ミャンマー軍クーデターと尊い国民の犠牲者

ビセンテ レクイェス
ロヒンギャ難民の支援者

  2021年2月1日に、ミャンマーで軍人による殺人的な政権乗っ取りが起こりました。その完全な影響が明らかになるには、今後数年間はかかるでしょう。国は壊滅的な崩壊の崖に向かって進んでいます。その悪影響は、分断された国の政治や経済制度、文化、国民の健康状況に浸透して、社会のすべての側面に及んでいます。私たちの目の前にあるこれらすべての複雑さの中で、その悪影響がまさに今ここで深く感じられる点、つまり国民の犠牲者を見抜くことができます。

  国民の犠牲者は付随的なものであり、武装勢力や利害関係者によっては二次的な被害として却下されますが、実際には、他のすべての被害を測定する上で重要な損害になります。

  恐ろしい統計があります。912人の死者と集団墓地が見つかったことが確認されました。2人の子どもを含む254人のうち65人が、本人不在のまま死刑宣告を受けました。約1,963人が逮捕令状を逃れ、5,269人は現在勾留されています1。7月、コロナウイルスは致命的な感染を引き起こし、4,181人が亡くなり、感染が確認された数は208,357人に上りました2。6月15日には一日の感染確認数は225件でしたが、7月14日には新規感染数が7,083件まで上がりました。2020年12月には、海外に出稼ぎに出ていた約42万人の労働者がミャンマーに戻りました。2021年に新たに解雇された労働者は207,000人に増加し、カヤー州では人口の50%近くが国内避難民で構成されています3。さらに、2020年には約370,020人が避難民になり、2017年8月以降バングラデシュに避難した742,000人以上のロヒンギャがミャンマーに帰還できなくなっています4

  国連開発計画(UNDP)の報告によると、パンデミックと政権の暴力の危機により、2022年初頭には、5,400万人の難民のうち、2,500万人が貧困の状態に陥る可能性があります5。日本と中国が注目を集めている一方で、シンガポールは依然としてミャンマーへのトップ投資主であり、その10億ドルの投資は危険に晒されています。一部のアナリストは、シンガポールがミャンマー国内の軍の銀行預金とその代理人を利用して、軍事政権の立場を活用できると述べています6。タイはシンガポールと中国に次ぐ第3位の有力国です。タイのアマタ経営グループは、ミャンマーで起きている暴力情勢のために2億7,500万米ドルのプロジェクトを停止しました。人命、国民の生活、機会、自由、希望等 の喪失感は長く続いています。
 

  これらの数字は現実的に人間の顔を表しています。それは、ミャンマー人口の3分の1を占める若者の顔です7。Aye Ayeは、国民民主連盟(NLD)の地区公安派出所に逮捕された28歳の青年リーダーです。彼女は3日間拘留され、拷問を受けました。そのため、抗議デモについてもっともらしい虚偽の話を捏造しなければならず、彼女の家族はAye Ayeを釈放するために、警察に賄賂を贈らなければなりませんでした。結局、彼女は姿を消し、今はタイ国境の町で不確実な状態のまま、一人暮らしを送っています。

  Kyaw Kyawは、彼女の家族がクーデターの混乱に巻き込まれたため、義務教育を完了することができませんでした。父親は殺され、一家の資産は軍によって没収されました。Kyaw Kyawは飛行機でタイに渡り、母親も彼女を追ってタイに来られるよう、心配そうに待ち続けています。26歳で高校教育を受けていないため、これからの選択肢は限られており、コロナ検疫を終えた後、工場で働きたいと望んでいます。

  Moeは2016年に、あるNGOでドライバーとして働いていました。2021年、彼は平和的な抗議運動がいかに激しく抑圧されたかを経験した後、国民防衛隊(PDF)に加わりました。MoeがFacebookに投稿した写真には、迷彩服を着て、その小柄な体には不釣り合いなほど長い狙撃銃を持ち、ぎこちないポーズを取った彼の姿が写っていました。

  それから、1988年の学生運動リーダーの一人娘、Naiもいます。27歳のNaiは2019年に、ノーベル平和賞受賞者たちが参加した南アフリカでの平和会議に青年代表として出席しました。彼女は今にも泣きだしそうに身を震わせながら、自分たちの世代がどのように自由のために戦っているかを情熱的に話していました。国際社会の支援は効果が望めず、ミャンマー国軍の勢力は強大かつ残忍です。さらにすべての反対勢力が結集できるだけの基盤はなく、いつまでもまとまれずにいます。それにもかかわらず国民の「春の革命」は戦いを続けなければなりません。彼女は、両親の政治的関りによる苦しみを今は理解していると語りました。私は、彼女の話を国境の町の薄暗い食堂のテーブルの向こう側で聞きながら、自分自身に問いかけました。軍によるクーデターは、ミャンマーの若者に実際は何をもたらしたのだろうか、と。

  今後、数年経ったら、やや遠いが希望に満ちた未来において、形成されたこの世代間の癒しと民族間の繋がりは利益として見なすことができます。しかし、繰り返しになりますが、どのような悲劇的な国民の犠牲で、利益が得られるのでしょうか?つまり、いわゆる「春の革命」は、Naiと他の若者たちに、1988年に親たちが反対運動を誘発したように、自分たちの将来のために戦うよう促しています。今日の若者は、彼らのアイデンティティと運命を形作り、軍事政権の暴力的な手から支配権を奪うことを勇敢に主張しています。どういうわけか、1988年の学生蜂起とZ世代の間の文化的ギャップが埋められています。若者は、統一された文民政府の発展に向けて戦いを繰り広げます。
 

※ 個人の保護のため、記事中の人名はすべて仮名
 

『社会司牧通信』第219号(2021.8.15)掲載

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