社会司牧通信  No.87  98/12/15
下関便り…(11)

 野の草花を見よ


林 尚志(イエズス会労働教育センター)
 この度、年輩のグレンさんや女性の向井さんが話題となった、宇宙開発ショーの映像のたぐいがいつも伝える「美しい地球」は、それだけ見て感動的解説を聞いている分には、それはそれで良いのですが、その地球の表面部分を自分勝手に拡大して接近すると、別の様々な切実な地上の現実に溜息をつきます。
 その地上の小さな小さな植物の一つに、「むらさきつゆくさ」があります。「紫露草」は辞書によると、北アメリカ原産・ツユクサ科の多年草で、夏から秋にかけて紫の幾つかの小さな花を咲かせ、半日でしぼんでしまいます。まさに、花の命は短かけれど…ですが、ここ下関の市民運動の機関誌の一つがその「むらさきつゆくさ」と名付けられて、短いどころか第40号を数えています。
 冷戦構造化で米ソが宇宙戦略のしのぎを削っていた頃、植物実験素材として、宇宙から帰還した紫露草の雄しべの毛の染色体には、無重力状態と宇宙線からの影響がはっきりと出ていたと報告されています(当時、埼玉大学教授<遺伝学>市川定夫氏による)。NASAからの公式報告は、当時の戦略的操作から遅くなったそうです。さらに、この自然界の安全測定シグナルである紫露草の雄しべの毛は、微量の放射線に反応することから、原子力発電所からの放射能漏れを感知する為に、発電所付近に植えられるようになります。まさに、民衆の草の根運動は、自然の賜物の草の検知手段を与えられたのです。聖書の「野の百合をみよ」は「野の紫露草をみよ」とも言い換えられます。
 下関市から日本海側を車で約1時間の豊北(ほうほく)の海岸に、1970年代「豊北原発建設計画」を推進しようとして、現地漁民を始め多くの反対運動に挫折させられた中国電力会社は、以後瀬戸内海側の山口県上関(かみのせき)町に「上関原発建設計画」を何が何でも押し進めようとして、県内外の反対する連帯運動に阻止され続けています。
 「むらさきつゆくさ」を機関誌とする市民運動「原発いらん!下関の会」は、1995年5月に結成されました。以前から個々人が関わってきた反原発の生き方、行動経験を踏まえての結束です。全国的情報交換、連帯行動、こつこつ重ねられている基礎からの学習活動、更に国境を越えた連帯活動は下関の民衆のエネルギーの質と方向を示してくれています。会員によるチェルノブイリ現地訪問と報告、韓国・台湾の反原発運動との連帯等、宇宙船から見れば点の動きでしょうが、着実に線を描いて広がっています。オータナティブを追求して太陽光エネルギーに取り組み、何より電力浪費の生活様式の変革への意識改革を怠りません。

 昨年、癌の手術後の病床にあった、会の事務局担当のSさんをお見舞いして、この社会司牧通信で取り上げた化学兵器禁止条約批准のことを、少し熱く訴えた時、そのことが林神父のライフワークになるのかしら、と微笑まれたことが忘れられません。ふと、70年頃、ヴェトナム反戦を生きた、米国のイエズス会員、ダン・ベリガン神父の“Can you stake your life on the issue?”(あなたはそのことに人生をかけるか?)と言っていたことを思い出します。そのSさん、最近、「一主婦がなけなしの私財をはたいて…」と、ベラルーシから婦人を招き、下関から各地に行脚されていました。
 最近、遺伝学者達がよく表現する“something great”(何か偉大な存在)が人間に刻み込んだ精神の染色体の遺伝子は、野の草花に導かれて、愛と正義と平和の状況を目指し、人口26万の地方都市から21世紀の進むべき方向へのシグナルの幾つかを送り続けさせて貰って感謝しながら新しい年20世紀最後の一年に向かいます。

【編集後記

クリスマス、おめでとうございます!

▲ 西暦2000年を目標に発展途上国の対外債務を帳消しにしようという運動が世界規模で行われています。日本のカトリック司教団もこの運動について学習と署名を呼びかけています。今号の「社会司牧通信」でも、一部の方に署名用紙を同封しました。(用紙ご希望の方は当センターにご連絡ください)

▲ この運動は旧約聖書の「ヨベルの年」を現代に甦らせるもので、キリスト教にインスピレーションを受けた社会運動としては、今世紀最後で最大のものです。ぜひ日本でも成功させましょう。

 よい新年をお迎えください!       (柴田 幸範)