東ティモールでの二年間

村山 兵衛 SJ (神学生)

  独立15年目となる今年、東ティモールは少しずつ豊かで平和な国へと成長しつつあります。物質的に豊かになりつつあるなか、心の善さとしての徳と身体の健康を築く教育の役割が、未成年が人口の約半数を占めるこの国で、重要な課題となっています。

  わたしは2015年3月から2017年2月まで、この国の「聖イグナチオ・デ・ロヨラ学院」に派遣され、教員として働きました。同学院での約2年間は、出会いやたすけ合いをとおして、東ティモールの人びとから多くを学ぶ経験となりました。

  都会の雑踏から離れた環境のなか、東ティモールではまだめずらしい全日制の中高一貫教育。2017年には中1から高2まで約550人が揃います。多くの生徒たちは、午前8時の登校時刻に間に合うために、5時か6時に起きて首都ディリから通学バスで通ってきます。月曜から金曜まで7時間目まである授業。宿題をかかえて午後3時半に下校しても、家に着くのは5時か6時。地元の村から歩いて通う生徒たちも、家では炊事洗濯に多くの時間を割いたのち、ほぼ毎週不定期に停電があるなかで、夜おそくに宿題をする生活。以前の学校のゆるい生活リズムになれてしまっている新入生たちは、朝ご飯を食べないだけで病気になり、学校の規律になれるだけでも1年以上はかかります。水道、電気、家電製品、インターネットはごく一部の富裕層をのぞいては、あたりまえではありません。

  ですが、子どもたちを見ていると、そんな不便さや貧しさを「不幸」と感じさせません。昼休み、生徒たちが校舎わきの涼しい木陰で持ち寄った食事を分かち合っている光景が見られます。重い荷物を先生が運んでくると、生徒たちは自然とたすけてくれます。「たすける」(ajuda)――彼らが口癖のように使うこの言葉が、わたしは好きです。

  教師たちも試練の連続です。インドネシア統治時代に初等教育を受け、独立後のポルトガル語中心教育に順応しなければならない彼らの生活もまた、生徒と同様、早朝から夕暮れまでの忙しい日々です。家に帰れば一家の父か母。25セントのインスタント・ラーメンにお湯を注いでいるのを見ると、なんだかいたたまれない気持ちになってしまいます。彼らもまた職員室で持ち寄った質素な昼食を分け合って一緒に食べています。「だれかが立ち上がって教育に奉仕せねばならない」この国で最初に立ち上がったのが、彼らです。彼らからもわたしは多く学びました。

  生徒一人ひとりが才能と能力を開花させる教育の現場では、当然成績をめぐる競争があり、優秀な生徒とそうでない生徒との間に実力の差がうまれます。ディリ市内のすぐれた私立校を出てきた生徒と、田舎の公立校で育った生徒では、スタート地点でもう差がひらいています。奨学金制度や入学支援(学習サポート)をとおして聖イグナチオ学院では、彼らが一緒に勉強しています。授業ではつねにひろい視野とふかい配慮が求められます。たすけ合って勉強する生徒たちのうちに、わたしは東ティモールの希望を見ています。競争における勝者と敗者が食卓を分かち合うこと、それは家庭内、教室内、職員室内だけではなく、国のなかで、また国家間で実現しなければならない正義のはずです。

  日本はかつて第二次世界大戦中にティモールを占領し、3年間にわたって飢える被占領民に脅迫、搾取、強制労働、処刑、性的暴行を繰り返す泥沼の統治を犯しました。聖イグナチオ学院の生徒と同じ年恰好の少女たちが、75年前、従軍“慰安婦”として毎晩涙のうちに不条理な苦しみを耐え忍んでいた事実は、決して忘れてはならない歴史です。

  人間の幸福も国家の幸福も、まず心の善さから生まれる有徳の行為、次にその心をそばで支える身体の健康、そしてこれらに仕える適量な富によって構成されます。道徳を欠いて健康と富だけが増加する社会はおそらく幸福ではないと思われます。教育がこの有徳の生の形成に大きく影響を及ぼすことは、言うまでもありません。

  東ティモールの人々に学ぶことをとおして、また彼ら自身の将来のために正義を実現できるのなら、たすけ合いから生まれる喜びはきっと不滅の価値を輝かせるのではないでしょうか。

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