柴田 幸範(イエズス会社会司牧センター)   


 昨年1月、カトリック麹町教会で死刑について講演した米国のシスター・ヘレン・プレジャン(映画『デッドマン・ウォーキング』の原作者)が、去る5月16日に再来日しました。来日の目的は二つあります。一つは生前に親交のあった生命山シュバイツァー寺の故・古川泰龍師が40年前から進めてきた、福岡事件の再審請求運動を支援すること。もう一つは、死刑廃止に向けて日本の世論を盛り上げることです。
 今回のキャンペーンは生命山シュバイツァー寺とアムネスティ・インターナショナル日本を中心に、当センターも参加して企画されました。12日間で熊本・福岡・山口・広島・岡山・加古川・名古屋・札幌・東京の9都市をまわり、のべ2千人に語りかけました。5月28日には東京で、欧州評議会と日本の「死刑廃止を推進する議員連盟」が共催した死刑廃止セミナーでもスピーチしたり、マスコミの取材を受けるなど精力的に日程をこなして、シスター・プレジャンは5月30日に帰国しました。


 古川泰龍(たいりゅう)師は、真言宗の住職として福岡刑務所で死刑囚の教誨(きょうかい)師を務めていたときに、福岡事件の死刑囚二人と会い、無実を確信して、1961年から再審請求運動を始めました。事件は47年、福岡市内で二人の闇ブローカーが殺されたものです。主犯とされた二人は無実を主張していましたが、死刑が宣告されました。その後、75年に一人が恩赦で無期懲役に減刑、もう一人が死刑を執行されました。減刑された一人は今なお、老人ホームで健在です。泰龍師は処刑された一人も含めて、二人の再審を求め続けてきました。
 泰龍師は運動の最中の69年、「神戸シュバイツァーの会」会長をつとめる支援者から故シュバイツァー博士の遺髪を贈られたのを機会に、73年、生命山シュバイツァー寺を開山しました。以後、広く人権・平和運動に取り組む一方、諸宗教の交流にも力を入れてきました。98年にはルーマニアで開かれた世界宗教者平和会議でシスター・プレジャンと会い、死刑廃止と生命尊重で深く一致し、日本での再会を誓いました。
一昨年、泰龍師が亡くなると、シスター・プレジャンは昨年1月に開かれた泰龍師をしのぶ会に出席しました。その際にシスター・プレジャンが自ら提案したのが、今回のキャンペーンでした。泰龍師の死亡で一時は途方に暮れていた泰龍師のご家族も、今回のキャンペーンを機に、再審請求への決意を新たにしています。


 今、日本の死刑制度を取りまく環境は大きく動いています。シスター・ヘレンが講演した欧州評議会と死刑廃止推進議員連盟の死刑廃止セミナーは、その一つです。つまり、欧州評議会の参加資格の一つが死刑廃止であり、オブザーバーとして参加していながら死刑を廃止していない日米両国に対して、圧力をかけるねらいで行われたのが今回のセミナーだったのです。
 他方、東京での集会にゲスト参加した韓国カトリック正義と平和委員会の神父が報告していたように、韓国では国会議員の過半数が死刑廃止に賛成し、カトリック教会を中心とした市民運動の活躍もあって、死刑廃止法案が国会に上程されています。また、台湾では、政府が2004年をめどに死刑廃止を宣言しています。
 こうした流れを受けて、東京集会に参加した土井たか子さんが報告したように、日本の議員連盟も取り組みを強め、今年秋にも死刑廃止法案を議員立法で提案する見込みです。長年、堅く閉ざされてきた「死刑廃止」への扉が、ようやく開こうとしています。
 とはいえ、日本の世論は依然、死刑廃止に対して厳しい態度をとっています。昨年来、シスター・プレジャンが語り、今回のキャンペーンでも各地の集会講演者が指摘したように、いたずらに復讐と憎しみをあおるのでなく、被害者やその遺族と死刑囚やその家族との、真の癒しと和解を求めて、これからも運動を続けなくてはなりません。そのための大きな勇気をもらった今回のキャンペーンでした。(柴田幸範)