エイズ・ワクチンと発展途上国
J. マシア(上智大学教授)
 最初に二つの事実を指摘しておくべきだろう。世界中のHIV感染者のうち、治療を受けられるのは10パーセントにすぎない。発展途上国のHIV感染者を被験者に、治療法の試験や研究がおこなわれているが、そうした試験や研究の結果、確立された治療法が発展途上国の人々にも利用できるようになることは、まずない。
 昨年中、エイズ・ワクチンの値段の高さや利用のしにくさをめぐって、さまざまな議論がなされた。残念なことに、先進国の製薬会社の利益追求が、世界のHIV感染者の90パーセント以上があらたな治療法を利用するのを妨げる障害となっている。この事実はまさに、このシリーズのメイン・テーマである「生命の商品化」という風潮の好例といえよう。

 エイズの最初の症例は1981年に報告されている。1983年には、エイズを引き起こすウィルス(HIV)が発見された。1985年には、エイズを治療するための抗体試験が認可された。1987年には、最初のHIV治療法が認可された(AZTという名前で知られている)。
 エイズの治療法は最近、進歩している。米国では現在、14種のエイズ治療薬が認可されている。これらの治療薬を用いた場合、死亡率は45パーセント低下する。だが、こうした高価な治療薬は、世界の感染者の90パーセント以上の人々にとっては利用不可能だ(薬の値段が年間15,000ドル以上、さらに病院での治療費と研究所によるモニタリングの費用がかかる)。実際、HIVの治療法を利用できるのは、世界の感染者の10パーセントにすぎない。


 HIVワクチンの開発と分配の鍵となるのは、人権の尊重だ。
 貧しい暮らしをしている人々を被験者にしてワクチンの研究をおこなっておきながら、その研究の成果(つまり、ワクチン)をそれらの人々が利用できるように、供給計画や財政措置を講じないのは、果たして倫理的といえるだろうか?
  研究の成果は、その研究に参加した貧しい人々の国で利用できなければならない。だが、現状では、せっかく効果のあるワクチンが開発されても、それが発展途上国で広範に買われ、配られ、服用されるような計画は、実行されていない。
 発展途上国におけるワクチン研究は、先進国と発展途上国のパートナーシップに基づいて行われなければならず、有効なワクチンの利用可能性など、多くの倫理問題を検討するにあたって、途上国が強い発言権を持たなければならない。


 もし、世界が迅速な対応をとらなければ、エイズ・ワクチンが世界中で利用されるようにはならないだろう。B型肝炎ワクチンの例でも分かるように、先進国で認可されたワクチンが最初に発展途上国に持ち込まれるまでに、平均で20年かかる。こうした生命にかかわる製品の利用が遅れるのは、そうした製品を購入できるシステムや資金が不足していること、適切な価格設定や供給のシステムがないこと、製造能力の不足、行き過ぎた規制などの問題による。
 2001年6月にニューヨークで開かれた、国連のHIV/AIDSに関する特別総会で、エイズ・ワクチンのための世界行動宣言が発表された。同宣言は世界中の指導者に対して、安全で効果的で利用しやすいエイズ予防ワクチンの開発を実現するために、具体的な行動をとることを求めており、また各国政府に対して、貧しい国々にエイズ・ワクチンを供給できるよう、必要な資源を用意することを求めている。さらに同宣言は、エイズを撲滅するために、あらゆる国の政府が、経済界や国際機関、非政府組織と協力するよう促している。