する課題
民主化と地域統合
メディアと民主主義
新たな政治:民主主義、市民運動と政党
市民運動と市民社会(NGO)の役割、両者の関係、両者と政府との関係
弱い立場の人々のエンパワメントにおける、サービスの分配から市民的権利への移行
民主化と法治主義の確立:アジアとヨーロッパの体験から
人権:包括的アプローチ

発展するベトナム<HCM CITY>

ベトナム人参加者としての感想
 今回のフォーラムは、アジアとヨーロッパで予想外の関心を呼んだ。参加登録者の数(約800人)は、フォーラムの国際組織委員会の見込みを大きく上まわった。さらに、フォーラムに取材を申し込んだジャーナリストの数も100名を超えた。外国からの参加者も多かった。
 PTVさんによれば、今回のフォーラムは、共産主義国家であり、人権や民主主義に関わるニュースが何かと多いベトナムという国に、外国人が触れる貴重な機会だった。

多くの参加者が、この国で何が起こっているのか、熱心に見ようとしていた。ベトナム政府もこの機会に、自らの善隣友好政策を宣伝しようと望んでいた。そこで、政府関係者は、細心の注意ときわめてすぐれたコントロール能力とを持って、フォーラムに参加した。
 ベトナムからの参加者の大部分は、中央や地方のPACCOM(人民援助調整委員会)や友愛連合など政府の市民団体統轄機関や、宗教界の代表であった(ベトナム政府は、自らが宗教の自由を保障しているとアピールしたかったのだ)。ごくわずかだったが、ホーチミン市の市民社会団体のメンバーも参加した(PTVさんもその1人)。ハノイにもたくさんの地元NGOがあったが、それらの団体からの参加者はほとんどいなかった。
 フォーラムで取り上げられたテーマは広汎で、膨大だった。その中でも、ベトナム側は今回、ダイオキシン汚染の問題を議題に盛り込もうと、真剣に努力していた。というのも、ちょうどその頃、ベトナム戦争におけるダイオキシン汚染をめぐって、ベトナム政府がアメリカの化学会社を裁判で訴えるというニュースがあったからだ。
 とはいえ、PTVさんにとって一番興味深かったのは、「民主化と市民の権利」というテーマだった。フォーラムの間中、ベトナムの現状について、たとえば「一党独裁」問題とか、ベトナムがWTO(世界貿易機関)に参加したがる理由、といった問題について、多くの質問や発言があった。だが、どの発言も深追いすることはなく、老練な女性議員、トン・ヌー・ティ・ニンがそれらの質問に賢明に答えて終わった。
 多くの外国人参加者は、ベトナムがかつて、米国に戦争で勝ったことを賞賛して、ベトナムという国に対して大きな尊敬を払っていた。
 フォーラムの基調は、グローバリゼーションとWTO体制に対する異議申し立てだった。
 全般に、ベトナム人参加者は、幾人かの基調講演者をのぞいて、言葉の壁、あるいは新しい問題に対する認識不足から、ほとんど意見を言うことができなかった。

 今回のフォーラムは、参加者-特にベトナム政府関係者にとって、海外の市民団体や、会議で取り上げられたさまざまな問題について、見識を深める貴重な機会だった。

 ベトナム人ジャーナリストは、フォーラムの最後に開かれた公式の記者会見に参加を許されなかった。フォーラムは閉会に当たって、ベトナム政府外務大臣宛に公式サマリーを提出し、10月にハノイで開かれるASEM首脳会議に提示するよう求めた。


バイク・ラッシュ<HCM CITY>