Jesuit Social Servicesの活動とオーストラリアのヒューマンサービス

吉羽 弘明 SJ(ブラザー)
イエズス会社会司牧センタースタッフ

はじめに
  今年の春、オーストラリアのメルボルンに本部を置くJesuit Social Services(以下JSS)を訪問して、主にJSSがどのような活動をしているのか見学し、またスタッフのみなさんからお話を伺う機会があった。JSSはイエズス会オーストラリア管区に所属する会員が1977年にスタートさせた組織で、現在は法人化されている。およそ200人の有給スタッフ(イエズス会員は現在、霊的同伴司祭、カウンセリングを行うブラザーなど数人が在籍している)が働き、ボランティア登録は200人ほどである。刑務所や少年院などの施設から退所した人に住む場所を提供したのがその活動の始まりであり、現在はあとで述べるような幅広い活動に取り組んでいる。

  JSSの具体的な活動内容については、本通信第175号(2014年2月発行)でJSSスタッフのCarolyn Ryanさんがレポートしてくださっている。教育を受ける機会が不十分な貧困状態にある人々、先住民に対する政策の失敗と彼らの不利益、難民・移民の処遇の劣悪さ、精神疾患があるための孤立・スティグマ、アフリカ出身の女性などについてのオーストラリアでの社会問題に対して、JSSがどのような活動を行っているのかが理解できる、興味深いレポートであった。日本でも事柄によっては同じような課題があるが、オーストラリアのような民間組織が積極的に関与する仕組みは弱い。今回のレポートでは、JSSをはじめとするオーストラリアにあるNGOについて、訪問に伴って見えてきたことなどをまとめたい。

  今回の私の訪問では、多くの方々にお世話になった。JSSへの訪問を受け入れ、またたくさんのことを教えてくださったCEOのJulie Edwardsさん、秘書のMicheleさんとSophieさん、その他訪問先のJSSと他の二つの組織のスタッフのみなさんからお話を伺えたが、とりわけ先に紹介したCarolynさんには、様々なコーディネートをしていただいた。ご多忙のところ時間を割いてくださり、深くお礼申しあげます。

1 JSSの組織と事業内容
  まずは、JSSについて簡単に紹介をしたい。

  JSSはヒューマンサービスを行うコミュニティセクターである。ヒューマンサービスという言葉は日本ではほとんど使われないが、オーストラリアでは一般的に「福祉や保健分野等で行われる、個人、家族、地域、社会などに働きかけるサービス」といった意味で使われる。保健、メンタルヘルス、児童・少年司法、障害、高齢、先住民、難民・移民、貧困・低所得者、就労支援、薬物使用の問題、若者支援などがその活動分野であり、コミュニティで困難な状況にある人・事柄に直接的、間接的にかかわる組織を「コミュニティ(サービス)セクター」と呼んでいる。その中で政府機関でない組織をNGO(非政府組織)とかサードセクターと呼んでいる。日本では、国内で活躍するNGOは関係法との絡みでNPO(非営利組織)と呼ばれることが一般的である。

  JSSのビジョン(団体の描く未来像)は“Building a just society” (公正な社会の建設)、ミッション(団体の持つ使命)は“Standing in solidarity with those in need, expressing a faith that promotes justice” (支援の必要な人との連帯に立ち、正義の実現を通して信仰を証する)であり、JSSが持つ人や社会に対しての価値観が読み取れる。

  財務上の主な収入源は、様々なレベルの政府補助金である。最新の資料では、メルボルンのあるビクトリア州政府の補助が最も多くて41%、連邦政府は21%、市などは1%で、政府補助金は合計で63%である。その他は、JSSの独自収入は27%、一般寄付は4%、企業の寄付などは3%で、イエズス会オーストラリア管区からは3%である。

  JSSには複数の事業所や施設があり、本部には管理部門のほか、ボランティアのコーディネート、自死遺族のサポート、広報、先住民・移民・難民の支援、その他を行う部署がある。Brosnan Centreは、法を犯して矯正施設(刑務所や少年院など)に収監されたことのある人に対して、矯正施設からの出所前後の支援などを行っている。Jesuit Community Collegeはこうした司法に関与した人々への芸術活動を行う場の提供、精神疾患のある人へのカウンセリング、若い人への職業訓練、また外部施設を使ったアフリカ系移民などのための英語などの教室を行う。その他、これらの事業所から離れた場所に、矯正施設退所者、特にその中でも知的障害のある人のアパート移行までの施設、キャンプ施設、そして長期失業中の若者を対象に職業訓練を行うIgnite Cafeなどがある。事業の幅に非常に広がりがあるが、現在の社会問題を積極的に取り上げようとしている。

  今回は、JSSのほかに、ホームレス状態の人に支援を行うVincentCare Victoriaのシェルターと、Sacred Heart Missionの各施設も訪問させていただいた。

  いくつもの先駆的なサービスがあり紹介したいが、残念だがその一部だけを写真とそのキャプションによって紹介したい。

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Jesuit Community Collegeのアトリエ

 

 

 

 

 

知的障害のある法を犯したことのある人が
アパートに移行するための支援をする施設

 

 

 

 

 

Sacred Heart Missionの本部(正面)

 

 

2 オーストラリアのヒューマンサービスを行うNGO
  一般的に、先進国と呼ばれる国では、政府には人々が生きていく上で必要な役割を担う責任があり、人々にはそれを享受する権利があることが法で規定されている。しかしながら、政府はいつもこれを完全に行っているわけではなく、民間組織であるNGOは政府の苦手なこと、しないことにも積極的に関与してきた。

  JSSをはじめとするオーストラリアのヒューマンサービスを行うNGOについて、日本とは違う特徴として「組織の自律性の高さ」という点をあげることができると思う。

  政府との関係では、日本のNPOの場合は行政からの委託を例に取ると、委託内容が行政によって確定され、委託費は必要な費用をまかなえない低額であることもあり、本来政府のすべきこと(費用負担を含めて)を民間組織の「無理」によってカバーし、その結果組織が疲弊する例も少なくないことが指摘されている。オーストラリアでは、NGOと政府は並列的な立場でサービスの提供を行っているとされている。実際JSSのスタッフに伺ったところ、政府からの委託を受ける時にどのようなサービスにするのかを決める場に、委託先となるJSSが参加することがあると話していた。その他自律性にかかわって、①活動を透明にしていること、②活動における合理性、③目標の明確さ、目標達成のための評価とそれを実現するための研修の実施、④社会問題の解決に強い関心があること、に特徴が見られる。

  各種の調査によって問題の諸相を様々な方法で概念化し、いかなる方法でそれを解決するのかを体系的に検討し、結果に従って政策の提言を行うことも広範に行われる。その提言が政策となった事例も少なくないようだ。ネットワークの豊かさ、組織の多様性や数の多さもその特徴である。また既存のメディア(新聞・放送など)とSNSなどのインターネットメディアを効果的に利用している。

3 日本のこれから―オーストラリアでの二つの出来事から考える
  オーストラリア滞在中、大きな出来事が二つあった。

  一つ目は「インドネシアでのオーストラリア人死刑囚の死刑執行」である。執行予定日の前日にはJSSで、また多くの教会やその他の場所で祈りが捧げられ、その模様の一部や死刑囚の家族のコメントなどが繰り返し報道されていた。アボット首相(当時)も死刑をやめるように主張していた。しかし死刑は執行され、政府は外交官をインドネシアから引き上げた。

  二つ目は「メルボルンでの先住民(アボリジナル)に関する集会」である。西オーストラリア州政府はアボリジナルのコミュニティのライフラインを止め、コミュニティの存立を困難にする政策を行っている。先住民の不利に対応するためできた制度も縮小傾向にあり、またアボット首相(当時)はこの地域の人々の生活を「生活様式の選択」だと話し、そのことは「先住民の伝統を否定している」と大きな非難を浴びた。市の中心部でデモ行進が行われ、交通の要所であるフリンダースストリート駅前の大きな交差点にあるトラムの線路の上で、力強い演説や先住民の踊りなどが披露される平和的な集まりだった。その間、トラムの運行は停止された。交差点の角にはアングリカンの教会があり、聖堂の外には“Let’s fully welcome refugees”(難民を全面的に迎え、受け入れよう)という垂れ幕が下がっている。

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  どちらにもcompassion(共感)やsolidarity(連帯)という言葉が頻繁に使われていた。オーストラリアの人々は移民(の子孫)が多くを占め、一方で先住民との関係の問題など、多様な文化の人々がともにどのように国を形成していくのかに格闘し続けてきたという。

  アボリジナルのデモに行った時に、小学生ぐらいの子連れの親子はもとより、ストローラーを押しているカップルが目に入った。子どもを政治に参加させ、自己の政治観を形成する機会を提供すること、政治への参加の権利を保障すること、「連帯意識」を学ばせる場となっているかもしれない。死刑回避のための嘆願の祈りが極めて広範になされていた点とあわせて、社会を形成する上で「連帯」が一つのキーワードになるのだろうと考えた。

  日本の「公」に対する考え方は、戦前からの公私関係が持ち込まれ、市民性とのかかわりで論じられずに、「公的機関」と結びついて理解される傾向にあるとされる。何かの課題があると、政府が一元的に管理化を進行させることによって解決すべきという話になりやすい。また、人や政府に対して信頼しない度合いが他国に比べて高いといわれ、自分の外部となる人と協力するという行動を取りにくいと指摘する人がいる。

  今回の2週間あまりの訪問で、オーストラリアの文化を理解したとは全く考えていない。文化も違うが、JSSなどの活動から、日本の社会問題に取り組む民間組織でも、「具体的な目標を持ち、そこには社会のあるべき価値が示されていること」「活動において具体的にそれにどのように取り組むのかを、系統立って計画すること。またいつもその振り返りを行って活動を調整すること」「政策を変えていくためのビジョンを持つこと」を取り入れることができるだろう。

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