Promotio Iustitiae125号『リーダーシップと統治:和解と再創造への呼びかけ』

梶山 義夫 SJ
イエズス会社会司牧センター所長

  Promotio Iustitiae(正義の促進)の125号(2018年1月)が発刊した。『リーダーシップと統治 : 和解と再創造への呼びかけ』である。14論文中のいくつかを選んで、その要約ではなく、各論文を読んで筆者にとって役立った内容に触れることにする。《略》と記した論文に関しては、タイトルと著者の紹介に留めた。原文を読む一助となれば幸いである。なお、原文(全文)は、http://www.sjweb.info/sjs/PJ/からダウンロードできる。

『イエズス会における預言者としてのリーダーシップと統治の神学』
Pavulraj Michael SJ グレゴリアン大学、ローマ)
《略》

『イグナチオ的リーダーシップの特徴 : 実りをもたらすオリエンテーション』
Sarah Broscombe (コーディネーター、イグナチオ的リーダーシッププログラム、ヨークシャー、イギリス)
  『霊操』は基本的に神との友情を育むためのものであり、その友情はリーダーシップの源泉である。また『霊操』の二つの旗の黙想が求める、イエスのように貧しさ、はずかしめ、謙遜を受け入れる生き方は、リーダーの生き方でもある。
  リバデネイラ『イグナチオの統治のしかた』(邦訳 : 新世社)「権威は隣人を助け、隣人に役立つために必要なので、持っていることは必要ですが、世の味がし、においがするような方法で手に入れるものではなく、かえって世を蔑み、真の謙遜さによって獲得するようなものでなければなりません」(5:10)。
  リーダーシップのためのオリエンテーションは、誠実な生き方、神との友情、自由、謙遜であり、その実りは、魂を助けること、広い心、識別された愛、実践的な英知、変化に対応する姿勢、慰めである。

『イエスのスタイルのリーダーシップ』
Carlos Rafael Cabarrus Pellecer SJ (統合された養成のためのイグナチオ的運動 : MIFI、グアテマラ)
  リーダーは、パイオニアでなければならない。
  思いやり、協力関係の構築に優れていること、根源に立ち返ること、先入観、執着、恐れから自由であること、富、権力、個人的利益を拒否することが求められる。
  不正などによって共通善が損なわれた場合、怒りを覚え、戦う。
  信仰がなくても、イエスの生き方――神をいつくしみの父として示す。現状に対して、神の国を現実に可能な在り方として示す。聖霊による癒しとゆるし、人々と交わる喜びに生きる。神の国のための使命を受け継ぐ人を養成する。人々を抑圧する悪と戦う。十字架を担う――に招かれていると感じる。
  本会の事業体においては、チームを形成し、強化すること、その活動だけではなく、その質を常に振り返り、評価すること、「神のより大いなる栄光のために」とは、現に生きている人間が活動の基準となること、人間と自然の権利に関する教育がなされること、文明や社会を変容させることに貢献することが重要である。
  リーダーシップは、社会を変容させるためのものである。

『今日のイグナチオ的精神による統治』
Sandie Cornish (博士、カトリック社会教説専門家、オーストラリア)
  神との和解のために、識別が重要である。その識別は、統治にかかわるすべての人の責任である。統治にかかわる非会員も識別のための養成が与えられ、また実際に識別の過程に参加すべきである。
  他者との和解のために、貧しい人々を優先とすることは、貧しく謙遜なイエスに従おうとする望み、そしてラ・ストルタのヴィジョン――イグナチオは1537年、ローマ近郊のラ・ストルタにある小聖堂で、御父と十字架を担うイエスを見た。そして御父が御子のそばに自らを置いたことを悟った――に根差していて、イグナチオ的統治の中心課題である。
  創造との和解のために、投資に対する倫理的基準も必要である。節約、再利用、という観点から、組織のシステムを再検討する。「被造物の一つひとつを思い浮かべながら、それらが私を生きながらえさせ、私の命を守り続けたことに心を打たれて、感動のこもった感嘆の声をあげる」(『霊操』60)。
  協働とネットワーキングの根底には、イグナチオとその同志たちが自らの関係を主における友と考えたことがある。

『イエズス会の諸活動におけるリーダーシップ』
David Fernandez SJ イベロアメリカ大学、メキシコ)
《略》

『使徒職のプランニングにおける協働、ネットワーキング、識別の在り方』
Sandra Chaoul イグナチオ的リーダーシッププロジェクト、ヨーロッパ)
《略》

『イエズス会社会使徒職の諸活動におけるリーダーシップ』
Elizabeth Garant (正義と信仰センターおよびジャーナル『Relations』総所長、カナダ)
《略》

『イグナチオ的リーダーシップにおける養成の十年』
Jose M. Guibert SJデウスト大学学長、ビルバオ、スペイン)
《略》

『ミッションの奉仕のための統治 : 地域上級長上協議会の役割』
Mark Raper SJ (ミャンマー地区長、ヤンゴン)
《略》

『アメリカ合衆国上級長上協議会のコンテキストにおけるリーダーシップのチャレンジと可能性』
David McCallum SJル・モインカレッジ副学長、シラキュース、ニューヨーク)
《略》

『リーダーシップと統治 : 持続可能で、安定し、豊かな社会のための類型論と課題』
Paulin Manwelo SJ (哲学教授、キンシャサ、コンゴ民主共和国)
《略》

『今日のコンテキストにおける統治とリーダーシップ』
Stany Pinto SJ & Erwin Lazrado SJ (JESA : Jesuits in Social Actionメンバー、グジャラート、インド)
  南アジアの課題としては、貧困、民族、宗派、基礎学力、階級、カーストなどが挙げられる。またインドでは近年、ヒンズー・ナショナリズム組織によって支援される右翼原理主義政府がインド憲法にのっとらない政策をとっている問題があり、少数者の人権が危険な状態にある。
  政府の最近の政策に対して、多くの教会グループは貧しい人々や周縁に追いやられた人々の側に立つよりも、身を守るために政府と提携する。JESAは信仰の奉仕と正義の促進を実行する先鋒であるが、社会活動に従事していた人が、チャレンジの少ない使徒職やチャリティのためのプロジェクトに移る場合もある。私たちにとっては、人々を抑圧する不正な社会構造の変革にチャレンジしている人々やチャレンジできる善意の人々との提携を構築する時である。
  JESAの問題点としては、個人的スタイルや組織中心のスタイルに慣れすぎていること、物質主義的・世俗的生活形態が若い会員に入り、社会使徒職に関心を持たなくなる傾向にあること、諸センター間の共同活動が少なく、十分な結果をもたらさないことなどである。
  抑圧された人々の叫びに耳を傾けなければならない。その叫びが、私たちにとってチャレンジである。
  周縁に追いやられた人、貧しい人、傷つけられた人、ダリット(旧不可触民)、アディヴァシ(インド先住民)、女性、こども、非正規雇用者、マイノリティ、移住を強いられた人、移民に対するエンパワーメントを様々なレベルでネットワーキングしながら、促進することが重要な使命である。
  PEOPLESJ (People’s Leadership for Equity, Solidarity and Justice)の養成プログラムは、貧しい人々や周縁に追いやられた人々の村やスラムの中でのリーダー養成やネットワーキングの強化、女性の社会参加の促進などのためのプログラムである。このプログラムのプロセスで重要なことは、貧しい人々や周縁に追いやられた人々が中心であること、リサーチが基本であること、組織そのものが目的ではなく、人々を中心とする組織を形成すること、協働、評価、効果をもたらすチーム形成が強調されなければならない。

『教会とイエズス会において、社会正義とエコロジーを促進するリーダーシップと統治のためのチャレンジ』
Ludovic Lado SJ ジョージタウン大学イエズス会客員教員、ワシントンDC)
  組織としての教会の信用度は、性的虐待によって著しく損なわれた。性的虐待とその問題への対処を誤ったことの根底には、聖職者主義がある。
  教会が社会の中にあるという根源的在り方については『霊操』102の受肉の観想、教会の統治の在り方についてはマルコ10:42~45が示している。
  教会ヒエラルキーが富と権力を得ようとする誘惑に陥り、救済のミッションを見失うと、教会自体が自己目的となり、さまざまなアビューズが起こる。
  協働性(collegiality)の原理は、教皇・司教のレベルだけではなく、信徒を含めた参加型の統治であり、この統治が必要である。
  聖職者主義が強すぎる教会で、信徒に対するエンパワーメントを行い、統治に関する諸規定を改革して、聖職者権力を制御する構造を構築しなければならない。
  教会が社会に貢献しようとするならば、まず教会の中で、和解、正義、平和の奉仕が始められなければならない。司教は率先して生活と行動面で良い模範とならなければならない。

『社会正義とエコロジーを促進するリーダーシップと統治のためのチャレンジと障害』
Yolanda Gonzalez Cerdeira (ERIC-Radio Progresso、ホンジュラス)
  貧しい人々や排除された人々の現実に根差して、正義とエコロジーを促進させるためのリーダーシップと統治の在り方が必要である。このことを阻止する誘惑は、彼らの現実から遊離した快適な生活、時のしるしに目を閉じて、教会で指導的立場を保つこと、大きな組織を守ろうとすること、官僚主義などである。
  正義の促進は、周縁に追いやられた人々や排除された人々の地域のプロジェクトだけの課題ではない。このチャレンジは本会全体で受け止めるべきである。
  本会のすべての活動、大学、学校において、正義とエコロジーを促進させる方策、また養成課程に貧しい人々との出会いを優先させる方策が必要である。
  政治的な事柄にかかわろうとしない恐れが、ミッションを阻んでいる。
  家父長的要素を持つ本会の統治の改善は、女性に耳を傾けることを始めなければならない。個人主義的な要素や上意下達的要素の改善のためには、本会と会員が持つ感受性と思考の在り方を変容させなければならない。

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