-この1冊でイスラームのすべてが見える-
(ポール・ランディ著/小杉泰監訳、ネコ・パブリッシング、2004年7月15日、1800円+税)


柴田 幸範(イエズス会社会司牧センター・東京)

 最初に、イスラーム(イスラム)教についてのクイズを。○か×でお答えください(答えは文末にあります)。

イスラーム(ムスリム)とは「神への従順」という意味である。
ムハンマドは何度も結婚している。
アラビア語の聖典クルアーン(コーラン)は神聖な神の言葉だが、翻訳はそうではない。
イスラームに聖職者はいない。
ムスリム共同体であるウンマからは、いかなるムスリムも排除されない。
 今号の「京浜便り」には、イスラーム国で宣教する難しさが記されています。確かに、私たちにとってイスラームは未知の異文化です。118号のトーマス・ミシェル師の記事では、私たちがイスラームに対して持つイメージがどれほど偏っているか、間違っているかが、強調されています。私たちにまず必要なのは、イスラームについて知ることです。
 今回、紹介する『イスラーム-この1冊でイスラームのすべてが見える-』は、イスラームの教義や歴史に関する正確な知識と、数多くの美しい図版、そしてイスラームが国民の過半数を占める国々の詳細なデータによって、文字通り「イスラームのすべて」を見せてくれます。
 著者のポール・ランディは米国・カリフォルニア生まれでサウジアラビア育ち。アラビア語とアラブ史を学んで、アラブ諸国で長く働いた後、イスラーム文明史などの著作をあらわしています。本書では、「イスラーム世界の眺望」「イスラームの信仰」「イスラーム世界の歴史」「イスラームの美術と科学」「現代と伝統」「イスラーム諸国データ」「年表」と、さまざまな角度からイスラームの歴史と現在、文化と政治を解き明かしています。
 そもそも、イスラーム人口は12億人と、世界の1/5を占め、イスラームが過半数を占める国は44ヶ国。イスラーム圏は東南アジアから中央アジア、中東、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカにまで広がり、イスラム国がないのは北米大陸だけです。さらに、歴史的に見ても、中世におけるイスラームの科学・芸術・建築の先進性は、疑う余地がありませんでした。
こんにち、テロとの関連で、イスラームに対するイメージは極端に悪化し、「自爆テロを奨励する野蛮な人々」と見られているようですが、世界の20%が信じるイスラームが、世界の30%が信じるキリスト教に比べて、それほど劣っていると考えるのは、常識的にも不自然でしょう。
 美しい図版に目を奪われているうちに、いつの間にか私はイスラーム世界を旅していました。そして、そこには独自の歴史と文化があり、脈々と受け継がれてきた信仰生活がある-という、きわめて当たり前のことを、何の違和感もなく受け入れることができました。
 イスラームの中には、石油を産出する豊かなアラブ諸国もあれば、貧困と内戦にあえぐアフリカ諸国もあります。豊かな自然と人口に恵まれたインドネシアやフィリピンなどのアジア諸国もあれば、過酷な砂漠と希少な人口の中央アジア・中東諸国もあります。イランやアフガニスタンのような原理主義が強い国もあれば、トルコのような世俗政権の国もあります。
 イスラーム世界の豊かさ、多様さに触れるところから、宗教間の相互理解は始まるのだ、と実感させられた本でした。
<クイズの答え>
 
① ○。
② ○。 最初の妻は貿易商の未亡人。その後も、「同盟のための政略結婚、未亡人の救済のための結婚、愛ゆえの結婚」を繰り返した。
③ ○。 ムハンマドへの啓示はアラビア語でくだされ、それを完全に翻訳するのは不可能とされている。だからクルアーンはアラビア語で唱えなければならない。
④ ○。 教団組織も秘跡もない。クルアーンなどを解釈する教師・法学者はいる。
⑤ ○。 「正統」「異端」という考え方もない。