田中さんのこと
片柳 弘史(イエズス会哲学生)


私が田中さんと出会ったのは、3年前だった。そのころマザー・テレサのシスター達のところでボランティアをしていた私は、ある日シスターから拘置所の訪問に一緒に行かないかと誘われた。私は拘置所にあまり関心がなかったが、とりあえずついて行くことにした。拘置所の薄ら寒い待合室でしばらく待った後、私たちの待ち札の番号が呼ばれ面会室に通された。面会室のガラス越しに私が出会ったのは、青白い顔をして気弱そうな1人の男性だった。その男性が田中さんだった。
 後でシスターから彼が死刑判決を受けているという話を聞いて、私は驚いた。今会ったばかりの男性のまじめで、おとなしそうな人柄と凶悪な死刑囚のイメージがどうしても結びつかなかったからである。私が出会ったのは、本当に普通の人間だった。
 後日、彼から面会の礼状が来た。それに返事を書いたのがきっかけで、私は彼と文通するようになった。私がイエズス会に入会して広島やフィリピンにいる間も、その文通は続いた。しだいに分かってきたのは、彼も私たちと同じく悩み苦しみながら生きる人間だということだ。そして、その彼がこれから国によって殺されようとしているということだ。
 彼は4件の強盗殺人事件で起訴され、死刑判決を受けた。先日、最高裁判所で彼の上告が棄却されたことで、彼の死刑は確定した。おそらくこれから数年のうちに彼は処刑されてしまうだろう。彼が奪ったとされる4名の方々のいのちは、限りなく尊い。彼の犯した罪は本当に恐ろしく、非難されるべきものである。しかし、この罪は田中さんのいのちを奪う理由になるのだろうか。
 イエズス会の修練を終えて、この3月に東京に出てきてからは月に1回は小菅に面会にいけるようになった。面会を重ねて行くうちに、胸の中の疑問はますます大きくなった。目の前でこうして必死に生きようとしている1人の人間が、これから国によって殺されようとしている。彼と今向かい合っている私は、一体どうしたらいいのだろうか。
趣旨
 次のタイトル(いのちの絵画展」を知っていますか)は、判決確定前に私が彼に依頼して書いてもらった原稿である。この文章を通して、田中さんという1人の人間に出会ってもらえればと思う。これは決して、悔い改めた1人の聖人と出会ってもらいたいということではない。多くのすばらしさ、美しさと同時に、多くの人間的弱さや醜さも抱えたありのままの1人の人間に出会ってもらいたいということだ。そして彼のいのちをどう受けとめることができるか、考えていただければと思う。それは、彼のいのちを奪おうとしている死刑制度について考える機会ともなるだろう。
なお、彼は獄中で多くの絵を描いた。本文にもあるように、田中さんのように獄中で絵を描く死刑囚たちの絵を集めた巡回展覧会が『いのちの絵画展』である。これは、まず死刑囚達と出会うことから、彼らのいのちを受けとめることから死刑制度について考えてもらいたいとの願いをこめて行われている展覧会である。来年6月には、上智大学でもカトリックセンター主催で行われる予定である。