社会司牧通信  No.82  98/2/15

一本の樹から世界への関わり
林 尚志(イエズス会労働教育センター)
 大寒が過ぎ、立春の近い下関で、小さな出来事があった。新聞でも「公園の桜 の木切られる」と言う記事で報道された が、市の中心部の公園の桜をはじめとする木々が切られ、根こそぎにされている のに気付いた市民が、公園を管理する市 役所の公園緑地課に問い合わせたところ 「住民自治会が樹を切らないように市に頼み、市も業者に樹を残すように伝えた が、業者の手違いで切られてしまった」 というのだ。「何本かは市の公用地に移 植するし、新しく樹を植えるから」云々と市は弁明したというが、情け無い話で あった。  その公園は、力トリック教会とその隣 接する幼稚園の前にある。春の桜の花や 新緑は園児の入園や卒園を祝い、夏は立 ち話する大人や子どもの遊ぶ姿の上に涼しい木陰を与え、秋の葉の色づき、冬に は天然のクリスマス・ツリー…と人々の 生活と地域の歴史の中で生きていた。  公園の新規開発計画が始まった時、どんな計画か市民に説明され、市民サイド の意見も聞かれたのならば良いのだが、 そんなプロセスがあったとは聞いていな い。自分の私有地の樹が切られたら大騒ぎするが、公園の木が切られても、何の ためか、どうなるのかも余り気にしない
鈍感さ。幼児のそばで、説明もなく生き た木々を切り倒していく、大人の精神の 貧困さはどうしようもないのか。  他市の造園業者に聞いたところでは、市の公園管理課から、「住民感情を損な わないように、他の所に移植するように 見せかけて、木を処分してくれ」と頼ま れるとのこと。必要経費は市民の税金で払われる。自分が騙される為の経費も払 わされるわけだ。上記の桜も実際はどこ に持って行かれたのか。業者も「生活の 為に仕方がない、市から仕事を(小規模でも公共事業だ)貰いたいから」と言う。 市・県・国、どのレベルでも構造的に同 じ場合が多い。  干ばつで約70万人が飢餓、16万人 が死の危険にあると報じられているパプ アニューギニアでの、日本企業などによっ て20数年間続けられた熱帯雨林の大規模な伐採。今年1月26日、ブラジル政 府もやっと認めざるを得なかったアマゾ ンの熱帯雨林の破壊は、1978年から、 1996年迄で、なんと50万平方キロ全体の12.5パーセントであるという。 森林、特に熱帯雨林は「地球の肺」だと 言う。肺を失ったら地球の生態系は生き られない。  生活・生産のあり方が地球上の木々に大きく負っている、いわゆる先進国の私 たちは、もう一度一本の木との関わり・
つきあい方を新たにしなければならない。 木々を人間の利益・都合で勝手に処分す る時代は終わったのだ。一本の木を切ら なければならないとき、21世紀の地球に生きる子ども達に説明し、了解が取れ るような、人間だけでない地球の生態系 の公益にも叶った態度をとるよう問われ ていることを、切られ根こそぎにされた下関の公園の木々の犠牲は叫んでいるし、 そこで生きていた鳥や蝉も訴えている。  市内の修道女会の経営する幼稚園の母 親達が、8年前「明日葉の会」*と言う、21世紀の子ども達の世界の自然と社会 を考え行動するささやかなNGOを創り、 下関で敏感に発言し、出来るかぎりの行動をしている。 今回、木々の切られる悲 鳴を聞き、行政に問いただし、マスコミ に追求取材を頼んだのも、この会の女性 達だった。

*「明日葉(あしたば)」=セリ科の大  型多年草。生命力が強く、「今日切り 取られても、明日再生する」という意味。

林 尚志
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<編集後記>
 香港の新型インフルエンザが話題になっています。 最近、 ウイルスや細菌による感染症が猛威を振るっているのも、 一説によれば森林伐採の影響だといいます。
 ▲つまり、ジャ ングルの奥でひっそり暮らしていた(?)細菌やウイルスが、森林伐採で人間と出会い、突然変異を起こして大流行 したというのです。
 ▲「母なる地球」を荒らしているんだから当然の報いですよね。
(柴田 幸範)