書評:『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日』 門田隆将著/PHP出版/2012年11月

  本書は世紀の大事故となった福島第一原発事故の経過の仔細を、事故収束に携わった現場の人々に焦点を当てて、描き出そうとしたものである。それはその時「何が起き」、「何を思い」、「どう闘ったか」の記録である。当時の極限的状況が、まるでハリウッド映画を見ているような臨場感と迫力でもって、読む者に迫ってくる。
  原発の危険という物理的側面や、原発政策という政治的経済的側面がもっぱら議論される中で、本書はひとえに当時の現場の人々の実相を捉えようとしたものだ。そこには死を覚悟した男たちのドラマがあった。
  どんな人間にもかけがえのないドラマがある。しかし極限的状況はそれを最大限凝縮して引き出してしまうのだ。そして作家としての著者の高い資質と周到な取材とによって、彼らの人間のドラマを描き出すことに見事に成功している。
  本書は、確かに原発事故という日本の政治的経済的社会的文脈をもった事件の一つの証言であるのだが、それだけに留まらず、死を覚悟し極限的状況におかれた男たちが、人間としてどうありうるのか、ということを問うた稀有な記録だともいえるだろう。そこから見えてくるものは、意外にも、著者自身が既に論評していた現代日本人の傾向「自分のためだけに生きる世代」ではなく、死を前にして、共通の使命と仲間意識の絆によって結ばれた団結であり、死の淵にあっても、いや、だからこそ配慮された、他者への気遣いであった。
  今回の事故で日本の原子力行政というものの脆弱さが暴露されたが、本書によって、むしろ過酷な状況の中でも、責任ある態度をとることができるという、日本人一人一人の底に流れる強さと信念もまた、暴露されたことになるだろう。
  本書は、原子力発電所事故という過酷な題材を扱っているにも関わらず、読後には、むしろ描かれた人物たちの潔さに、さわやかな感覚を残してくれる。

(山本啓輔、イエズス会社会司牧センター)

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