オーストラリアにおける社会正義の問題

カロリン ライアン (イエズス会社会サービス プロジェクト担当者)

au1 一見したところ、オーストラリアは人々が生活の最も高い質を楽しむ、非常に繁栄して安定した社会であるように思われています。多くのオーストラリア人はこのことを認識しており、自分たちが豊富な自然資源、政治の安定、美しい環境、そしてすばらしい天候に恵まれた「幸運の国」に住んでいる、という考えに強い愛着を持っています。
 しかし、オーストラリアに住む全ての人が「幸運の国」に暮らすことからくる利益を享受しているわけではありません。豊かさの一般の水準の中に、深刻な社会の不正を経験し、人目につかない人たちや共同体が存在しています。イエズス会社会サービスは、こうした多くの人々や共同体と連帯しながら、公正な社会を作るために活動しています。彼らは、アボリジニー(オーストラリア先住民)を含み、難民と亡命希望者、精神疾患の人々、囚人、そして教育や仕事から排除されてきた人々です。イエズス会社会サービスの活動は、私たちのイグナチアン的伝統とカトリック教会の社会教説によって活気づけられ、それは、私たちがプログラムを実行する方法や私たちが達成しようとする目標の指針となっているのです。
 不利益を経験している人々と共同体は、しばしば複雑で深く固定された問題に直面します。この記事ではこれらの社会問題をより詳細に探求していき、イエズス会社会サービスがそれらを克服するために行っているいくつかの活動を紹介していきます。

オーストラリアは繁栄しているが、深い不利益をその内に持っている
 オーストラリアの物質的繁栄は、23年間連続成長した経済に下支えされています。多くのOECD加盟国と同様に、オーストラリアは1980年代と1990年代に、大きな経済改革に取りかかりました。しかし米国や英国と違って、オーストラリアの経済改革モデルは、労働人口の実生活の水準を改善することに強く焦点をおいたものでした。結果として、オーストラリア人は今日、世界の他の国々に比べて、失業率が相対的に低水準であること(OECD加盟国全体の7.8%に比べて5.8%)、そして所得の増加(1991年と2012年の間で33%の増加)を経験しています。
 しかしこの数値は、全人口の12%以上の人たち(2,265,000人)が貧困の中で暮らし、多くのオーストラリア人が、深刻で絶え間ない不利益を経験している事実を隠しています。
 イエズス会社会サービスによる革新的な研究の結果、貧困はしばしば特定の場所に固定化され、オーストラリア地区の3%が、経済的社会的福利の尺度において、広範囲にわたり極端な不利益を経験していることが分かりました。(参照:Vinson, Tony(2007),Dropping Off The Edge: The Distribution of Disadvantage in Australia, Melbourne and Canberra, Jesuit Social Services and Catholic Social Services Australia)
 1980年代と1990年代の経済改革は、あまり技術を必要としない多くの仕事の消失が含まれ、より高度なレベルの資格をもった労働者の需要の増加を求める労働市場の構造的な変化をもたらしました。同時に、私たちの共同体の多くのメンバーが、成功するのに十分な教育を獲得することに失敗しています。その一例としては、ビクトリア州の刑務所にいる囚人男性の93%が高校を卒業していません。
 イエズス会社会サービスは、これらの諸問題を克服するために、刑を終えた人たち、家を失う危険のある人たち、そして精神疾患を持っている人たちに支援を提供しています。私たちは、彼らと意味のある安定した関係を築き、安全な住まいを得るのを手伝い、そして彼らが経験している健康上の、かつ社会的な問題を克服することができるよう能力を養成することを通して、彼らと同伴しています。 私たちはまた人々に、教育と再びつながり、仕事を見つける機会を提供しています。イエズス会コミュニティ・カレッジは、あまり教育を受けてこなかった人たちに基礎的スキルを身につけさせる適切で、集中的な学習プログラムを提供して、さらに彼らの学習を支援しています。私たちのコミュニティ・カフェ店が提供している活気のある教室では生きた作業環境の中で労働の体験や訓練を受けることができます。最後に、私たちは共に活動している人たちが有給の専門職経験や継続的な雇用を得る機会を発展させるために、企業と協力して活動しています。(例えば、後ほど説明されるナショナルオーストラリア銀行はその一つです)

オーストラリアのアボリジニ―(先住民)が経験している恥ずべき不利益
  オーストラリア人は、アボリジニ―の窮状を深く恥じるべきです。私たちのアボリジニ―社会は多様であり、都会や沿岸、そして離島にある村に住んでいる数百の様々な部族や言語グループを含んでいます。アボリジニ―の福利レベルに関する統計は反省させられます。

  • アボリジニ―とトレス諸島民の0歳から14歳までのau2子どもの死亡率は、非アボリジニ―の子どもたちの2倍以上です。
  • アボリジニ―男性の平均寿命は67.2歳であり(非アボリジニ―男性よりも11.5歳低い)、アボリジニ―女性のそれは72.9歳です(非アボリジニ―女性よりも9.7歳低い)。
  • アボリジニ―の労働人口は、その3分の2(65%)足らずであり、それに比べて非アボリジニ―はほとんど5人に4人(79%)が労働人口です。
  • 刑事司法制度の中にいる10歳から14歳までの全ての子どもの46%が、アボリジニ―である。同じ年齢の人口のわずか5%以下であるにもかかわらず。

 アボリジニ―の不利益は、植民地化のなごり、文化的紛争、政府やより広範な非アボリジニ―社会の彼らに対する扱い、雇用機会の欠如、そして健康と薬物乱用問題を含む、さまざまな要因の結果なのです。 数十年にわたるアボリジニ―の福祉の改善の努力は、この不利益を取り除くことができていませんし、いくつかの問題に関しては、実際にはさらに悪くなっています。
 イエズス会社会サービスはアボリジニ―社会との異文化間対話に従事し、彼らの経験している問題を解決するために彼らの能力の養成に努めてきました。これには中央オーストラリアの遠く離れた砂漠のコミュニティ、サンタ・テレサにおける、様々な商売やサービス事業の会社を所有する地元の共同体のための社員教育が含まれます。主要都市メルボルンにて私たちは、刑事司法制度に巻き込まれている若いアボリジニ―の子どもたちへの家族ベースの支援サービスを発展させるために、アボリジニ―が運営する地域組織活動を支援しているところです。ビクトリア州では、釈放されて地域に戻ってきたアボリジニ―元囚人への過渡的な支援を提供するプログラムを運営しています。私たちのアプローチはエンパワーメントと文化的対話に焦点を置いており、アボリジニ―問題に対する政府の多くの対応を決めているトップダウンの官僚的アプローチとは対照的です。

船で亡命してきた人たちは非人道的な扱いを受ける
 移住は、海外で生まれた人たちが人口の27%を占めるオーストラリア社会において、深い影響を与えてきました。これには、1950年代に入国し始めた東南ヨーロッパの難民、移民たちや、1970年代には南東アジア全体から、そして21世紀初期には、増加しているアフリカの難民やインドや北アジアからの留学生が含まれます。オーストラリアは、特に迫害から逃げてきた人々にとって寛容で友好的な国として誇るべき経歴をもってきました。しかし過去20年以上の間に、船でオーストラリアに入国する亡命希望者たちに対する非人道的な扱いの増加によって、この評判は落ちていきました。
 現在の政府の政策の下では、船でオーストラリアに入国する亡命希望者たちは、オーストラリアに定住することが許されていません。入国の代わりau3に、隣接する太平洋の島国、パプアニューギニアやナウルにある収容所に移送されるのです。亡命の申請が成功したら、その太平洋の島国に定住させられます。政府はオーストラリアの領海に入ろうとする亡命希望者たちを乗せた船をできる限り返すように海軍に指示しています。
 これらの政策が導入される前に、かなりの数の亡命希望者がオーストラリア本土に入国しました。彼らは非公開の収容所に無期限に置かれるか、学習または労働の権利なしでコミュニティの中に解放されます。イエズス会社会サービスはそうしたコミュニティにいる人々への支援をしています。この活動は、多くの人が希望を失ってしまったので、大変難しいものですが、私たちは依然として、連帯し続け、与えられるべき敬意を払っています。
 政治的信条が異なる様々なオーストラリア政権は、船でオーストラリアに入ってくる人たちを思いとどまらせる手段として、亡命希望者を罰し続けています。これらの政策は非人道的であり、国際的な難民流出という、より複雑な問題の取り扱い方を欠いています。これは勇気あるリーダーシップから見れば、しばしば政治的利益の獲得を目的とする政治家たちの失敗を表しています。

精神疾患にかかっている人々の孤立と負の烙印
 メンタルヘルスと自殺はオーストラリアでは重大な問題であり、およそ人口の20%の人がなんらかの種類の精神疾患を経験しています。度々、精神疾患は診断されず、また人々は必要な支援を提供されないので自殺に走ります。自殺はオーストラリアの44歳以下の男性と34歳以下の女性の主な死因です。過去10年間、精神疾患者のニーズに応じるにはいくらかの進展が見えました。精神疾患にかかるコストに関して認識が増した結果、地域ベースでのサービスと同様に臨床的治療を含むサービスへの重要な投資が行われてきました。
 依然として、大きな挑戦は精神疾患や自殺にまつわる負の烙印を克服することです。イエズス会社会サービスは、精神疾患を経験している人々のための地域ベースの支援プログラムと自殺後サポートプログラム(Support After Suicide program)を通して、この分野の活動に取り組んでいます。自殺後サポートでは、自殺で大切な人を失くした方たちのカウンセリングを提供しており、その一部には、自殺問題の認識を高めることや、死別のために地域社会から孤立した人たちに対する負の烙印を破壊することがあり、彼らに必要な支援をしています。

アフリカ系オーストラリア人包括プログラム-ナショナルオーストラリア銀行とのパートナーシップ
 アフリカ系オーストラリア人包括プログラムは、6か月間の有給の職場体験を、オーストラリア最大手銀行の内のひとつで提供するもので、有能なアフリカ系オーストラリア人に対する専門職訓練プログラムです。このプログラムが2009年に実験的に試みられて以来、120人近くの人々がナショナルオーストラリア銀行(NBA)に雇われました。このプログラムは勢力を増し続けています。2013年11月には、メルボルンとシドニー全域で財務、科学技術、経営管理の役割を引き受けた参加者が12人いました。別の106人にあっては、社内定着率86%でこのプログラムを卒業しており、一方で、新規採用者を募集しています。
 このプログラムの必要性は、有能なアフリカ系オーストラリア人のオーストラリアビジネス界における現地経験の不足が、彼らの雇用の重大な障壁になっていると指摘するアフリカ系オーストラリア人社会によって、証明されました。イエズス会社会サービスとNBAのこの共同対策は、研究に基づいてよく準備され、一般社会の多くの地域で賞賛されてきました。 このプログラムの目的は、参加者に商業経験を提供し、ビジネス上のネットワーク向上を含めて、学習の機会を提供することです。全ての参加者には、NBAの職場体験を通して、指導者と助言者が与えられます。また参加者には、職場体験の後半の期間に、面接の受け方や履歴書の書き方を含む幅広い就職支援も提供されるのです。
 雇用の障壁を打ち壊すとき、働くアフリカ系オーストラリア人は若いアフリカ系の仲間の模範となる機会を持つのであり、それによって今度はその若い人たちが学校で勉強することと資格を取得することを動機付けられました。

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