ニコラス神父と暮らして

安藤 勇 SJ
イエズス会社会司牧センタースタッフ

  イエズス会日本管区では、私がしばらくの間ニコラスさんと同じアパートを共有して暮らしていたことがよく知られているから、彼について記事を書くよう頼まれたのだろうと思います。

  1998年のある日、管区長館から電話がかかってきて、ニコラス神父の声が聞こえてきました。私が住んでいるところに場所が空いていれば、一緒に暮らしたいという願いでした。

  実は当時、関東地方に居たイエズス会員の中では、私の生き方のスタイルは「標準的」ではなかったと思われていました。確かに、社会使徒職に関わりがあるということもありました。また、ニコラスさんはイエズス会管区長であり、後に彼は総長になりました。とにかく、なんで管区長は足立区の庶民的なアパート暮らしを望んだのでしょうか。きっと、わからなかった人が多かったでしょう。

  一緒に暮らすにあたり、最初に双方で、一つの約束をしていました。「お互いの仕事に口を出さない」ということでした。もちろん例外もありました。その一つは、大阪の釜ヶ崎にあった「旅路の里」――当時イエズス会員不在――の行方についてでした。これからどうすればよいのか、良い解決のための計画を立てる必要がありました。私は時々大阪まで出向いて、大阪教区と交渉した結果、教区が「旅路の里」を受け入れる可能性があるとの報告をまとめました。もちろん、最終的にはニコラス管区長と池長大司教の決断によるものでした。しかしその後、新しい管区長が任命されて、計画は突然逆転されました。「旅路の里」はイエズス会のもとに残った訳です。

  もう一つのエピソードを思い出します。アパートを借りると、2年ごとに契約が更新になります。当時借りていたアパートは安かった反面、条件が悪くて、時々引っ越していました。ニコラスさんが一緒に暮らし始めて、一年経たないうちに引越ししなければなりませんでした。そして、時間が空いた時には何ヵ所かの不動産屋を訪ね、一ヵ月ぐらい経って、やっと良さそうなところを見つけました。ところが、借りる時に、2人の保証人を立てる必要がありました。ニコラスさんは、管区本部が保証人になるから何も心配要りませんと言いましたが、不動産屋は断って、入居を認めませんでした。結局、地元で小さな店を持っていた私の知り合い2人が保証人になって、アパートを借りることができました。「地元主義」か。


 

  管区長任期が終了すると、ニコラスさんは移民の司牧を選び、東京教区がつくっていた移民センター(CTIC:カトリック東京国際センター)を中心に、新しい仕事を始めました。
 

  そして、ローマのイエズス会本部に居住していたニコラス総長は、2016年1月14日、イエズス会難民サービス(JRS)の主催で行われた特別な祈りの行事のためにジェズ教会に集まっていた多くの難民の体験談と苦しい叫びを聞いて、参加者の前で思いつくままに次のようにコメントしました。

  「30年以上日本に住み、4年間東京の移民センターで働いていました。当時、センターを訪れるほとんどの移民たちは滞在許可が切れていたことを知っていますから、今、自分が体験したことを皆さんに話せます。その環境の中で働いていたので、自信をもってはっきりと言えることは、人間の移動、つまり移民たちによって、彼ら/彼女らを受け入れた国はたくさんの利益を獲得しています。困難と無理解にもかかわらずです。

  事実上、移民・難民を通じてそれぞれ違った文明の交流が活発になります。私たちが知っている人間社会はそういう風にできています。新しい文化が加わるというだけでなく、その交流によって、実際の社会変化が起こってきました。人間の歴史はこれを教えています。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、すべての大宗教の全世界への広がりの出来事を調べてみればわかるように、自国を後にした移民が世界の方々へ移動することによって、宗教の広がりの実現が可能になりました。

  移民たちが私たちにこの人間社会を『与えて』くれたことに感謝すべきだと感じます。彼ら/彼女らがいなければ、私たちは限界や偏見の中に、自分たちだけの文化に閉じこもってしまいます。国家が小さな狭い視野に囲まれてしまう危険がいつもあります。ところが移民・難民の存在により、私たちの心は広くなれるし、各国の人々も活発に新しい可能性に挑戦することができるようになります。」


 

ニコラス神父の祈り

主イエスよ、
私たちのどんな弱さを見て、
それでも、あなたのミッションに協働するよう呼ばれたのですか?
あなたが、招いてくださったことに感謝を捧げます。
世の終わりまでともにいてくださる約束をどうか忘れないでください。
しばしば、私たちは、あなたがともにいてくださることを忘れ、
無駄に力を費やしたと落ち込むことがあります。
どうか、私たちの人生となすべきことにあって、
今日も、明日も、そして、来たる未来も、あなたの存在を感じさせてください。
あなたに仕えるために差し出した私たちの人生をあなたの愛で満たしてください。
「自分たちのこと」だけにとらわれ、「自分のもの」に執着してしまう、
共感と喜びに欠けた利己主義を私たちから取り去ってください。
私たちの知性とこころを照らし、私たちの思い描いたように、
ことが進まないときでも笑顔でいられますように。
1日の終わりに、毎日の締めくくりに、あなたとの絆を思い起こさせ、
日常の中に大いなる喜びと希望を見いだすことができるようお助けください。
私たちは、弱く、罪深いものですが、あなたの友なのです。
アーメン

アドルフォ・ニコラス神父 SJ
イエズス会総長(2008~2016)
2020年5月20日帰天

社会司牧通信第213号(2020.8.15)掲載

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