反テロリズム条約と国際的な人権の危機
安藤 勇(イエズス会社会司牧センター)  
 今年9月11日に起きた米国に対する同時多発テロと、それに続く米国によるアフガニスタンへの軍事攻撃は、あたかも、世界には国際テロ以外に深刻な問題が存在しないかのような小休止状態を、国際社会にもたらしている。
 去る11月21日、国連は国際テロリズムに反対する条約の草案を完成させる決議を採択したが、この条約は国際的な人権保護に深刻な影響を及ぼしかねない。
 国連総会第6委員会で採択された決議の結果、国際テロリズムに関する包括的会議をめぐる交渉が、来年1月末から再開されることになった。国際的な人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは現在、起草されている反テロリズム条約は部分的に、難民保護や表現の自由、戦時法を侵害すると警告している。「各国政府はテロリストに対して
 早急な対策をとるにあたって、人権を踏みにじることのないよう注意しなければならない」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの国際司法プログラム責任者、リチャード・ディッカーは述べている。「この新条約のどこが悪いのか、見直す時間はある」
 ディッカーが述べているように、国際難民法はすでに、テロ行為や他の重大犯罪を犯した人物が難民として保護を受けられないように定めており、新条約がこれ以上厳しい制限をつければ、無実の難民や避難民が保護を受けられなくなる事態も起こりうる。
 条約草案はまた、特定の政治目的を支援するジャーナリストを潜在的なテロリストとして扱うことによって、表現の自由を大幅に制限しかねないものとなっている。最後に条約草案は、国際人道法が禁止していない、国内での武装紛争で行われた行為を犯罪と定めることによって、戦時法の敷居を低くする恐れがある。

 この条約の交渉はもう数年にわたって行われてきたが、9月11日のテロ攻撃によって、条約草案の完成への圧力が高まった。だが、交渉は10月26日からはじまった2週間の会期末までストップした。その理由の大部分は、「外国の占領」と闘う個人をテロリストの範囲から除外しようという試みによる。
 9月28日に国連安保理事会が決議1373号を採択し、10月初めに国連総会がテロリズムに関する予備討論を行った後、コフィ・アナン国連事務総長は、対立する両陣営に一致をもたらそうと努力した。事務総長は11月初めに主要国大使と幾度か会合をもった。11月中旬に行われた一般討論の期間中、外務相レベルの会談が続けられたが、合意には至らなかった(11月21日づけのJRS/イエズス会難民サービスのeメールによる)。

 11月12日、国際カトリック移住委員会の創立50周年の祝賀の席で、教皇ヨハネ・パウロ2世はこう述べている。「わたくしは、皆様方がご自身の使命についていっそう深く自覚してくださるよう、招きたいと思います。それは困窮しているすべての兄弟姉妹の内にキリストを見出すこと、すべての移民、すべての避難民、すべての難民の尊厳を宣言し、擁護することです」。教皇はさらに、こう述べた。「こうして、彼らに与えられる支援は、わたくしたちの善意からの施しではなく、彼らが当然受けるべき正義に基づく行為なのです」
 教皇はこうも述べている。「こうした考えは深く宗教的なビジョンであり、キリスト教のみならず、世界中の他の偉大な宗教の、多くの信者に共有されるべきものです」。教皇は、「以前よりもいっそう必要となってきた、キリスト教諸派や他の宗教との新たな協力の仕方を探る」よう、カトリック移住委員会に勧めている。
 アナン国連事務総長は、世界エイズデーに先駆けて、11月30日のワシントン・ポスト紙にこう書いている。「毎日、8千人以上がエイズで亡くなっている。1時間に640人近くが感染している。1分間に1人の子どもがエイズ・ウィルスのために亡くなっている。9月11日の後も、生と死は続いているのだから、わたしたちもHIV/AIDS感染症と闘い続けなければならない。2ヶ月前のテロ攻撃の以前には、このエイズとの闘いにおいて大いなる前進がなされていた。今、その勢いを失うことは、悲劇をさらに重ねてしまうことだ」
 「今年6月…国連は特別会期を開いた。…この会期で採択された力強い行動宣言は、HIV/AIDSに対する我々の対応を、もっとも優先度の高い世界経済・社会・開発分野のチャレンジとして、根本的に転換するよう求めている。この宣言は、ミレニアム宣言で世界中の指導者が行った、『2015年までにエイズの拡大を止め、縮小させよう』という誓約を再確認した」
 「9月11日以降、わたしたちの誰もが、子どもたちにどんな世界を残したいのかということについて、より深く考えるようになった。その世界とは、わたしたちが9月10日に願っていた世界と同じだ-つまり、1分ごとに1人の子どもがエイズで死ぬことのないような世界だ」
 「世界エイズデーにあたり、アジアや他の発展途上国でエイズ・ウィルスと共に生きる人々に関心と注意を寄せてほしい。彼らは西欧の人々が使っている余命を延ばすことのできる薬を、医療費を支払えないばかりに使うことができないでいる。これらの発展途上国は、巨大製薬会社の特許権を保護する貿易関連知的所有権(TRIPs)のせいで、それらの薬の安価な複製品を生産することを禁止されている。(エイズ治療に)不可欠な薬を必要とするすべての人が使えるようにするための努力を、そして、商業的利益を守る前に人々の健康を守るための努力を、どうか支え続けてほしい」
 もう一つ触れておきたいのは、米国の議員グループが11月末から、ブッシュ政権の地雷政策見直しの方針を変えるよう求める大統領宛の要請文を回覧して、署名を集めていることだ。
 「われわれは、国防総省が最近、現在の地雷政策を下記のように変更するよう勧告している、との報告を受けている。
2006年までに、合衆国が地雷禁止条約を承認する計画の放棄
2003年までに、合衆国の武器庫から『ばかな』地雷*を撤廃する計画の中止
対人地雷にかわる武器の開発計画の停止
対人地雷(スマート地雷であれ、『ばかな』地雷であれ)は、朝鮮半島でも他のどこにおいても、特に特殊作戦において、限りなく必要とされているとの主張
これらの不穏当な勧告は、大統領自身が言明されている、無垢な市民を保護し、合衆国軍自身をも保護するコミットメントを踏み外している。ご存じのように、テロリズムに対する戦争におけるわれわれの主要同盟国も含めて、世界の近代的な軍隊の大部分は、対人地雷の使用を止めている。なぜなら、この武器は非武装の男女や子どもたちに、無差別でひどすぎる被害を与えるからだ」
 *「ばかな」地雷とスマート地雷/精巧なセンサーや電子回路で対象を識別するのがスマート(賢い)地雷、そうでない旧式の地雷が「ばかな」(dumb)地雷





 「1942年以降、地雷は10万人の合衆国兵士を負傷させてきたが、その1/3はベトナム戦争と湾岸戦争での負傷者である。2001年5月19日、前・在韓合衆国軍司令官のジェームズ・F.ホリングスワース中将を含む退役軍人指導者9人が、地雷禁止条約への支持を表明した。彼らはその中で、合衆国軍武器庫から対人地雷を撤廃することは、合衆国軍の戦闘における機動性と有効性を高め、合衆国兵士を保護する、と述べている。戦術やドクトリンの変化、すでに実用化されている他のセンサー/武器システムによる代替で、朝鮮半島や他の地域の対人地雷の必要性を十分補いうることは明白だ。
 アフガニスタンはおそらく、われわれの武器庫からこの武器を撤廃すべき最善の理由を示している。この国には800万~1千万個の地雷が埋設されていると推定される。『ランドマイン(地雷)モニター2001』の報告では、テキサス州ほどの国土のアフガニスタンで、2000年には毎月88人が地雷で障害者になったり亡くなったりしていると推計される。アフガニスタンで行われている地雷撤去作業-その一部は合衆国が資金を提供している-は5千人近くの労働者を雇い、毎年何百万ドルもの費用がかかっている。そして今、合衆国や同盟国の部隊もまたアフガニスタンで、この地面の下に潜む武器によって生命や手足を失う深刻な危険にさらされている。われわれは、大統領閣下が北部同盟に対して、地雷の使用を止め、備蓄している地雷を破壊するように主張されるよう勧告する。
 もっとも重要なことだが、われわれは大統領閣下が国務省と国家安全保障会議に対して、地雷という時代遅れで無差別な武器を合衆国の武器庫から撤廃する必要性を反映させる方向で、地雷政策の見直しを再検討するよう指示されることを勧告する。それが、合衆国がこの重要な国際問題において指導性を回復する唯一の道だからである。」

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(本稿の執筆にあたっては、JRS/イエズス会難民サービスのeメール・ネットワークが2001年11月に配信した情報を、全面的に参考にしました/安藤 勇)