社会司牧通信 __ No 82__ 98/2/15

<災害>
パプアニューギニアの干ばつと私たち

清水 靖子(メルセス会)

 1997年、パプアニューギニアを干ばつが襲った。多くの地域では4月から11月までほとんど雨が降らず、百年来未曾有の歴史的な長期の干ばつとなった。パプアニューギニア干ばつ救援委員会は69万5千人が飢えと水不足に直面していると発表した。

  干ばつ被害の実体
 昨年10月、現地政府は最初の被害調査報告書を発表したが、その報告書では調査されなかった地域を含めて、97年11月25日~12月12日に改めて調査を行い、「干ばつ霜害調査第二報告書」を発表した(なお、被害人口の%は、1990年の人口調査による総人口315万人をもとに算出している)。
 それによると、今回の干ばつは百年来で最も深刻だった。空に雲のない夜がつづき、霜害が2200メートル以上の高地を、5月~10月の間、波状的に襲った。干ばつは多くの地域で4月~5月に始まり、さまざまな形で食糧と水の供給不足をもたらした。
政府は第二報告書で、被害状況を次の5つのカテゴリーに分けている。


<食料>

  • 不都合が発生。主食は不足するが、代替品が利用でき、健康には問題がない。
  • 糧難。食糧不足で飢餓食が利用されている。幼児や老人の健康状態不良。生命には別状なし。
  • 畑にはほとんど作物がなく、作物も三週間以上はもたない状況。多くの人が飢餓食を食べている。病気も拡大し、栄養不良の兆候が見られる。子どもや老人の生命が危機に直面している状況。
  • 畑には作物がない。飢餓食のみ可能。極限状況で、多くの人が食べていない。幼児と老人が死んでいく。
  • 異常な乾燥状態。しかし食糧には問題なし。

<水の供給>

  • 身近な水源が枯れているが、他の地域で代わりの水が手に入る。
  • 身近な水源が枯れ、他の水が利用できるものの、少し汚染されていたり、遠かったりする状況。
  • 身近なところでは水質の悪い水がわずかばかりしかなく、よりよい水質の水は遠くでしか得られない状況。
  • 水の供給がきわめて限られ、水質も悪く、塩水や汚水だったりするうえ、遠くまでいかないと得られない状況。
  • 身近な水供給に何の問題もない。

 第二回調査では、全人口の40%にあたる124万人がほとんど食糧なしで、かろうじて生きている(カテゴリー4~5に相当)。そのうち26万人が森の飢餓食(森の木の葉、パンダナスやブラック・パームの実、野生のヤムイモなど)を食べて生きながらえ、残りの98万人は畑に残ったわずかな野菜や森の飢餓食、サゴヤシ、海で採った魚などで生き延びている。 飲み水については、36万3千人が、汚染されている可能性のある水を、非常に遠方から運んできて生き延びている。その主な地域はミリンベイ州(78,810人)、東・西ニューブリテン州(37,871人)、マダン州(41,414人)、ニューアイルランド州(34,840人)、マヌス州(31,038人)などで、いずれも低地で、日本などの外国企業による熱帯雨林の乱伐が過去25年以上行われてきた地域だ。また、ごくわずかな汚染されている水を、遠方から得て生き延びている人は、4,713人(東セピック州2,591人、ミリンベイ州2,019人など)。
 雨がわずかに降り始めているにもかかわらず、水資源は回復しておらず、今後も雨量が本格的に回復する見込みは薄いため、飲み水不足はいっそう深刻化する見込みだ。  健康問題については、飢餓食に頼っている人々、特に木の葉などを食べている人々の中から死者が出ている。また、深刻なマラリア被害が3つの州で増加している。汚染された水を飲んでいる人々の中から下痢などの病気が発生している。


  作物への影響
 復興のためには、作物の種や苗の配布が緊急に必要であり、特に霜害に襲われた高地へのサツマイモの苗の配布が最優先課題だ。また、サツマイモより早く収穫できるジャガイモ、豆、トウモロコシなどの苗や種の配布も必要だ。 だが、食糧の配布が必要な地域の大半が交通の便が悪く、飛行機やヘリコプター、さらに船を組み合わせた輸送が必要なため、食糧配布は困難だ。
 サゴヤシを食べて生き延びている地域では、サゴヤシからデンプンをつくるための水も干上がったため、食糧不足がいっそう深刻になっている。また、サゴヤシ自体、多くが火事で焼けてなくなってしまった。
 海岸地帯では、本来ならコプラとして収穫して収入源になるはずのココナッツが、飢餓食や飲み水として食されている。だが、そのココナッツも多くの地域で、干ばつの影響のため少ししか実をつけておらず、今後2年にわたって収穫がなくなることも予想されている。
 低地の、畑のイモ類で暮らしている地域では、80%もの収穫減となった。これらの村でもココナッツやサゴヤシ、森の飢餓食に頼っている。
 1997年末に作物の苗や種を植え始めた地域の多くで、食糧生産が回復するのは1998年半ばになるだろう。標高1,400~1,800メートルの高地には、パプアニューギニア総人口の40%が住んでいる。1,500メートル以上の高地ではイモを植え付けてから収穫まで6ヶ月かかる。標高2,500メートルだと8ヶ月かかる。干ばつでやられなかったイモは住民が食べ尽くしてしまううえに、翌年植える茎の部分が少なく、今後の収穫は期待できない。


  干ばつの現地を歩く
 こうした事態に、日本国内でもパプアニューギニアとソロモン諸島の森を守る会、日本カトリック正義と平和協議会、日本国際ボランティアセンター、反核パシフィックセンター東京、地域自立発展研究所が呼びかけ団体となり、「パプアニューギニア干ばつ・飢餓救援キャンペーン」を発足させた。同キャンペーンによる調査のため、私(清水靖子)は昨年12月8日、南ハイランド州(人口32万)の州都メンディ(標高2,000メートル)に飛んだ。ここは干ばつ被害の大きい高地の一つだ。最近、お湿りの雨があったため、山火事は鎮火していた。
 「食べ物なし、水なし、森林火災の煙霧で目は充血し、息もできない。そんな毎日でした。待ち続けていた援助物資を運ぶ飛行機も、着陸できなかった」と人々は語る。「8月~11月の総降水量が、たったの117ミリですよ。この辺は、平年なら1ヶ月平均で230ミリは降る地域なんです。昼は猛烈な日照りで土の中まで熱気が通り、夜は零度以下に下がって、霜害が3ヶ月にわたって波状的にやってきました(例年なら3日程度)。おかげで主食のサツマイモは全滅です」と気象観測担当のコルマン神父が語る。野山は灰茶色に霜枯れて冬景色のようだ。山火事跡の黒茶色がその間をなめるように広がっていて、多くの村の家や豚も焼かれた。
干ばつのため水分を求めた虫が住み着いて
虫食いだらけになったイモを持つ母子
(南ハイランド州で、撮影筆者)

「干ばつの異常な突風が、毎日昼過ぎに谷を越えてやってきたよ。焼け出されたその日は、私たち家族は全員遠くの畑に行っていてね。帰ってきたら家はなくなっていた。炎が谷と村を総ナメにしたんだ」と、焼け出された村人が語った。村人たちには山火事によるやけど、ただれ目、気管支炎、喘息が多かった。
 村から谷へ、水を探しに何キロも歩き続ける親子の姿を何度も見た。飲み水の谷は枯れて、水はなかった。看護婦たちは、「人々が淀んだ湿地や汚れた川の水を汲んで飲むので、赤痢やチフス、皮膚病が南ハイランド州全体に広がっています」と説明した。
 わずかな雨に期待して、サツマイモの茎を畑の畝に挿し始める人々の姿があった。収穫まで6ヶ月かかるというが、その間、十分な雨があるかどうか、誰にも分からない。
 カトリックの援助機関、カリタス・パプアは老人・病人・幼児などを優先して、まずは緊急食糧の米を援助している。サツマイモの苗の配布も急いでいる。政府の援助はまだ届いていなかった。
 メンディのやや標高の低い地域では、「霜はなかったけれど、猛烈な日照りと熱気で、土に住む米粒ほどの虫が水分を求めてサツマイモに住み着いて、ダメにしてしまった」と人々が嘆く。「元気な者は総出で野生のヤムイモの根っこ探しだ。だけど、こいつを食べると皮膚病と下痢を起こすんだ。でも他に食べ物がないから、そうしているんだ」とのことだ。幼児を抱く母親の手に、その食べられないヤムイモの根があって、胸が痛んだ。


  熱帯雨林の伐採地へ
 12月10日、マダン州のゴゴール渓谷に行った。日本の本州製紙(現在は王子製紙)の子会社JANT社が、熱帯雨林を皆伐してチップにし、日本に送り続けていた地域だ。幾筋もの流れを集めるゴゴール河は、河底が見えるほど浅くなっていた。
 ここでも、遠くまで飲み水を汲みに出かけるさまざまな家族に会った。ある家族は、母子5人連れだった。4歳くらいの男の子が1歳の弟を背負い、3歳の男の子もバケツを持ち、8歳の女の子は大きなバケツを二つももっていた。お母さんは大きなバケツを頭の上に乗せ、みんなで遥か遠くを目指して日照りの道を歩いて行った。
雨が少し降ったのでサツマイモの茎を植えた。
この老人はカリタス・パプアの援助で助かったが彼の
妻は写真を撮った2週間後に衰弱死した
(撮影は筆者)
 伐採道路の下には渇ききった河床だけがあった。多くの川が同様だった。ある母親はこう語っていた。「昔は深い流れが潤していたのよ。伐採が始まってから水量が減った。そして干ばつで水がなくなった」「伐採が始まる前、まだ森があった頃はね、夜も昼も過ごしやすかった。畑のタロイモは腕ぐらい大きかった。川は冷たくて、深くて…。そして朝には露のようなお湿りがあったのよ」「伐採が入って、それがみんななくなったのよ。私たちは毎日、焼けるような暑さの中にいるの。タロイモはとっても小さくなって、ついに今年の干ばつで、ノー・カイカイ(食べ物なし)、ノー・ワラ(水なし)よ」。彼女は画家のマーロン・クエリナドさんの母親だ。マーロンは故郷のベリン村の失われた森を、墨一色で描き続けていて、日本で絵画展を開いたこともある。
 お母さんが見せてくれたタロイモは爪の先ほどしかなかった。また、水がないので、土を掘って出てきたわずかな濁り水を飲み水にしていた。誰もがポリポリと皮膚をかきむしっている。汚れた水が原因の皮膚病だという。
 道路からは広大な谷の伐採跡が見えた。斜面に土砂が流出していた。このゴコール渓谷だけではない。伐採の進む各地で、今回の干ばつを待たずに、飲み水や食糧の不足が日常化していた。今年の大干ばつは、森の喪失の結果として、来るべくして来た大災害に違いないと思った。
 熱帯林を25年以上にわたって伐り続け、丸太にして30秒に1本の木材を使い捨てにしてきたのが、私たち日本人である。干ばつ被害の原因をエルニーニョ現象として一般化するのではなく、私たちの木材消費が引き起こした問題として、責任をとっていかなければならないと思った。

  カリタス・パプアの支援
 現地のカリタス・パプア(パプアニューギニア・カトリック正義・平和・発展委員会/カリタス)は、日頃から村村の末端まで浸透して、住民の自立を支援するカトリック組織だが、カトリックの村村に限らず、必要なすべての人に食糧と水、薬の緊急配布を急いでいる。
 配布にあたっては、住民の共同体で話し合って決められた要請や配布方法を重視する。老人、幼児、病人、夫をなくした女性などは、名前の入ったリストをつくって優先的に配布するといった配慮がなされている。
 カリタス・パプアはあくまで住民の自立更生を目指していて、緊急支援はその手助けに過ぎない。カリタス・パプアへの支援金が政府のルートで使われることは決してない。逆に、政府の食糧分配をカリタス・パプアのネットワークのスタッフが監視することもある。住民が政府の役人による分配を信用していないからだ。
 救援の第一段階は昨年11月から始まり、カリタス・パプアのネットワークを通して、政府による調査で被害が深刻だったカテゴリー4と5の地域に優先的に、食糧と飲み水を中心とする緊急支援を行った。
 第二段階は今年の1月から始まり、オーストラリア国際開発庁(AusAID)による救援プログラムや他の国際援助団体のプログラムの調整を行いながら、カリタス・パプアのネットワークを通じて効率のよい援助を行っている。
 第二段階では、第一段階でもすでに行われていたが、作物の苗や種の緊急配布(サツマイモだけでなく、短期で収穫可能なトウモロコシ、豆、ブロッコリー、キャベツ、カリフラワーなども)を中心に行っている。また、今後雨が降ったとしても、主食のイモ類の収穫までには数ヶ月かかるので、食糧支援は継続する。さらには、下記のような支援を計画している。

飲み水を確保する体制の確立
        -雨水貯水タンクの支給・設置
-5リットル入り水容器の配布
-家庭でできる簡易井戸掘り技術の普及
医療対策・保健衛生指導
自立更生の支援
干ばつによって食糧購入費がかさみ、2月の新 学期に学費を払えなくなった自給自足家庭の
     支援

 今後の課題
長期的な課題としては
  • 自給自足で生活している村々の自立更生の支援
  • 飲み水を確保する自助体制の促進
などがある。
 さらに、カリタス・パプアは根本的な対策として、水源であり大地の滋養の源である「熱帯林を守ろう-“Save Our Trees”」というキャンペーンを行う。具体的には地元の在来樹種の苗木を植林していく計画だ。
 「パプアニューギニア干ばつ・飢餓救援キャンペーン」では、カリタス・パプアと協力して、干ばつ救援に協力している。支援してくださる方は下記の口座に振り込んでくだされば幸いです。
●郵便振替 00110-4-417309
加入者名 PNG救援キャンペーン
  お問い合わせは
パプアニューギニアとソロモン諸島の
森を守る会
辻垣正彦 電話03-3492-4245
清水靖子(メルセス会修道院) 電話03-3314-5398
【1998/2/15】