阿部 慶太(フランシスコ会)

 以前から関わっていた「いくのオモニハッキョ」(母親の学校の意味の韓国語:在日韓国朝鮮人のための識字教室)のスタッフとして、地域に住みながらもう少し関わってみたい、と生野に住み込んで4年が過ぎました。今回は、生野区についてほんの一部ですが紹介したいと思います。
 現在、私が住んでいる大阪市生野区は、人口約15万人、うち在日韓国朝鮮人の人口が約4万5千人という日本最大の在日韓国朝鮮人居住地域です。 そのため、コリアタウンという商店街の周辺はひとつのコミュニティーとして存在するとともに、在日韓国朝鮮人の衣食住の重要な役割を担っています。 また、韓国系、北朝鮮系の様々な民族団体、韓国のプロテスタント教会各派、というように韓国、北朝鮮に関連したグループが周辺に点在しています。さて、生野区の在日韓国朝鮮人の産業といえば、ヘップサンダルなどの町工場が有名ですが、こうした小さな工場が区内に点在しています。ちなみに、ヘップサンダルという言葉も生野から生まれた言葉です(オードリー・ヘップバーンが映画ではいていたサンダルにちなんで名付けられた)。
 生野区に居住する在日韓国人は済州島出身者が多く、中でも一世、二世は本国にも殆ど無くなってしまった言葉や習慣を知っている人が多く、その意味では、本国以上に古い韓国が残る面があるとともに儒教の影響も色濃く残ります。この地域の在日韓国朝鮮人は本国の祭礼、例えば旧正月や旧盆などの行事を大切にし、民族のアイデンティティーがこうした行事や生活習慣を通じて保たれているとも言えます。反面、本国の人々から見ると、それでいて日本人的で韓国語も話せない中途半端な韓国人(パンチョッパリ)と差別されることから、第二次大戦中、幼少の年代で日本に渡り、戦争後も様々な理由で本国に帰れなかった人々の心中は複雑で、望郷の念や劣等感といったものが混在する苦悩を抱えた人々の心が染み込んだ地域でもあります。
その点では、民族教育を受けている比率の多い在日北朝鮮人とは事情は多少異っているといえるでしょう。
 しかし、過去における種々の差別や指紋押捺制度を巡る論争など、日本に於ける在日韓国朝鮮人への不当な差別や尊厳と権利を守るための活動が、それぞれの思想や立場から行われ、現在も、92年の指紋押捺制度廃止後に日本が過去の指紋を保管し利用し続けている事に対する「指紋を返せ裁判」や外国人登録証の常時携帯廃止を求める運動などがこの地域を中心に様々な人々により継続中で、以前のように大きな炎のように活動は行われていなくてもいまだ燃え続ける灯の様に、人権に対する取組みが継続されています。
 去年、韓国と北朝鮮による南北共同宣言により、南北統一への希望が強まりましたが、それ以前から、日本に居住していて介護などのボランティアを行うのに南も北もない、という発想から1994年にコリアボランティア協会が発足し、ボランティアによる南北統一をスローガンに現在も活動を続けています。また、ワンコリア・フェスティバルなど南北統一を願うイベントの企画も生野から発信されています。そのほかにも、生野民族文化祭は地域の秋の行事として定着しています。
 このように、生野区は日本最大の在日韓国朝鮮人の居住地域という特色があり、そのため在日韓国朝鮮人に関する事柄や活動は紹介しきれないくらい沢山ありますが、今回紹介し切れなかったことについては、またの機会にこの紙面でお知らせしたいと思います。
<編集後記>
死刑についての記事を寄せて下さったマシア師は、脳死と臓器移植の問題でも積極的に発言しています。これら二つの問題に共通するのは「死」です。一人の人間の死について判断を下す権利と能力が、他の人にどれだけあるのかということです。一人の人間に、死は一回限りです。机上の空論は危険です。具体的なケースに関わっていく勇気と根気が求められています(柴田幸範)