『壊れた世界に生きるわたしたち』
エコロジーに関するイエズス会文書 

    ピーター・ウォルポール
        (フィリピン、アテネオ・デ・マニラ大学、
                     社会変革のための環境科学研究所・所長)
 私たちは確かに断片化され、時には引き裂かれた世界に生きている。環境悪化や災害、人々の苦しみが日々体験され、毎日更新されるニュースや世界のようすを紹介する雑誌に記録されている。アジア人の大部分にとって、環境についての基本的な体験は、今のところ悲劇的なものである。イエズス会の第34総会は、教令「わたしたちのミッションと正義」の中でこの問題をとりあげ、イエズス会の環境についての発言としては最も明確で、最も忘れがたい形で発言している。『壊れた世界に生きるわたしたち』というイエズス会の報告書は、このようなエコロジー意識を深めるもので、総長が序で述べておられるように、「心からの祈りとして、また共同の関与として奉仕する」ものである。

 『壊れた世界に生きるわたしたち』は説明的でもなければ教条的でもなく、思弁的でもなければ法律的でもない。それは祈りに満ちた省察であり、わたしたちが何をしているか、何をすべきかについての自己反省の土台である。科学や社会、責任、あるいは霊性について単純化して語ろうというのではなく、多くの論点を一つにまとめようとしている。世界中の約40名におよぶイエズス会員からのコメントが、本文の向かいのページにたくみに配置されている。『壊れた世界に生きるわたしたち』は「感覚に訴える文書」であって(この言い方は矛盾しているように聞こえるかもしれないが)、ややこしいことは抜きにして、エコロジーやイグナチオ的霊性、そして共同体のライフスタイルや組織としての決定やわたしたちの行動様式の方向性において求められる変化への使徒的応答、といったテーマについて読ませる。

 『壊れた世界に生きるわたしたち』は私たちイエズス会員を、ライフスタイルと使徒職的全一性において、より大いなる行動と説明責任へと謙虚に招く実践的なアプローチである。だが、この文書がイエズス会の多種多様なコミュニティに隅々まで浸透するには、長い年月がかかるだろう。
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 わたしは、環境の側面から社会問題を研究する組織や、コミュニティによる森林管理に関するアジアのネットワークの運営に携わる一人のイエズス会員として、他のメンバーに、イエズス会の環境問題の研究に参加する機会をつくりだそうと努めてきた。ある土曜日、わたしたちはスタッフの家族も招いて修練院に行き、わたしたちの環境研究という仕事の意図や深まり(deepening)について分かち合う集いを持った。そこでは、「より普遍的な効果をもたらすものがより必要とされる」というイエズス会の優先課題や「magis」(より大いなる)というセンスを、希望の科学としてのエコロジーの大切さと結びつけて説明した(だからといって決して得意がっていたわけではない)。有意義な変化を求める私たちのたたかいは、日々制約にぶかつるが、そうしたビジョンや方向性を持つことは決定的な違いを生み出す。わたしたちの環境研究という使徒職の二つの側面として、共同体のライフスタイルと霊性に時間を割いたが、そこで言われたのは、わたしたちの環境の使徒職を深めることによって、単なる仕事としてだけでなく、わたしたちの生き方や人生の深みを支える支えとする必要があるということだった。わたしたちがおこなっているエコロジーの仕事の価値は、しばしば社会的影響という観点からしか評価されないが、わたしたちが働く相手や、わたしたち自身の人生における成熟といったことにおける仕事の価値も見る必要がある。
 読者は本文の第1章で、環境問題の空間的・時間的規模、深刻さの度合い、発展の種類との関係についての簡単なまとめからスタートする。わたしたちは、環境に関する仕事の核心をなす「希望という霊的視点」や、他の生物学的時計-人口増加や絶滅の危機-に対して、自然の再生のプロセスを具体的に示そうと努めてきた。

 つづく第2章はイグナチオ的霊性である。「原理と基礎」についての説明は、聖書の言葉を簡潔に引用し解釈している。さもなければ『霊操』をおこなったことのない人には難しすぎただろう。つづいて、「わたしの罪」と「創造の業からの離反」についての短い考察に移り、世界の環境悪化において人間が果たした役割を謙虚に認めている。

 伝統的なイグナチオ的霊性の締めくくりは「愛を得るための観想」であり、そこから、わたしたちの信仰や創造の業によるあがないに占めるキリストの中心性というユニークな考えについて、よりいっそう考察する可能性が生まれる。

 世界における神の威光と美、そしてキリストにおける万人の復活の力は、都市の環境破壊、農村の貧困、天然資源の浪費や生物学的多様性の消失といった難問に立ち向かう、わたしたちの日々の活動を長期的に維持する上で決定的に重要だ。今後わたしたちがおこなうより広範な分かち合いでは、わたしたちのイエズス会的霊性を乗り越える試みもあっていいかもしれない。というのも、他のカトリックの霊性や、特にアジアでは他の宗教から、わたしたちが学び、共にあずかるところが多いからである。

 エコロジカルな意識がもたらす興味深いインパクトは、知的な使徒職にとってチャレンジとなってきた。過去に、その力が及ぶ範囲について激しく議論され、長期的な低落傾向にあった知的使徒職は、いまや、わたしたちが現実を知る方法、つまり責任と正義の倫理や社会理論に焦点を合わせなおすための力強い、緊急の原動力となるよう求められている。
都市や農村における諸文化の豊かさや新しく生まれてきた諸価値が新たに注目される一方で、環境の使徒職は、社会の社会の周辺にいる人々が環境の面でも周辺に縛りつけられているのを理解するにつれて、彼らがいっそう社会の中に入ってきにくくなっているのを認める。地域レベルから国際レベルにいたる行動が、連帯の体験とネットワークの広まりにつれて大きく成長している一方で、イエズス会員が組織としての決断の仕方を変えるための努力においても、同じくらいラディカルな変化が起こっている。

 本書のこうした考察が、現状をあまりに的確に捉えているために、そこにひそむ真の意味や深さは見逃されがちだ。だが、真剣に考えるならば、これらの考察は真剣な取り組みと基本的な目標を与えうるものだ。本書は週末にちょっと考えてみる際にぴったりの教材となる。

 本書は、イエズス会のエコロジーに関する仕事への取り組みに触れてみようという多くの人々にとって、新鮮で発見に満ちた本である。個々の章をばらばらに取り上げてみてもいいし、他の知的な活動や考察にも利用しやすい。また、イエズス会の第32総会第4教令や正義についての、より深い考察にスムースに移行させる入門書ともなる。本書が取り上げる考察は、今日の多くの環境問題について一定の立場をとるものでもなければ、答を示すものでもなくて、充分な配慮の余裕もないまま回りつづける世界にあって、より魂のこもった体験を持ち続けるよう助けることを目的としているのだ。

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┃  編集者前書き................................3  ┃
┃  総長による序................................7  ┃
┃  1.エコロジーを読み解く.........................13  ┃
┃  2.イグナチオ的霊性...........................21  ┃
┃  3.使徒的な貢献と協力..........................35  ┃
┃  4.共同体のライフスタイルと組織としての決定...............45  ┃
┃  5.わたしたちの行動様式の方向性.....................51  ┃
┃  付 録..................................59  ┃
┃   A.準備文書(Relatio Praevia) ................... 59  ┃
┃   B.第20教令への序..........................65  ┃
┃   C.第20教令.............................67  ┃
┃   D.これまでの歩み...........................69  ┃
┃   E.参加者...............................73  ┃
┃   F.第34総会からの引用........................75  ┃
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