小教区での周縁化された人たちへの支援について考える

~聖イグナチオ教会のシェルター・あしたのいえ設置にかかわる経験から~

吉羽 弘明 SJ
聖イグナチオ教会 あしたのいえプロジェクト

1. シェルター設置の背景と経緯
  聖イグナチオ教会のシェルタープロジェクトの運営が2020年5月に正式にスタートした。シェルター(場所は非公表。現在は外部の登録団体からの入居に限定。教会事務室・司祭経由の受付はない)には「あしたのいえ」という名が与えられ、主に生活困窮者が入居する。「あした」に向かって「充電」し、自分のしたい「あした」を見出し歩むため、とのおもいを込めた。

  聖イグナチオ教会での生活困窮者支援グループには、野宿者へのアウトリーチや福祉の同行などを行っている「四ツ谷おにぎり仲間」、そして月曜の午前中行っている炊き出し「カレーの会」がある。また2009年からは「聖イグナチオ生活相談室」が福祉の生活相談、訪問・生活支援、交流、情報提供などの活動を行ってきた。

  生活相談室については私の海外渡航のために活動を維持できなくなり2016年に閉室したが、約1年後に帰国したところ、かかわりのあった元相談者がホームレス状態になっていた。幸いにして居所を確保することができたが、この方は不安定な施設と路上との行き来をしており、アパート移行まで一時的に入居可能な安定した居所の重要性を改めて認識した。

  また、以前教会のカレーの会にボランティアにいらしていた故大森淑子さんが生活困窮者支援を目的に寄託された「マリアテレジア基金」のさらなる有効利用の機運が高まり、そこでクローズアップされてきたのがシェルタープロジェクトだった。

  主任司祭の承諾のもと2019年初めより、以前他のシェルター運営にかかわってきた方、地域保健福祉に従事される方などとともにプランを練ってきた。国内外の視察などを経て、2019年度には「基金」を管理する基金運営委員会、信徒代表と司祭団の評議機関である宣教司牧評議会に活動を承認され、物件やスタッフの確保を経てシェルター運営が始まった。

  「あしたのいえ」は、原因を問わず生活に困窮している人を対象に宿所の提供を行う。「このプロジェクトを通して、ひとりひとりにある賜物が差別・排除によってないがしろにされることなく、ひとりひとりが生かされる社会を作り出すことを目指す」という理念に基づき、次の4つの運営方針を採っている : 入居者の ①「安全を守る」、②「尊厳を守る」、③「意思表明の自由を守る」、④「将来に関する希望の実現を守る」。

 

2. 企画からアクションへ① 活動の特質性、カトリック教会の役割
  先に示したように、どのようなシェルターを目指すのかを模索するプロセスで行ったことの一つが、国内外の視察であった。小教区と福祉との連携、シェルターの形態のほか、シェルター運営の理念について知るため、日本の民間団体によるシェルター数か所を訪れ、また外国の状況も理解しようとして2つの都市とそこにある団体を訪問した。訪問先は多数ですべてを述べることもできないため、本稿ではいくつかの団体について取り上げた上で、ここから見出せる特徴と、それらがどのようにシェルタープロジェクトに影響したのかを述べる。

  まずは、カトリック教会や各種団体が積極的に社会活動に参与するカナダのトロント市での視察についてである。トロントでの訪問から私自身が理解したことは、教会が社会にある不正義に活動によって関与しようとし、また問題への即応性と活動の柔軟性を重視する点である。
 

◆トロントでの経験(1) カトリック・小教会の役割認識と連携体制
  トロント市内には、東京の聖イグナチオ教会のようにイエズス会に委託されている小教区がある。Our Lady of Lourdes Church(ルルドの聖母教会)がそれで、職員にはアウトリーチコーディネーター(種々の福祉的活動を統括するスタッフ)もいる。

  お話によれば、トロント市内には多数のカトリック教会があるが、その8割ほどはフードバンク、スープキッチン<炊き出し>、移住者へのサービスなど、何らかのソーシャルサービス(社会福祉的な活動)を実施しているという。ボランティアが重要な役割を担っているが、その確保には全く困っておらず、それどころか希望者が多すぎて十分に仕事がないと語る。

  この教会は大きな公営住宅群のすぐ横にあり、そのため教会には経済的にゆとりのない世帯も少なくない。その公営住宅の一室でフードバンクを運営し、毎週水曜と木曜(当時)に食料を提供している。特筆すべきはネットワーキングで、この教会の周辺にはキリスト教の諸教会や他の宗教の施設、ソーシャルサービスの団体によるフードバンクがあるが、情報を共有している。このフードバンクでは週1回しか食料を受け取れないが、他日は同じネットワークの教会等で食料を受け取ることができる。すべてのゲストは登録されているが、その人の家族の情報や公的扶助の利用状況などもデータベースに収録されている。

 

  冬期のトロントは非常に寒いため、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの諸宗教が共同してそれぞれの教会、シナゴーグ、モスクなどでホームレス状態の人たちなどに食事や寝る場所を提供するOut of the Coldが実施され、この費用の一部は政府によって支出されている。訪問したHoly Rosary Church(聖なるロザリオ教会)では、ホールで食事の提供を行い、また食事を待つ人たちが壁際で眠り、中央には絵を描く道具が置かれ、実際筆を手に取っている人がいた。文化的な環境を保障することも重要であると認識した。
 

◆トロントでの経験(2) 先取性、即応性と柔軟性
  トロントでは政府の資金によって多くのソーシャルサービスセクターが活動を行っている。そのセクターにはカトリック教会・修道会が元となった団体も多数含まれる。

  現地で活躍されている日本人ソーシャルワーカーの二木泉さんによれば、カナダでは精神科病院が廃止されて地域移行が始まった1970年代にホームレス状態の人が増加し、ソーシャルサービスの団体もそれに伴い増えたという。それらの団体の特徴を総括的に述べるとするなら、日本に比べて社会問題を先取しようとし、柔軟に対応している点である。

  課題への取り組みのフットワークは軽く、それは支援の方法にもあらわれる。二木さんは、カナダでのハームリダクションについて紹介してくださった。ハームリダクションとは、例えば薬物依存の人の薬物使用を一義的に禁止したり取り締まったりするのではなく、安心して薬物を利用できる環境を提供することでより高いリスク―注射器の使いまわしなど―を避けようとするものである。保健所では新しい注射器を提供し、薬物使用による急変に対応できるよう24時間サービスを提供している。より効果がある手法であるとわかれば、すぐにそれを利用する。

  他の先取性、柔軟性の例として、ホームレス状態の若者を支援するCovenant House(カトリック系)の活動があげられる。団体は街頭に出ていって、該当する人に声をかけている。このシェルターに入所する若者のほとんどが、Sex Trafficking(性的搾取)、すなわち性虐待や性産業に関与する形で人身売買(日本政府は「人身取引」と表現)の対象となっていたと説明を受けた。街で、どのように声をかける人が危険であるのかを書いたチラシを渡し、またシェルターを利用できるように情報を提供する。人身売買は先進国でも問題になっている。性的搾取、強制労働、児童労働、臓器売買などが典型例であるとされるが、こうした課題の最前線で問題に取り組む。

  ここでは、パストラルミニストリー担当の職員が入居者の霊的同伴を行っている。入所している若者たちの多くがメンタルにダメージを受けている。生きている意味、どうして自分がこんなひどい仕打ちを受けるのか、といった苦しさを感じている人も多いという。このトラウマに対応しない限り、「就労を」といくら言っても困難がある。このため、祈りの場、霊的傾聴、トラウマヨガ、さらにはムエタイや柔術なども行っていて、祈りのための場所、体育館などもある。こうしたサービスのバラエティは、人員と財政の厚さに依っている。
 

3. 企画からアクションへ② 気づいていなかった自分の価値観との出会い
  もう一つ、シェルターのあり方を決める上で大きな影響を与えたものが、2019年7月の韓国視察であった。以前から10代女性の困難にかかわっている団体と小さな連携をしてきたが、この団体から韓国にある団体との交流に誘われて参加することにした。

  若者を対象とした交流先のシェルターでは、入居者がその役割などをすべて決めている。もともとは路上の子どもたちを教会に泊めたところからスタートしているこの団体は、既存の規制が多いシェルターとは異なるものを目指している。規則はなく、先に示したように、シェルター内の役割は面倒でも入居者自らが決めている。「誰でも過ごしたい家で住んでいく権利」「あれこれやってみたい家」「足が伸ばせる家」が自分たちの住みたい家であるということの自認がこの家のあり方を決定づけている。1で示した私たちの「理念」は、これに影響されている。

  当地では若者を対象としたバスカフェ(繁華街にバスを出し、テントを設営して食料、物品などを提供し、また必要に応じて相談を受けるもの)で若者とコミュニケーションを取り、またバスカフェに誘うために繁華街を歩いて若い人たちに声をかけ、彼らが搾取されることを避けようとしている。バスカフェはソウル市から南下した市の駅前で行われているのだが、その裏手には性風俗産業の拠点があって、透明なガラス戸の向こうにはきわどい服装をして椅子に座る女性たちが、「見世物」にさせられている。そこを在留米兵たちなどがうろついている。その街を巡回し、バスカフェで交流した後、午後11時ごろからシェアリングが行われた。多くの人たちがその光景にショックを受けているとのコメントを述べていたが、東京から出席した、私に声をかけてくださった団体の代表がこう述べた。「日本でも同じ光景があるのに、どうしてここに来てことさらそのことを述べるのか。どうして日本でそれを言わないのか」。

  帰りの車の中、その代表の隣に座って話をし、日本で電車に乗っている時に男性から人格を毀損する行為をされる体験を聞かせてもらった。その他の参加者も、私と同世代の中年男性から罵倒される体験をし、それで傷ついていると話してくれた。別の同行者からはポルノ被害などの性的搾取のむごたらしい状況を聞き、あまりのひどさに動悸を感じた。

  その時私は、自分はこれまでマイノリティの側にいる人間だと勝手に思っていたのだが、決してそうではなく、この社会の「中心」にいて、確実に抑圧をしている存在なのだと気づかされた。自分がそのようなことをしているか否かにかかわらず、「中年男性」であるということ自体がすでに人を抑圧するものであって、その気づきは正直ショックだった。個人的にはこうした構造を理解した上で、シェルターを運営したいと考えた。
 

4. 問題の俯瞰から課題を展望する
  読者は聖イグナチオ教会のシェルターがどのようなもので、利用申込方法について知りたかったのかもしれない。だが、残念なことに私にとってそれらは大きな関心事ではない。むしろ、シェルターという「普通でない場」を設定し、そこで生活しなければならない人がいることの方を問題にしないとならないのではないか。誰も、わざわざシェルターに住みたい人などいない。そういう観点から、シェルターなど存在しない方がよい。

  私個人としては、こういう場にやむを得ず来る人のことを考えると、せめてシェルターに滞在する時には息をつけるようにしたいと考える。その人の希望、尊厳を踏みにじる規則や制限が多いシェルターではなく、むしろひと時のやすらぎになるものを目指したいという目標を改めて持つようになった。その際に、社会によって周縁化させられている人がいるという視点を忘れず、それを運営に生かしたいと考えた。

  施設の整備は、生活者としてはあまりスタンダードを生きていない私の感覚を信頼せず、スタッフたち(女性)にほとんどを任せた。カーテンを買う際、ニトリで黄色いカーテンを手に取って「これ、いいね」と述べるスタッフの2人に何かを言おうとして、止めた。自分(たち)の「当たり前」「常識」が人を支配し、お仕着せにしていることを示す典型的なエピソードであると感じられ、そこから離れるべきだと考えたからだ。スタッフの一人はこう述べる。

  あしたのいえの活動を始めるにあたって、利用者が安心して住むことのできる「住環境」作りがとても重要であると思った。例えば、利用者がよりよく過ごせるように、家具家電を揃える際に価格を基準に選ぶのではなく、「利用者が使いやすいのは、どの製品だろうか」といくつもの店舗やサイトを見て検討を重ね購入した。部屋の雰囲気に合う系統色の家電、カーテンやタオルなどは気持ちがネガティブにならないように明るい色の選択などの配色、また、部屋に帰ってきた際にくつろぎやすいように家具家電の配置にもこだわった。

  運用が始まった現在、私たちの社会はCOVID-19を端緒とした生活問題に悩まされている。当然のことながら、このアクションが始まった2019年初頭に今のような社会状況、すなわち感染症の拡大によって生活に困難が生じる人が増加して、生活困窮が広がっていくことは予想することができなかった。

  しかしよく考えてみると、この時と今とでは課題は大きく異なるのか。2013年に亡くなった大学時代の恩師は在学中、よく「歴史の連続性と非連続性」ということばを語っていた。物事の表層がドラスティックに変わっても、以前の構造は残される。COVID-19は確かに新しいトピックだが、そこから生じる社会問題、例えば現在生活困窮にある人たちの置かれてきた土台は、実は1年半前も今もほとんど同じで、これらはとりたてて大きく変化させられた今日的な課題であるわけでもない。なんとか生活してきた、薄氷の上の人たちが多かったことを図らずも知ることになった。

  今を生きる私たちが、社会にあるさまざまな課題にどういうまなざしを与えてきただろうか。みんなが「普通に」取っている行動だから、みんなが「普通に」とらえている価値観だからとして、無批判にこれらを取り入れてこなかったか。何を重視して行動してきたか。シェルター提供をきっかけにそうしたことを振り返り、場の提供だけでなく、他者への貢献を通して社会を変革していくのだという視点を持ちたいと考えている。

 

  あしたのいえプロジェクトのシェルターは、前述の基金のほか、みなさんのご寄付によって運営されています。

☆寄付金振込先口座☆

郵便振替口座
《番号》 00110-4-252741
《加入者名》 聖イグナチオ教会

必ず通信欄には、
「援助・福祉献金(あしたのいえプロジェクト)」
とお書きください。

 

社会司牧通信第213号(2020.8.15)掲載

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