わすれない ふくしま

古泉 肇
六甲学院中学校・高等学校校長

  私はイエズス会が経営する、神戸にある六甲学院中学校・高等学校で教員をしています。原発事故による全村避難が続く福島県飯舘村(2017年2月現在)とそこから避難した家族を描いたドキュメンタリー映画「わすれない ふくしま」(監督:四ノ宮浩)の制作に、プロデューサーとして協力しました。

  私たちはこれまで長く、核の平和利用という考え方で原発を容認してきましたが、私はこの考え方に疑問を抱いています。

  九州にある玄海原発の反対運動に関わっておられる一人のクリスチャンの方から、日本のカトリック教会が反原発運動にあまり積極的でない一つの背景として、バチカンが、核の平和利用としての原発という考え方から充分に脱却できていないことがあるとお聞きしました。そこで私は、原発事故の被害者の苦しみをバチカン当局に少しでも知ってほしいとの思いから、この映画をフランシスコ教皇様に献上したいとずっと考えてきました。

四ノ宮監督の想いと亡き母の想い
  私が映画「わすれない ふくしま」の制作に協力しようと考えた理由は二つあります。一つ目は、四ノ宮浩監督の映画作成にかける想いに共感したからです。

  四ノ宮監督とは、以前監督が制作したフィリピンのゴミ捨て場で暮らす子供らを描いたドキュメンタリー映画を、学内で上映したことをきっかけに知り合いました。東日本大震災発生直後、仙台市出身ということもあって、監督は急遽被災地に入り撮影に入りました。そして、その時私は四ノ宮監督から、震災をテーマにドキュメンタリー映画を制作したいので協力してもらえないかと頼まれました。地震直後の被災地にいち早く入り、きちんとした機材で映像を撮ることがいかに大切かを語る監督の熱い想いに共感した私は、映画制作に協力することにしたのです。

  後日分かったことですが、地震直後、四ノ宮監督のように被災地に入って撮影を始めた映画監督は他にもいました。けれどもその人たちの多くは、企業のスポンサーが、原発事故による被災者の映像を撮ろうとすると急に降板してしまい、資金不足により撮影を断念せざるを得なかったそうです。そのため東日本大震災のドキュメンタリー映画は、個人のホームビデオで撮影された映像による作品がほとんどになってしまったとのことでした。

  理由の二つ目は、東日本大震災の少し前に亡くなった私の母への想いからです。私の母は1938年の阪神大水害、1945年の神戸大空襲、そして1995年の阪神・淡路大震災という神戸を襲った3つの災害をすべて経験しました。水害のときには山津波による土石流で市街地が土砂に埋もれ、たくさんの人が亡くなりました。空襲では焼夷弾によって神戸の町は火の海と化し、15万人の死傷者を出しました。地震のときは住んでいた家が半壊し、ガス、水道、電気がないという生活が長く続き、被災地外との落差に孤独感を味わいました。

  このように何度も辛い経験をした私の母は生前、災害を体験していない人に辛さを共有してもらうことの難しさ、また被災者への関心がすぐに薄れてしまうことを嘆いていました。

  母の死後まもなく、東日本で大地震が起こり、福島原発事故も発生しました。私はニュース等で、街が地震や津波によって壊滅し、放射能によって多くの住民が去ったあとの村の田畑が荒れ放題となり、村人たちの生活も人間関係も破壊されていく様を見ました。私には、まるで母が経験した3つの災害が同時に起こったように見えました。母がこの光景を見たらどう思うだろうか? 母ならきっと、被災者の方々の大変さを多くの人に知らせ、忘れられないようにして欲しいと考えるのではないか? このように考えて私は映画制作に協力することを決めました。

映画の制作に関わって
  私自身、実際に被災地に足を踏み入れたのは2回だけです。しかしながら映画「わすれない ふくしま」の制作に関わらせていただいたおかげで、当時の被災者の置かれている状況についていろいろと知ることができました。

  映画の制作に関わる中で私が気づかされたことをいくつか皆様と分かち合いたいと思います。この映画では、放射能汚染で避難した家族の生活や、村に残って牛の世話を続ける人々を描いています。「原発さえなければ」と書き残して命を絶った酪農家の遺族も取材し、原発事故が招いた家庭崩壊についても問題提起しています。しかしながら全体として「反原発」の強いメッセージが込められた映画ではありません。むしろ「しずかな反原発」の映画と言った方がいいかもしれません。

  飯舘村は日本一美しい村と呼ばれていました。原発事故のあと、飯舘村は放射能によって汚染されたとはいえ、放射能は映像には映りません。映像を見る限り、故郷の美しい風景はそのまま残っていると言えます。しかしながら目に見えない放射能によって飯舘村の人々は故郷、そして生活基盤、家族の絆のすべてが奪われてしまったのです。淡々とした映像だからこそ、映画を観る人に原発事故の悲惨さが伝わるのではないでしょうか。

  この映画で取材された家族の中に、いわゆるフィリピン人妻の方がおられます。四ノ宮監督は以前、フィリピンのスラムの子供たちについてのドキュメンタリーをいくつか制作し、国際的にも有名です。しかしながら、監督は最初からフィリピン人の家族を取材することを考えていたわけではありません。

  実は監督は地震後、撮影のためすぐ被災地に入り、まずは取材に応じてくれる人を探しましたがなかなか見つからず、困っておられました。結果的に取材に応じてくださったのが、フィリピン人妻のいる家族であったということです。

  私は映画の中身について監督に注文をつけませんでした。しかしながら被災者の方々が、悲惨な状況の中にあって、少しでも前向きに生きようとする姿が描けたらと思っていました。「苦しみの中に希望をみいだす生き方」これこそがキリスト者的生き方ではないでしょうか。奇しくも映画の中のフィリピン人妻の前向きに生きる姿が、映画を観る人に微かな希望をもたらしてくれるのではないでしょうか。

  私が映画について監督に唯一注文をつけたことは、エンデイング・テーマソングに「虹」という歌を入れて欲しいというものでした。津波によってすべてを失った人に寄り添い、頑張れというのではなく、空を見上げてごらんそこに希望の虹がかかっているよと呼びかける、そのような歌です。

「虹」

時を重ねきずいたものが
手からはなれて 遠く彼方へ
言葉なくし立ちつくす
ただ雨のようにほほがぬれる

七色の帯 雨のあとに
空を見上げてたどってみよう
涙の向こうの希望のしるし
君のほほえみそっと映して

心ゆるす大切な友
会えなくなって 雲の彼方へ
涙涸れて立ちつくす
ただ風の中に瞳とじる「虹」

七色の帯 心の中に
ひとり静かに描いてみよう
忘れないでね 大きな空が
君をいつでもつつんでいる

(作詞・作曲 こいずみ ゆり

  私自身この映画の中で最も心に響いた箇所は、取材を受けた家族の子供たちがトラックの荷台に乗って風を受けながら青空の下、前に進んでいくシーンです。原発事故による被災者の中で、子供たちの置かれている状況は特に厳しいものがあります。それでも前に進んでいくしかない。映画を観る者にとって、この場面だけが唯一救われるところではないかと思います。

忘れないで欲しい
  私は震災後、福島県いわき市を訪問したことがあります。いわき市は原発事故の後、原発から近かったため避難してくる人々はいなかったそうです。しかしながら事故当日、風向きの関係でいわき市の放射線量はそれほど高くなく、原発周辺の住民の方々はむしろいわき市に避難した方が安全だったそうです。

  私がいわき市を訪れたときは、故郷に近く放射能の心配も少ないということで、原発周辺に住んでおられた方々のためにたくさんの仮設住宅が造られていました。その結果いわき市の人口が急増し、いろいろな問題が起こっているとのことでした。そのようないわき市の、あるプロテスタント教会のクリスマスの集会の中で「わすれない ふくしま」上映会をしようという企画があり、その関係で私はいわき市を訪れることになったのです。

  実のところ映画上映会の企画は、実現しませんでした。住民の方々にとって、地震の生々しい記憶がまだ残っている中でこの映画を見るのはとてもつらい、というのがその理由でした。結局はクリスマスコンサートの中で、映画のエンデイング・テーマソング「虹」を皆様に聴いていただくことになりました。来場してくださった皆様がこの歌を聴きながら涙ぐんでおられたことが印象に残っています。いつかこの映画を、被災者の方々にも見ていただける日が来ればいいと思います。そんないわき市で出会った人々が皆さん言っておられたことが「地震と原発事故による被災者のことをくれぐれも忘れないで欲しい」ということでした。

  震災から6年が経過しました。私たちは原発事故によっていまだに苦しんでいる人々に寄り添っているでしょうか。もう忘れてしまったのではないでしょうか。被災地支援を考える超党派の国会議員のグループが有りますが、会合に参加する議員の数が最近めっきり減ってきたと新聞が伝えています。また今年(2017年)の3.11震災の追悼式中、総理大臣の追悼の言葉から「原発事故」という言葉が消えていました。政治の世界では、確実に原発事故の被災者のことが忘れられようとしています。この映画を観ていただくことで、皆さんが原発事故による被災者のことを忘れないで欲しい、これが私の強い想いなのです。

 

【ドキュメンタリー映画「わすれない ふくしま」公式ホームページ】
http://www.wasurenai-fukushima.com/

《予告編》 

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