社会司牧通信  No 89 99/4/15

渋谷の野宿者と彼らの取り組み
湯浅 誠(のじれん)


下川 雅嗣(イエズス会神学生)

前書きに代えて
 東京・渋谷区には現在、400人くらいの野宿者がいる。ちょっと前までは、200人くらいだったのに、この不況のせいで、最近急に増えたのだ。もっとも、数年前からもうすでに、渋谷駅構内、周辺での野宿者は見慣れた光景になっていた。私は、毎日朝晩、出かけるたびに渋谷駅を利用していて、いつもなんとなく気になりながら通り過ぎていた。昨年の暮れ12月29日から、野宿者達が協力して、越年闘争(野宿者にとって、仕事と食事のない一番厳しい時期である年末・年始に一人の命も失うことなく乗り切ろうという闘い。昔から釜が崎や山谷などの寄せ場ではよくやられている)をやるということを聞き、思い切って、彼らと関わってみようと思うようになった。ちょうどその前日12月28日に、釜が崎のある中学校の側に住んでいた野宿者約35人の人権を無視した強制排除が220人もの職員によって行われて、その写真が29日の英字新聞の一面にでかでかと載っていて、それが印象的だったのも、私を渋谷の越年闘争に参加しようと駆り立てる一因だったと思う。

 実際に野宿者の仲間(普通、東京ではお互いに野宿者のことを仲間と呼んでいる)と関わるようになって、いろいろなことが初めてわかってきた。特に、年配の人だけでなく、私より若い人がかなり多くいること、そして皆、いかに真剣に仕事を探し、より人間らしい生活の実現をめざして必死の努力をしているかなどは、一般的なイメージとは異なり驚きだった。また、渋谷での活動では、野宿者と支援者との境界がなく、野宿者自身の自立した取り組みになりつつあること、そこでは、野宿者は援助される人でなく、いろいろな可能性を持ち、よりよい社会を築いていくための仲間であった。そして彼らは、お互いを本当に大切にし合っているし、新しい仲間を大切にしようと心がけている。例えば、私が初めて行った時は、ある仲間は、私のことを今日から新しく渋谷で野宿をするようになった仲間と思って、丁寧に、寝るためのダンボールの組み方や、渋谷での生活のコツを教えてくれた。私のこれまでの日本での経験では、豊かな人がそうでない人に対してかわいそうだから何かしてあげるといった社会福祉的な発想が強くて、このような活動のあり方を見るのは始めてで、非常に新鮮だった。また、日本の社会で急激に増えている野宿者の厳しい状況の中で、逆にこのような運動が日本の社会に生まれているというのは、これからの日本社会にとっての大きな光のような気もする。

 そこで、私自身は、関わりだしてまだ日が浅いので、以下、5年ほど前から渋谷で野宿者達と一緒に活動をしている湯浅さんに、東京・渋谷における野宿者の状況、そして彼らの取り組み等を紹介して頂く。

げる-もらう> <呼びかける-呼びかけられる>関係ではこれ以上の展望は望めない―そのような反省の下、1998年3月末に「のじれん」は発足した*1。それは活動方針云々といった問題ではなく、「それ以前」とも、あるいは「その前提」とも言えるような野宿の仲間との関わり方そのものの変容を迫る。簡単に言えば、それは仲間とふざけあえる関係であり、また時には仲間を叱りつけられる関係である。<あげる-もらう>という役割分担が歴然とある場合には、それはできるようでできないものだ。叱った方は後味が悪く、叱られた方は萎縮する。それを突破して<呼びかける-応える>呼応の関係を作り上げていくこと―それがのじれんのアルファでありオメガであるわけだが、まだまだどうして、道のりは遠い。なぜなら野宿の仲間たちは法律や社会の偏見といった様々な諸権力の抑圧に常にさらされており、その意味ですでにハンディを背負っているから。それをまるで無視して「対等な関係」を単に抽象的に夢想するとしたら、それこそがまた、新たな抑圧となってしまうだろう。この私がその野宿者と/に呼応する関係を取り結ぶためには野宿者を取り巻く社会状況そのものを変革する必要があり、社会状況を変革するためにはこの私がその野宿者と/に呼応する関係を取り結ぶ必要がある…。のじれんの日々の活動は、そのような循環の中でもがき続ける過程そのものだと言っていい。 宿者の課題は、彼が野宿者である限り変わらない。「エサ」と「寝床」である。野宿者は誰しも、これをせめて「健康で文化的な最低限度の生活」(日本国憲法25条)に引き上げたいと常々考えている。「エサ」を「食事」に、「寝床」を「屋根の下での布団」に、だ。それには金が要る。金のためには仕事をしなければならない。しかし今は仕事がない。どうしよう…。この弱々しい困惑の「どうしよう」を、強い怒りの「どうすんだ!」に変えて行政にぶつけること、これがのじれんの活動である。
 野宿者運動は、その発足以来、この「どうすんだ!」を二つの問題に集中してきた。社会保障と就労である。野宿者の多くは、日本の高度成長を建設現場等での労働力として下支えしてきた。劣悪な労働条件(もちろん社会保険等は未整備)の下、貯蓄する余裕もそれを許す環境もないままに、彼らはすでに50才を過ぎ、労働市場から完全に放逐されようとしている。したがって、経済が好況に転じたとしても、彼らを受け入れられる市場は清掃や警備といったごく少数の分野に限られ、しかも社会全体の高齢化の中でそれも需要過多の状態にある。労働市場に野宿者問題を解決する能力は、潜在的にすら、もはやない。では社会保障は、と言えば、生活保護のハードルは相変わらず高く、65才という年齢が一つのメルクマールとして現実に機能している。つまり多くの野宿者は労働市場と社会保障の狭間に落ち込んだ存在であり、そうであるがゆえに野宿者なのだ。
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野宿者追い出しに対する抗議行動

――どうすんだ!?
 手品のようにあっと驚く解決などあるはずもない。だから野宿者は野宿者であり続けつつ、就労や生活保護へと至る細い細い糸をたぐり寄せるべく日々もがいているのだ。のじれんは、この仲間たちの悪あがきを仲間たちで後押しし、そこからいくつかの具体的な果実を引き出してもきた。存在自体が恒常的に法を犯さざるを得ない(どこで寝たって「違法」なのだから)野宿者にとっては、そこから果実が生み出されるような腰の据わった大悪あがきこそが唯一最大の武器なのだ。神聖不可侵という「普遍的」権利だって、歴史的に見れば、最初は立派な悪あがきだったではないか。
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そんなのじれんの日常活動を簡単に紹介しておこう。
 まず活動の基礎、全ての活動の土台となるのが毎週土曜日に行っている共同炊事と寄合、それにパトロール(代々木公園は金曜日)である。野宿の仲間たちがその日集まってくる他の仲間たちのためにメシを作り、情報を交換し、時々の議題を論じ、そして渋谷の街の方々に寄合の場に来なかった仲間たちを訪れに出かける。
 これらの際にのじれんでは材料を用意し、ビラを配り、時にはカンパの衣類を配布し、寒ければ毛布やカイロを配るわけだが、しかしこうしたモノはあくまでそれぞれの仲間と話し始めるためのキッカケにすぎない。それを端緒に仲間たちが私たちの声に耳を傾け、自立に向けた取組をともにやっていけるような関係を築くこと、これが土台となる。なぜなら、モノを〈あげる〉取組はたしかにその日の命をつなぐという重要な意義を持っているものの、単にそれだけでは野宿者が路上から脱却する展望は永遠に開けないから。
 そして、その路上脱却の可能性を個々の状態に即して追求していくのが月曜日の福祉行動である。この日はそれぞれの課題を抱える大勢の仲間たちが、区役所の福祉事務所を訪れ、それぞれが直面してい る問題に応じて行動する。病気の仲間は福祉を介して病院へ、高齢や病気で働けない仲間は生活保護の追求、仕事を探す仲間はその場を利用して求人雑誌等のチェック、というように。
 そして、それぞれの場面で仲間たちは実に様々な問題にぶつかることになる。福祉職員の対応が威圧的で真剣に取り合ってくれない、保護が必要な場面でも路上からの通院などを要求される、仕事の面接が決まったが履歴書に貼る写真や印鑑代がない、などなど。
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その際にのじれんは仲間の隣に座って必要な情報を伝えるなど若干の力添えを行い、野宿者全体に関わる問題では福祉との交渉を繰り返してきた。それは本当に地味な取組であり、一つの問題がようやく解決したと思ったら必ず次の問題がその先に控えている、といった性質のものだ。
 たとえば就労支援に関して、渋谷区福祉の取組は去年までほとんどゼロだった。しかし福祉は「就労支援の努力は惜しまない」と公言していた。そこで最初に新聞折り込みの求人チラシを置かせるようにした。次に応募先に電話するためのテレフォンカードを貸し出させるようにした。次に面接が決まったときの履歴書と写真代・印鑑代を用意させるようにした。そして今、面接時の交通費をいくらまで支給するか、週払い・月払いの仕事の場合に最初の給料までの支援をいかに具体化するかで交渉を始めている。
 それぞれの段階での成果は本当に地味で些細なものにすぎない。しかしその些細な事柄のどれか一つでも抜け落ちれば、野宿者は決して就労とそれによる路上脱却にたどり着くことはできない。手品のように便利な打開策などありはしないのだ*2


かしそうした野宿者の地味で必死な取組をよそに、行政は時に理不尽かつ非情な野宿者追い出しを行ってくる。その論理はいつも決まっている。みんなのための公共の場所だから。付近の住民から苦情が出ているから。去年の12月、渋谷区内の東京都児童会館がそうした論理を背景に、排除の意志むき出しの敷地内工事を行った。

 しかし、どこかに行ける場所があれば、誰だって行っている。それがないから、最も特定の人間の迷惑になりにくい「みんなのための場所」を選んで野宿しているのだ。国連人権委員会はすでに6年前に、野宿者問題は本人の責任ではなく、そのような状態を作り出した国の責任であり、国にはそれを改善する責務があるという趣旨の決議を行っている(1993/77)。例のごとく日本も賛同している。決議などしょせん紙切れだと言う者は言えばいい。しかし私たちは、世界中の諸運動がもぎ取ったこの成果を後退させるような動きを認めるわけにはいかない。

児童会館前での集団野営

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 とは言え、今となっては私たちは、むしろ追い出し工事を強行した児童会館に「感謝」したいくらいなのだ。と言うのは、もう追い立てられるのはゴメンだという野宿者の抗議の意志表示として始まった児童会館での集団野営*3が、単なる抗議やさらなる追い出しの阻止をはるかに超える成果を現実に渋谷にもたらしているから。
 集団野営で、仲間たちは変わった。少数の仲間が多くの作業を背負い込まざるを得ないような状態がなくなり、一人一人が自分のできることに主体的に取り組むようになった。今では野営の設営から片づけまで、全てを仲間自身の力で取り仕切っている。 仲間同士のコミュニケーションがはるかに密接になり、「仲間の生命は仲間で守る」という私たちのスローガンが単なるスローガンではなくなり、日々の行動の中で当たり前のものとなりつつある。仲間の結束が十分な成果をもたらしていること自体が自信へとつながり、のじれんの活動を質量ともにより大規模に展開できるようになった。今では手狭な事務所には入りきらないくらいの大勢の仲間たちが事務局会議に参加するようになっている。
 のじれんは集団野営によって、この冬一番の懸案をこの冬一番の成果へと転化させることができた。悪あがきから果実が生まれたのである。
◇  ◇  ◇

 

の集団野営の成果の上に、のじれんの二年目が始まっている。野宿者問題は年々深刻化の度合いを深め続けている。できることより課題の方がはるかに大きいという状況は何ら変わらない。しかし、野宿者と/に呼応していこうとするのじれんの方針は、地味ながらも着実に成果を生んでいる。野宿生活からの脱却の方途を真剣かつ具体的に考える段階に来ているという認識が、社会に広がり始めてもいる。野宿者にモノだけではなく仕事のチャンスを提供しようという人が現実に現れ始めてもいる。仲間たちの中からも、のじれんで仕事を創り出そうという勇ましい意見が表れ始めている。
単なる就労活動を超えて、その先にのじれん自身による仕事作りを。単なる生活保護追求を超えて、その先にのじれん自身による宿泊所を。現在ののじれんには、そうした「二年目の構想」が、具体的かつ現実的なものから幸せな夢物語まで含めて、数多く渦巻いている。
しかし、のじれんはまだまだ足取りもおぼつかない小さな団体である。会計は常に火の車で、私たちだけでできることなどは、ごくごく小さなことにすぎない。だから私たちは、一人でも多くの人がのじれんの活動にそれぞれの仕方で関わってくれることを常に待ち望んでいる。もちろん、この拙い文章を最後まで読んで下さった読者の方一人一人にも。
逆境での悪あがきから見事な果実を生み出すために。

*1 のじれんは、正式名称を「渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合」と言う。のじれん自体の発足は去年だが、それ以前にも前身団体の「渋谷・原宿 生命と権利をかちとる会(いのけん)」(1992年発足)として渋谷の野宿者問題に携わってきた。のじれんは、支援者のみで作る支援団体ではない。のじれんは支援者と野宿者がともに構成する、野宿者問題の当事者団体である。 ⇒文章に戻る

*2 のじれんのその他の取組としては、病院や寮に入っている仲間たちとの面会行動(月・午後)や、他団体と連携しつつ池袋や東京駅周辺の野宿者の支援を行う行動(水・金)、事務局会議(木)、東京都全体の野宿者問題を話し合う団体間会議(火)などがある。⇒文章に戻る

*3 児童会館を追い出された仲間を初めとして、寝床のない仲間や具合の悪い仲間が、夜児童会館に集まってダンボールハウスを作り、「エサ」を分け合い、朝片付けるという行為を集団で行う取組。毎日平均20人以上の仲間が参加している。⇒文章に戻る


『のじれん』の活動では、実際に一緒に行動してくれる人も募集しています。特に、野宿している仲間と一緒に、夜間パトロールや福祉事務所との交渉、病気の仲間の訪問等に行ってくれる人、ただ野宿者の仲間と友達になりたい人などです。またニュースレターの作成やホームページ(http://www.jca.apc.org/nojukusha/nojiren/)の作成を手伝って下さるかた、仲間の仕事のチャンスを提供して下さる方も募集しています。関心のある方は、下川か直接『のじれん』まで御連絡下さい。会計も現在赤字であるため、寄付も歓迎です(下川)。
下川雅嗣 →(Tel)03-5478-6088 (E-mail) pmshimo@aa.mbn.or.jp

『のじれん(渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合)』

    〒150-0011 東京都渋谷区東1-27-8・202 (Tel&Fax)03-3406-5254

    郵便振替番号:00160-1-33429 「渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合」