コロナ禍での渋谷の野宿者

下川 雅嗣 SJ
渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合(のじれん)

  COVID-19は未だに猛威を振るっていて、私たちの生活に大きな影響を与えている。海外では、COVID-19によって、より貧しい人が被害を受けているとよく言われている。また、ペストなどこれまでの疫病は、社会における格差を縮小してきたが、今回のCOVID-19は格差をより拡大していると言われている(単に疫病の性質ではなく、多くの国々の対策・政策が貧困者を見捨てるものになってきているようにも思える)。本稿では、渋谷の野宿者たちのコロナ禍での状況、及びそれに対する支援団体(主に「のじれん」と「ねる会議」)の活動を紹介することによって、社会的排除の問題が、この期間如何に拡大し、露わになってきているかを記したい。

 
  COVID-19の流行が本格化しはじめた2月最終週以降、渋谷周辺のみならず、東京のほとんどの炊き出し団体が活動を中止した。もともとは、渋谷、新宿、四ツ谷周辺で、私たちが把握しているだけで、教会・宗教団体、民間支援団体によって、毎週のべ約30か所(毎日必ずどこかで)で炊き出し・配食が行われていた。その中心的なもののほとんどが2月末以降、感染リスクを恐れて配食を中止してしまったのだ。結果として、この日本において「飢え」というものに直面せざるを得ない野宿者が出現した。

  一般のイメージとは違い、渋谷周辺のかなり多くの野宿者は働いている。一番多いのは、繁華街でアルミ缶を集め、業者に売るという労働である。また、建設業などでの日雇いや臨時で働いている人もいる。彼らは、炊き出しに依存はしておらず、自分の稼いだ金で食べている。しかしながら、コロナ禍でアルミの買い取り価格は、1kg約110円から一挙に約40円まで落ちこんだ。中国のアルミ輸入が極端に減少したからと言われている。それだけではなく、繁華街でごみ箱に捨てられるアルミ缶自体が激減した。極めつけは、東京都の特別就労対策事業、通称『ダンボール手帳』の仕事出しの停止だった。これは東京都が発注する都立公園の清掃や都有地の草刈りなどの仕事で、現在、主に台東区(山谷)や渋谷・新宿の野宿者が約3000人登録しており、輪番制で仕事が回ってくる。平均して月に4日程度(一日約8000円)、つまり週に一回くらい回ってきていた。ところが、4月の新年度事業がコロナのために停止となった。このダンボール手帳を唯一の現金収入としていた渋谷の野宿者も多く(私の感覚的には渋谷周辺の野宿者の3割程度)、しかも前述したように炊き出しが次々になくなり、まさに「飢え」が現実的なものになったのである。私たちは、東京都に対して休業補償を要求したが、補償措置は拒否された。国は、雇用調整助成金制度やコロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金で多くの労働者に休業補償を実施したが、野宿者たちは、都からも国からも見捨てられたのである。

  「のじれん」では、20年以上、毎週土曜日だけ共同炊事(炊き出し)をやっていた。しかし、4月8日の政府の緊急事態宣言後、共同炊事の場で、数日間何も食べられない人がいるなどの話が多く、急遽、4月21日から、毎週火曜と木曜の平日緊急炊き出しを始めることにした。つまり「のじれん」として、火曜、木曜、土曜の週3回炊き出しをやったのである。4月21日は115人、その後、回を重ねるごとに集まる数は増え、ゴールデンウイーク明けには159人、172人、185人と増えていった。緊急事態宣言解除の5月25日以降も180人前後が続いた。もちろん、感染リスクをさけるため、様々な工夫(例えば、公園でパック飯を受け取ったらその場で食べずに持ち帰ってもらって各自で食べる、配食時間に密集しないように時間帯を長くする、作る人たちは密にならないようにしたうえでマスクと消毒を念入りにする、電車に乗らないと来られない支援者は来ない、新しいボランティアは受け入れない、など)を試行錯誤でやった。

  様相が変わってきたのは、6月8日、前述した東京都の特別就労対策事業(ダンボール手帳)の仕事が再開されたあたりからである。これによって、かなりの野宿者が炊き出しに頼らなくても自分の稼ぎで食事をとることができるようになった。さらに、その頃から徐々に他の教会等の炊き出しが再開された。これらの変化を受け、また平日炊き出しを中心に担ってくれた支援や野宿者の方々の疲弊も著しかったので、「のじれん」は6月11日(木)をもって平日緊急炊き出しを終了した。平日16回で2851食を作ったとのことである。

 
  もう一つ記したいのは、特別定額給付金(10万円給付)の問題である。ご存知のように、首相が「すべての国民に10万円支給する」と明言し、総務大臣も「日本国内に住むすべての住民に」と発言した。このニュースや噂は、渋谷の野宿者たちの中にも伝わり、彼らの中には、ホームレスでも給付金をもらえるかもしれない、と期待をもった人もいた。私たちも、首相や大臣が明言しているからには、何とかなるかもしれないと思い、野宿者たちに知らせた。しかし、実際に一緒に給付金申請行動を行ったところ、一緒に行ったある人は住民票が残っていて給付されるが、ある人は住民票がどこにもなくだめだと言われ、明暗わかれることが続出した。もともと、野宿者は「社会から切り捨てられた」と感じている人も多いのだが、すべての人に給付すると謳われている給付金が受け取れないということは、そのことを野宿者に再確認させ、「自分は人ではないんだ」と呟く人までいた。このようなバラマキ給付金がなければそこまでショックを受けることもなかったのにと思う。これは、総務省が、住民基本台帳(すなわち住民票)をもとに給付すると決めたからである。多くの野宿者は住民票がないし、場合によっては住民票が取れない、取りたくない人も多い。

  私たちは、「住民票のない野宿者にも給付金を」という署名運動を行い、国会議員へのロビーイング、総務省との直接交渉などを6月から8月にかけて行った。その過程での私の驚きは、総務省の役人も国会議員も、なぜ野宿者に住民票がないのか、野宿者が住民登録するのが至難の業で、したくてもできない場合が多くあることを理解していないということだった。もしかしたら、本稿の読者にもその辺のところが曖昧な方がおられるかもしれないので、少しご説明したい。

  年配の野宿者には建設労働者として飯場を転々としてきた人も多く、その過程で、住民票が消除され、住民票とは無縁の生活をしていた人も多い。また、例えばDVを受けたりなどで家を離れた人は、家族・親類に知られたくないから住民票を取ろうとしない。借金取りが怖くて住民登録ができない人もいる。公園等を寝場所にしている人たちは、実際に寝ている公園で住民登録したくても、役所は認めてくれない。ネットカフェで寝泊まりしている人も、今回の総務省の通知にはネットカフェで住民登録してよいと書いてあるにも関わらず、現実的には東京のネットカフェで住民登録のできるところは一か所もなかった。そして驚くべきは、生活保護を申請したとしても、その多くは住民登録ができていないのである。つまり、生活保護を申請した場合、本来の法律の規定とは異なり、無料低額宿泊施設(所謂「貧困ビジネス」の施設)での生活を強いられることが多い。総務省の通知では、ここに住民登録してよいと書いてあるが、例えば渋谷区で生活保護を取る際、渋谷区が利用する無料低額宿泊施設で、住民票を設定できる施設はたった一つしかなかった。ネットカフェも無料低額宿泊施設も民間業者なので、その事業者がOKしない限り住民票は設定できないからである。もちろん、野宿者の中には、これまで役所で差別され蔑まれる経験をし、また役所によって公園や路上などの元の寝場所から追い出された人たちも多く、役所に行くこと自体がトラウマになっている人も多数いるのは言うまでもない。

  私たちは、総務省に対して、住民票によらず、かつ二重給付を防げる「戸籍附票を使用した代替のスキーム」をきちんと提示して交渉を持った。しかし、総務省は住民票をもとにした給付方法を変えようとはしなかった。その交渉の場に私もいたが、最後、「すべての住民に給付するのは嘘なのか」「野宿者を切り捨てるつもりなのか」という私の質問に対しては、「どこかで線を引くことは必要だと考えている」との答えだった。つまり、コロナ禍で、仕事や炊き出しがなくなり、生死の危険にさえ直面した住民票のない野宿者たちは「切り捨てられた」わけである。残念ながら、私たちの炊き出しに来ていた野宿者のうち約8割は、10万円を受け取ることができなかったように思う。

 
  これらの出来事は、もともと日本社会にあった格差、差別、排除が顕在化したに過ぎない。コロナ後かウィズコロナかわからないが、元の状態に戻るのでも、今の状態を続けるのでもなく、野宿者、排除された人々が、一人の尊厳のある人間としてより大切にされる社会につくり直していくように、私たちは呼びかけられているのではないか。

 

『社会司牧通信』第214号(2020.10.15)掲載

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