ここで、すでに実現している具体例、現在実現に向けて取り組んでいる具体例についてその一部を紹介する。
新たな方向性の中心は、主に就労(支援)プロジェクトである。この就労プロジェクトには、既存の社会システムにおける就労を支援するだけでなく、新たな仕事をつくりだすことも含まれる。そして、そのプロジェクトにおいて、こだわり続けたいのが、コミュニティー意識と自分達の創意工夫によって創りあげることである。
週払いや、月払いの定職をみつけるのは、20代の若い人でも野宿労働者にとっては非常に難しい。さらに、もし見つけたとしても、路上で生活をしながら、毎日仕事に行くのは、普通に我々が想像するより困難なことである。また、賃金は、普通その週末、月末または翌月に支払われ、それまでの食費、仕事に行くための交通費さえ、彼らには用意することが出来ない(実は、仕事を見つけるための面接に行く交通費さえ手に入れるのは難しい)。現在、仲間が日雇い等の仕事を見つけた場合、また後に述べるように、仲間による事業の収益が上がった場合、そのうちの一部を彼らのコミュニティーの就労支援基金として積み立てを開始し、実際に面接の交通費程度の貸出を開始している。まさに、第三世界のスラムで、現在流行になっているマイクロクレジット(小規模貯蓄・信用グループ)である。また、路上から仕事に通うことの負担を軽減し、かつ無味乾燥な仕事をやらざる得ない場合に、戻ってくるコミュニティーの暖かさを維持するために、5月下旬、バラック構想を開始した。バラック構想は、主に若い仲間が中心となっていて、代々木公園内に、テントでなく、鉄パイプと木材で、移動可能な(月一度の強制撤去のため)きちんとした共同生活のための家を自分達で建てる計画である。手始めに5月18日に4棟のバラックを建設した。
また、仲間達で作った新たな仕事としては、仲間達で弁当やお菓子を作り(仲間の中には、もとプロの料理人も何人かいる)、様々な集会でそれを売ったり、フリーマーケットを企画し、その場代の収益をあげたり、仲間達が日々、街をうろうろして、拾ってきたゴミの中から売れそうなものを売り、そこから収益をあげたりする。これらの収益は、今のところ微々たるものであるが、何も自分達では出来ないと思いこまされていた仲間達にとって、仲間と一緒に一つ一つ何かを作り上げていくことによって、失われた人間としての尊厳を少しずつ取り戻すことには、大きな役割を果たしている。
そしてなんと言ってもその共同の試みのプロセス自体がわくわくするほど楽しい(私もこの楽しみを一緒に味わわせてもらっている)。また、実際、この微々たる収益でも、上述した自分達の基金として運用するので、実際的な効果も大きい。
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今後は、上記のような試みに加えて、犬の散歩から家の掃除にいたるまでの何でも屋を始める計画や、イギリスのホームレスが実際にやっていることであるが、野宿者達の雑誌を作り、その雑誌を野宿者達のみが販売するような計画も考えている。また、山梨のある農家と契約して、忙しいときに仲間で一緒に農作業にも行った。さらに、この話は、現在面白い展開の可能性を見せている。つまり、その時に、山梨に行った仲間が、その農場のそばに300坪の空き地を見つけ、地主と話したところ、耕作する人がだれもおらず、そこにのじれんの共同農場を作っていく可能性も広がってきた。
すなわち、集団野営後ののじれんは、行政の言う「自立(=下層労働者への復帰)」とは異なる、新しい意味での「自立autonomy」に向けた質的変化が生じているのである。今後、この芽をつぶさずに、いかに育てていくかが問われている。
ところで、この芽を育てていくためには、またこの新しい芽とこれまでの対行政闘争運動を適切に統合して結び付けていくには、1970年代から90年代に至る四半世紀のアジアのスラムにおける居住運動の展開から学ぶものが大きいと思う。実は、この四半世紀にわたるアジアの居住運動は、まさに今ののじれんの経験している上記のプロセスを歩みながら展開し、その中では運動方針の違いからくるさまざまな緊張や失敗を経験しながらも、数多くの実りを得てきたからである。
大きな流れを紹介すると、70年代は、
- スラムや不法占拠地の住民の強制立退きに対して、コミュニティーを作って団結して、行政闘争を行う運動〔対立型コミュニティー組織論〕が運動の主流だったが、
- 80年代から、2つの新しい流れが順に出現した。一つは、②行政と協力し、また行政に入り込み、行政の力を利用して居住環境改善を行う運動〔社会統合を目指す運動〕、そしてさらに
- 政府が何も出来ないなら、既存制度の側からの統合を待つことなく、自分たちで全く新しいものを切り開いていこうという運動〔自立的な空間や制度への運動〕への展開である。
以下もう少し詳細に、この3つの運動の展開について、穂坂光彦氏(日本福祉大学教員)の著述を引用して紹介する。
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