J. マシア(上智大学教授/神学・生命倫理) | ||||
ある。 |
加害者は、被害者に対する加害者であると同時に、自分自身に対する加害者でもある。わたしたちがそれに気づくなら、彼らが回心するように願い、そのための機会と時間を与えたいと望むだろうが、死刑制度はそれを不可能にする(ルカ23:34「父よ、彼らを許してください。彼らは自分が何をしているか、わかっていないからです」)。 被害者の遺族が加害者に対して愛情を感じたりすることは無理だろうが、加害者が自分の犯した罪を認め回心するように、遺族が祈ることができるようになれば、遺族自身も癒されよう(マタイ5:44「あなたたちを迫害する者のために祈れ」)。 |
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われわれの誰も傍観者ではなく、みな何らかの形で加害者である。われわれの中にも犯罪者に通じるような憎しみの根があり、心底から解放され、癒される必要がある。だが、死刑を求めることによってそれが不可能になるし、社会全体も決して憎しみの根から解放されない(マタイ13:29「毒麦を抜き集める時、それらと一緒に良い麦も引き抜いてしまうかもしれない。刈り入れまで、双方とも一緒に成長させなさい」)。 |
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ともあれ、時代とともに教会の教え、特に具体的な倫理上の問題に関する教えがより正しく理解され、見直されることがある。この点で死刑問題をめぐっての教会の立場の変化は、教義の発展を研究する上でとても興味深い。たとえば、13世紀の公文書に現在とは全く違うような意見が見られる。当時、教皇イノチェンチオ3世がバルデンスの異端者に対して謝罪文を書かせたが、その中で国家権力が死刑判決を下す権利をもっていることを認めさせようとしているのだ。幸いなことに、20世紀半ばの第二ヴァチカン公会議が促した反省が、ミレニアムを機会に教皇ヨハネ・パウロ2世が教会の過ちを謝罪するという画期的なできごととして結実した。現代、教会は福音に基づいて、ますます人権の問題と人間の尊厳に敏感になり、死刑廃止運動を積極的に支持するようになってきたのである。 1978年、ヨーロッパ各国の「カトリック正義と平和委員会」の代表者たちが、カトリック教会に「死刑制度廃止」を主張するようにと求めた。 |
1988年に米国のバーナーディン枢機卿は『生命倫理への一貫したアプローチを求めて』という文書を出し、中絶、安楽死、死刑などをとりあげるとき、一貫した物差しをもつように訴えた。この意見は10年後にやっと、教皇の回勅の言葉に反映されるようになった。現教皇ヨハネ・パウロ2世は、一人一人の命の尊厳を訴えるにあたって、キリスト者は一貫した立場から「すべての命に対して、また誰の命に対しても」尊厳を認め、意図的な中絶だけではなく、死刑や戦争や差別などにも当然反対すべきであると述べて、「殺してはならない」という掟は「あらゆる命、しかも犯罪者やよこしまな攻撃者のいのちであっても」含むとしている(『いのちの福音』57)。 |
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1995年にヨハネ・パウロ2世が出した回勅『いのちの福音』のほうが、よりはっきりした立場に立っている。その中で教皇はこう述べている。「死刑に反対する世論があきらかに強まってきました。現代社会は実際のところ、犯罪者に対して更正する機会を完全に拒むことなく、彼らが害を及ぼさないようにさせるやり方で、犯罪を効果的に抑止する手だてをもっています」(27)…「こうして、公権は公的秩序を守り、ひとびとの安全を確保する目的をも満たします。同時にその一方で、犯罪者に生き方を改め更正するよう動機を与え、支援を提供します」(56)。 |
その後も、死刑廃止に関する教皇の発言が注目されている。1998年のクリスマス・メッセージ、1999年1月25日のメキシコでの演説、1999年1月27日の米国のセント・ルイスでの演説などで、教皇は死刑廃止を強く訴えた。 教皇は「死刑は残酷であり、何の役にも立たないものである」とはっきり言っている(ロッセルバトーレ・ロマーノ紙、1999年1月30日)。 さらに、教皇は1999年12月12日に、サン・ピエトロ広場でお告げの祈りに集まっていた人々にむかって、「世界の全ての指導者たちが死刑廃止に同意するよう、改めて訴えたい」と語っている。 |
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