なにわだより⑤ 歴史教科書問題
阿部 慶太(フランシスコ会)

  連日、ニューヨークの貿易センタービル、ペンタゴン等への航空機爆破テロのニュースで、風化した感のある歴史教科書問題ですが、この夏、全国各地で「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書(扶桑社発行)採択をめぐる熱い攻防があり、関西でも様々な動きがありました。
 特に動きが活発化したのは、栃木県で採択の動きが見られた7月から8月15日までの期間で、この時期には多くのキリスト教関係のグループ、NGOや市民団体、そして、中学・高校生の保護者達が教科書採択反対の動きに参加しました。
 まず、7月15日、大阪市城東区のYMCAで「教科書採択に関する集会」が行われ、堺市の公立中学の教諭を報告者に、新しい歴史教科書の問題点、各都道府県の動きについての解説、反対運動参加への各団体からの協力要請などが紹介されました。この集会後、大阪市内の民族教育や文化活動の団体、日本最大の在日韓国朝鮮人の居住地域、大阪生野区の区民グループなどで集約された反対署名や抗議文などが、各都道府県の教育委員会宛に送られました。
 月が替わり、8月2日から6日まで、大阪市立中央青年センター、大阪城公園ほかで、「日本・韓国ユースフォーラム」が開催され、歴史教科書問題についての全体討論会やフィールドワーク、さらに、歴史教科書問題早期解決を訴えるデモ行進や関西の各府県の教育委員会に声明文を送るなど、日韓の青年達による歴史についての活発な議論やパフォーマンス、交流が行われました。
 今回、反対運動やフォーラムに参加した人々の反応として、ある民族文化教室の滞日韓国人講師は「在日韓国人ばかりでなく、日本人が多く反対運動に関わっていたのに驚きました。これだけでも、日本へのイメージが変わりましたし、反対するのに確信も持てました」とコメントし、ある在日韓国人の学生は「日本人と韓国人の歴史理解の違いを直に話し合い、互いに本音で話す機会を持つのが大事だと痛感しました」と感想を述べました。
 次に、教科書問題は、在日社会にも大きな波紋を投げかけました。在日韓国人のための情報源である韓国民団の機関誌「民団新聞」の印刷は、扶桑社に100%の出資を行った産経新聞社の系列会社、サンケイ印刷所でこの夏まで行われていましたが、歴史教科書問題が深刻化したことから、韓国からの財政支援を受けている民団新聞は、印刷所の変更を急きょ行うことを決定し、8月一杯で同印刷所の契約を打ち切る、という一種の抗議ともいえる対応を行いました。
 8月15日まで、東京都で養護学校での採択が決定される、という人権教育やハンデキャップを持つ生徒の教育の点からも波紋を呼ぶニュースがありましたが、その他の道府県ではこの教科書が採択されることはなく、反対運動の成果が完全ではないにしても効果をもたらした結果となりました。
 8月15日以降の動きとしては、将来への正しい歴史を次の世代に伝えるため、「平和に向かって行動する沖縄在日・日本キリスト教青年の会」(略称:平和会)が、8月21~24日迄、沖縄県人の多い大阪市大正区と在日韓国朝鮮人の多く居住する生野区で小学生も参加しフィールドワークなどを中心とした歴史勉強会などが行われました。
 このように、採択反対運動から、侵略行為を否定するような歪曲した歴史ではなく、正しい歴史を語り継ぐ活動まで、約1ケ月半の問に様々な動きがありましたが、今回の反対運動に参加した各団体では、次回の採択阻止や長期で正しい歴史を伝える活動等の準備を進めており、歴史教科書問題をめぐる動きは、また新たに始まったばかりといえます。
【編集後記】

▲ベトナムに3週間も滞在して日本に帰ってくると、しばらくの間、違和感をぬぐえません。同じ時代に生きていながら、生まれた場所が違うだけで、この生活水準の違いは何だろうかと。

▲米国でのテロ事件の被害者には、心からお悔やみします。ただ、ついつい思ってしまうのは、同じ死者でありながら、パレスチナの住民は、アタガニスタンの難民は、なぜ世界中からこれほどまでに追悼されないのか、ということです。いのちの価値を決めるのは誰なのでしょうか?
(柴田幸範)