日本に来て2週間経ち、日本人の皆さんの思いやりに心打たれています。電話をかけていてもお辞儀をする、優しくて心優しい国民が死刑を存置させていることが理解できません。私はこれまですばらしい旅をしてきました。今宵は、このすばらしい旅に皆さんをご招待したいと思います。

死刑囚との出会い
 私はあるとき、イエスの福音が私に、貧しく、苦難と闘っている人たちと一緒に暮らし、働くよう呼びかけておられると気づきました。そこで、アフリカ系アメリカ人居住区に移り住みました。その近くにプリズン・コアリション・オフィス(囚人と連絡する事務所)があって、友人が「囚人たちの文通相手にならないかか」と誘ってきました。この1982年当時、ルイジアナ州では1960年以降、一人も死刑を執行されていなかったので、私は手紙を書くだけならと文通をはじめました。オフィスで受け持ちの死刑囚、パトリック・ソニアの名前と囚人番号、住所を渡されたときも、これからどんなことが起きるのか想像もしませんでした。
 手紙を書くとすぐに返事が来ました。「自分の母親でさえ会いに来ないのに、よく手紙を書いてくれた」と喜んでいました。当時、私は死刑制度には全く無知でした。アメリカには最高の裁判制度があるのだから、パトリックは有罪に違いないとしか考えていませんでした。ただ、福音の「わたしが…牢にいたとき、訪ねてくれた」という言葉を思いだしたのでした。そのうち、手紙に「会いに行きましょうか」と書くと、「自分はカトリック信者だから、是非霊的アドバイザーになってほしい」と返事が来ました。私は喜んで手続きを済ませました。
まさか、その2年後に彼が処刑されることになろうとは、そして霊的アドバイザーである私が一人で彼に付き添って処刑を見届けることになろうとは予想もしませんでした。
 はじめて彼を訪ねたとき、私は殺人を犯した彼と人間的に触れ合えるかどうか、とても不安でした。でも、金網越しに彼の顔を見たとき、とても人間らしく見えました。彼は私にすごく感謝してくれました。死刑囚の生活とは、朝から晩まで何百回も「お前はゴミだ」と宣告されるに等しいのです。だから誰かが面会に来てくれただけで、人間としての尊厳を取り戻せるのです。
 私は彼と2時間話しました。ほとんど彼が話し、私は聞き役に回りました。いっしょに事件を起こした彼の弟が終身刑で同じ刑務所にいると聞きました。どうして一人が死刑で、もう一人が終身刑なのか、当時は分かりませんでした。15年経った今なら分かります。日本でも、警察の取り調べは、弁護士も伴わないまま、警察の取調室で行われます。そうしてとられた自白が後にどんな影響を及ぼすか。事情はアメリカも変わりません。死刑が再開された1976年以降、死刑判決を受けて控訴し無罪になった人が93人もいるのです。

死刑囚も人間
 無実の人を死刑にするのは論外です。しかし、一番の問題はそれではありません。もっと大きな道徳的問題は、本当に罪を犯した人であっても、死刑にする権利が私たちにはあるのかということです。映画『デッドマン・ウォーキング』を監督したティム・ロビンスは、こう語っています。「この映画は無実の人を扱わない。有罪の人、死刑にするしかないと思われる人を扱うことで、死刑の意味を考えたい」
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 私はパトリックとエディ、二人のソニア兄弟を訪ねました。彼らと話すうちに、彼らが犯した罪の恐ろしさと、それを越えた価値ある人間性に気づきました。
 あるとき、プリズン・コアリション・オフィスに行って、ソニア兄弟の事件ファイルをじっくり読みました。最初にあったのは新聞記事の切り抜きで、被害者であるティーン・エイジャーのカップル、デイビッド・ルブランとロレッタ・バークの写真がありました。ソニア兄弟はフットボールの見物帰りで駐車場に車をとめていた二人に銃を突きつけ、ロレッタにセックスを迫りました。彼らはそれまで何度も同じ手口を重ねていたのですが、今回違ったのは、被害者が後頭部に銃弾を受けて殺されたことでした。
 私はファイルを読んで、こんな罪を犯したソニア兄弟に対する憤りだけでなく、そんな彼らに会いに行った自分にも罪の意識を感じて、葛藤しました。彼らの犯罪に対する大きな憤りと、キリストの説く赦しや人権の重要性との間で、はげしく揺れ動いたのです。

被害者遺族との出会い
 私は、被害者のご家族にも会わなければならないと思いました。でも会うのが怖かった。ご家族はきっと死刑を望んでいるだろう。「処刑場で死刑の様子を一緒に見てください」と言われたらどうしよう、と思ったのです。
 私が最初に被害者のご両親と会ったのは、パードン・ポード・ヒアリングと呼ばれる、死刑判決を下す前に関係者から意見を聴く場でした。そこでバーク夫妻とルブラン夫妻の二組のご両親にお会いしました。バーク夫妻は私を一瞥して立ち去りました。ところが、殺されたデイビッドのお父様、ロイド・ルブラン氏は、私にまっすぐ近づいてきて「シスター、なぜ私たちに会いに来てくれなかったのですか。死刑が私たちにどんなに重圧となっているか分かりますか」と言いました。ロイド氏は、パードン・ボード・ヒアリングで被害者遺族を代表して死刑を求めなければならなかったのです。
 私はショックを受けました。被害者の遺族はみんな死刑を望んでいると思っていたのです。それで、私は彼に謝り、「一度ゆっくりお会いしたい」とお願いして、電話番号をお聞きしました。
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 それである朝、ルブラン氏を訪れました。ルブラン氏はいつも朝の4時から5時まで教会で祈っているというので、姉のメアリー・アンといっしょにバトン・ルージュを朝2時半に出てルブラン氏を訪ね、教会で一緒に祈りました。ルブラン氏は、デイビッドと自分たち一家、そしてバーク家のために祈りましたが、次いでパトリックとエディのソニア兄弟、そして兄弟のお母さんであるグラディスのためにも祈った時は驚きました。これほどすばらしい信仰を私ははじめてみました。
 事件の直後、ロイド氏がデイビッドの遺体を確認したとき、口をついて出たのは子どもの頃に覚えた「主の祈り」でした。「…私たちの罪をお赦しください。私たちも人を赦します…」。もちろん最初はそうは思えなかったそうです。怒りしかありませんでした。でも、キリストは「赦しなさい」と言っておられる。それに従おうと努力し、やがて神の恵みによって赦せるようになったのです。もちろん、息子の殺害を認めることはできない。でも、怒りや憎しみのうちに生き続けていたら、その怒りによって今度は自分が殺されてしまう。自分は残された家族のために生きなければならない。だから和解と赦しへと至る道を歩もうと決意したのです。
 パトリック本人だけでなく、母親のグラディス・ソニアにも、周囲の怒りは向けられました。買い物にもいけない。イヤガラセの電話がかかる。玄関先に猫の死体が投げこまれる。一人の人が犯した罪に対する怒りは家族にまで及ぶのです。
 ある日、グラディスの玄関のベルが鳴った。出てみるとロイド・ルブラン氏が果物カゴを持って立っていました。彼はこう言いました。「私たち親には子どもが何をしでかすか分かりません。あなたのせいではありません」。ロイド氏のような方に会えたのはすばらしいことでした。『デッドマン・ウォーキング』のヒーローは私ではなく、ロイド氏です。彼は白熱の怒りの中にもキリストの福音とあわれみを見出したのです。
パトリックの最後
 十字架の腕木の一方には被害者の家族がいます。イエスはこの人たちを支えるようにと呼びかけておられます。
 そして、もう一方の腕木にはあと6週間しか生きられないパトリック・ソニアがいます。気落ちして、何も食べられないパトリックです。彼は死刑が執行される3日前に死刑房に移されました。私は死刑房にパトリックを訪れました。彼と話していて、こんなに元気な人が、病気でもないのにもうすぐ殺されようとしていることが信じられませんでした。
 パトリックは彼なりに、すばらしい心の旅をしていました。自分が犯した過ちを後悔していました。今まで5人の死刑囚の霊的アドバイザーをしてきましたが、みんながみんな反省したわけではありません。死刑の恐怖にさらされて、逆に自分の命ばかりを守ろうとする人もいます。人の気持ちを変えられるのは愛だけなのです。
 パトリックは死を迎える準備をしました。告解をし、聖体を拝領しました。その姿に神の子としての尊厳を感じました。そして、ますます、どうして彼が死ななければならないのか分からなくなってきました。
 私は彼のためだけでなく、自分のために祈りようになりました。映画にも出てきましたが、死刑房で唯一、一人になれるトイレで、壁のタイルに頭を押しつけ、十字架を握りしめて祈りました。パトリックの心が崩れないように。彼が崩れたら、私もだめになってしまう。一本の細い糸でなんとかつなぎとめられている心境でした。
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 そして処刑当日。看守が執行の準備を始めました。髪の毛と眉毛を剃り、ズボンの左脚のヒザから下を切り落として、電極をつける足首の毛をそり落とし、真っ白なTシャツに着替えさせました。それは洗礼の衣装のようでした。ただ、洗礼が人を社会に招き入れるのに対して、このときは逆に、人を社会から追放する儀式なのです。
 パトリックはむしろ、私のことを気にかけて、「シスター、僕の最期を見なくていいよ。あなたの心が傷つくといけないから」と言ってくれました。そのとき私はすごく強い力に突き動かされて、こう言いました。「愛するあなたを看取る人もないまま死なせるなんてできない。私の顔を見て、キリストだと思って」。そのとき私は思いだしたのです。キリストがかけられた十字架の下にいたのは女性だったことを。
 私は彼と一緒に処刑場にいきました。イザヤ書の「あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。…火の中を歩いても、焼かれず、炎はあなたに燃えつかない」という個所を読みました。看守の人たちが彼を電気イスにくくりつけ、準備を整えました。死刑を執行するということは、誰かが処刑に関わらなければならないということなのです。テキサス州で130人の死刑に立ち会った看守たちがその体験を語っていましたが、彼らの多くは精神的な病いに苦しんでいるそうです。
 パトリックは最後に私を見ました。そしてマスクをかぶせられ、そして1900ボルトの電流が流されました。最期の言葉は、私が立ち会った5人とも同じだったのですが、アイ・ラブ・ユーでした。私も手をさしのべて、こう答えました。「アイ・ラブ・ユー・トゥー」。
死ではなく、生を選ぶ
 処刑場を離れたとき、私はぶるぶると震えていました。文字通り寒かったのです。今、一人の人間が殺された。それで社会は安全になったのか。とんでもない。人を殺すことを刑罰として合法化している社会。加害者を殺すことによって「人を殺してはいけない」と子どもたちに教える社会。私は大きな矛盾を感じ、それ以来、この話をいろいろな人にしていこう、社会を変えようと決心しました。
 各地で講演し、本を書き、それが映画化され、舞台にもなりました。今は、飛行機で世界中を飛び回っています。そして、ここ日本にやってきました。福音には、痛みに痛みを返さない、死に優る生を選ぶ、というメッセージがあります。私が伝えたいのはこのことです。

 私の話を聞いて皆さんにも何か心に残るものがあれば、と思います。そして、「いのちの絵画展2001キャンペーン」に協力してください。今、地球上では20分間に一つの種が絶滅しています。多くの生き物のいのちが奪われています。死刑はこうした「死への願望」の縮図、シンボルです。私たちには母なる地球を愛すること、そして命あるすべてのものを愛することが求められています。
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Q
 授業で死刑について取り上げていますが、被害者(遺族)のことをどう教えるか迷っています。赦しに至る方もいれば、死刑を望む方もいる。そこをどう教えればいいでしょうか。
A
 確かなのは、犯罪であれ病気であれ、ある人の死というものは残された者にとって取り返しのつかないできごとだということです。そのとき大切なのは、死と和解し、死そのものに意味を見出して、その後の人生を生きていくことです。
 死刑は、遺族に対して社会が、「加害者の死をもってあなたたちの怨みを晴らしてあげますよ」ということです。本にも書いたのですが、ある遺族の方が加害者の処刑に立ち会った後、メディアの人に「今の気持ちは?」と聞かれて、こう答えました。「あまりにあっさりと死んでしまった。永遠に地獄で焼かれるといい」。たぶん、遺族は加害者が何千回焼かれても癒されない。殺された家族のイスは空っぽのままです。そして死刑は空っぽのイスをもう一つ増やすのです。
 自分の愛する人が殺されたら加害者を殺したいと思うかもしれません。では、逆に自分の愛する家族が人を殺してしまったらどうでしょう。死刑になって当然と思えるでしょうか。こんな風に考えてみるのが若い人に役立つかもしれません。
Q
 私も死刑に反対ですが、一方で確かに犯罪被害者や遺族の方に対するケアが進んでいない。加害者よりもまず被害者の人権だ、という意見も一理あると思いますが、どう思われますか。
A
 アメリカでも事情は同じです。刑法は犯人の処罰と更生をめざしているのです。それに対して、民法では被害者救済もできるわけです。
 ただ、国連の世界人権宣言には「いかなる人もいのちを奪われてはならない」(第3条)とあり、「いかなる人も残虐な刑罰を受けない」(第5条)とあります。これは立場によらず、良心的な人なら誰でも理解できるグローバルな方向性を指し示すものと考えてよいと思います。
Q
 映画では加害者はお話よりもずっとひどい人として描かれていて、死刑でもなければ回心しなかったのではとさえ思えたのですが。
A
 まず、映画のキャラクターは作り上げられたものだということをご承知ください。その上で、ベルリン映画祭で監督のティム・ロビンスが同じ質問をされた時の話をします。「もし、終身刑を宣告されたらどうでしょう。回心しなかったと言い切れるでしょうか」
 ある死刑囚は、とても強がりな人だったのですが、死ぬ間際に「私の死によって、遺族のご家庭に平和が来るよう望みます」と言い残しました。普段の彼を知っている私には、その言葉は意外でした。彼は「死刑なんかどうってことない」と言い続けてきたし、それだけのことが言える図太い人でしたから。ですから私は、人を変えるのは死
や拷問ではなく、愛だと言いたいのです。



この記事は講演を半分程度に圧縮した。全文は当センターのホームページの「いのちの絵画展キャンペーン」に掲載している。
http://www.kiwi-us.com/~selasj/inochi/index.htm

(文責/柴田幸範)
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