【 エコロジー 】 イエズス会社会司牧センターのミッションとエコロジー

柴田 幸範(イエズス会社会司牧センター)

  ローマのイエズス会本部にある社会正義事務局(Social Justice Secretariat)は今年2010年、社会正義エコロジー事務局(Social Justice and Ecology Secretariat)と名前を変え、エコロジーに本格的に取り組むことになった。その手はじめとして、エコロジー特別委員会(Jesuit Mission and Ecology Task Force)を設置することになった(P.5、”Headlines”を参照)。委員は4人のイエズス会員と1人の女性、共同委員長は社会正義エコロジー 担当秘書のフランコ神父(イエズス会)と、教育担当秘書のロカテリ神父(イエズス会)がつとめる。

イエズス会総会とエコロジー
  エコロジー特別委員会が設置された直接のきっかけは、イエズス会第35総会(2008年)第3教令「今日のわたしたちのミッションへのチャレンジ-最前線 に派遣されて」が取り上げた現代社会の諸問題の一つに、エコロジーが含まれていたことだ。そこでは、「被造界との和解」や「天然資源の過剰利用」「環境破 壊と先住民・環境難民」などの問題が論じられている。特に環境破壊が貧困と深く結びついていることを重視し、貧しい人々に奉仕する研究や実践を勧告してい る。(他に第3教令で取り上げられている現代的な課題は、「グローバリゼーション」「和解」「アフリカ」「中国」「知的使徒職」「移民・難民」などだ)。
  このように書くと、イエズス会のエコロジーに対する取り組みが、ごく最近始まったように思われるだろうが、実はこの取り組みは10年以上前から始まって いた(もちろん、フランシスコ会などは、それよりはるかに以前からエコロジーに本格的に取り組んでいたが)。

  1997年に開かれたイエズス会第34総会は、現代社会の諸問題を本格的に取り上げ、「わたしたちのミッションと正義」「わたしたちのミッションと文 化」「私たちのミッションと諸宗教間の対話」などの教令を発表した。第34総会は「ミッションと正義」教令の中で環境問題に触れるだけでは満足せず、第 20教令「エコロジー」(総長への勧告)と題した独立した文書を発表した。この教令は、「開発かエコロジーか」「先進諸国の欲望と第三世界の貧困の対立」 というディレンマの克服のため、イエズス会が「イグナチオ的霊性」と「使徒的活動」を通してどのように貢献できるか、また、エコロジーの問題がイエズス会 の「ライフスタイル」と「組織的な決定」にどのように反映されるべきかを研究し、全イエズス会にフィードバックするよう求めている。

  その成果が、1999年に発表された『壊れた世界に生きるわたしたち-エコロジーについての考察-』(”We live in a broken world”: REFLECTIONS ON ECOLOGY)だ。この文書は、イエズス会社会正義事務局のニュースレター”Promotio Justitiae”(正義の促進)70号(1999年4月)として発行され、当センターの翻訳で、イエズス会日本管区の各修道院にも配布された。英語原文はイエズス会社会正義エコロジー事務局のWEBサイトでダウンロードすることができる。http://www.sjweb.info/sjs/index.cfm

『壊れた世界に生きるわたしたち』
  この文書はA4判80ページに及ぶもので、下記のような構成で、エコロジーに関して総合的な考察を行っており、こんにちのイエズス会のエコロジーに対する取り組みの土台となっている。

  1. エコロジーを読み解く-エコロジーの定義と現状把握
  2. イグナチオ的霊性-エコロジーのキリスト教的・イエズス会的=イグナチオ的理解
  3. 使徒的な貢献と協力-イエズス会が研究・教育・社会使徒職・黙想・ネットワーキング・会員養成などの仕事で、どのようにエコロジーに貢献できるか
  4. 共同体のライフスタイルと組織としての決定-イエズス会が生活と組織の面で、どのようにエコロジーのチャレンジに応えるか
  5. わたしたちの行動様式の方向性-エコロジーというテーマがどのように、イエズス会固有の行動様式(way of proceeding)に浸透するかさらに、巻末には、エコロジーが第34総会で取り上げられた経過や、イエズス会のエコロジーへの取り組みの現状報告などが掲載されている。もう一つ面白いのは、こうした文章と並行して、世界中のイエズス会員37人のエコロジーに関する短い意見を載せていることだ(日本からは瀬本神父とニコ ラス神父<現総長>の文章が載っている)。彼らの意見の多様さが、エコロジーというテーマの多様さをよく現している。

『イエズス会の環境への責任』
  前述の文書からちょうど10年経った2009年3月、イエズス会社会正義事務局から『イエズス会の環境への責任-アンケート調査』と題する文書が発表された(英文のみ)。
  2007年初め、第35総会に向けてエコロジーについての資料を準備するために、「イグナチオ的エコロジー・ネットワーク」(Ignatian Ecology network)が設置された。IENは総会のために、2007年3~12月に、気候変動、生物多様性、公害と公衆衛生、農業、砂漠化、洪水、地滑り、森林とカトリック社会教説とエコロジーの8つのテーマについて、2ページずつの短い報告をまとめた。
  総会後もIENは、メーリングリストを使って情報交換を行っていた。2008年9月、社会正義事務局は第35総会のエコロジーに関する発言をまとめて IENに送ったが、そこには166人のIENメンバーに対する質問が添付されていた。質問には30人が回答したが、そのうち主要な20人の回答をまとめた のが、『イエズス会の環境への責任-アンケート調査』だ。
  この報告書でまとめられているIENからの回答は、「エコロジーに関する意識の啓発」「エコロジーに関する考察」「エコロジー教育」「エコロジーに関す る霊性の強化」「イエズス会の諸共同体向けの実践的行動」「全イエズス会的取り組み」「ネットワークづくり」「ローマ本部の取り組み」など多岐に渡る。そ の中で、複数のイエズス会員が指摘している具体的な実践の勧めは、以下の三点だ。回答者の大部分は北半球で暮らす会員であり、これらの回答は、北半球にお けるイエズス会のエコロジーに対する貢献の可能性を示唆するものだ。

一人ひとりのイエズス会員と、一つひとつの共同体が、責任を持つことができる提案。 飛行機による旅は地球温暖化の主要な原因の一つであり、イエズス会は、ネットワークの活動や会議の一部を、テレビ会議やビデオ・メッセージによって行うこ とで、温暖化への関与を大幅に減らすことができる。この試みは、イエズス会の統治に関するあらゆるレベルで、早急にスタート可能だ。

「イエズス会の通常の統治」の枠内で議論されるべき課題。多くの人が、イエズ ス会の本部/地区/管区レベルで、何らかの組織を作る必要性について指摘している。これらの新しい組織は、たとえば故アルペ総長が難民問題に関して、預言 的な洞察から設立したイエズス会難民サービス(JRS)のように、強力な呼びかけをもって設立すれば、十分な成果をあげるだろう。

管区や共同体における資源の利用と再配分に関する提案。イエズス会の共同体や事業、管区ごとに、環境に対する影響を計るために、エネルギー利用の見直しと環境影響評価報告を実施することで、資源保全と更新可能なエネルギーの利用を促進することができる。

  さらに巻末には「さらに詳しい提案」として、「エコロジーという言葉の使い方」「第35総会の教令に付け加えるべき点」「各共同体で実践すべき事柄」 「エコロジーに対する意識を目に見える形で示すこと」が示され、すでにイエズス会員が行っているエコロジーへの取り組みが紹介されている。

 『エコロジーに関する7年計画』
  このような取り組みの集大成として、イエズス会社会正義事務局は2009年11月、全世界のイエズス会に向けて、『エコロジーに関する7年計画』 (Seven Years Plan for Generational Change for The Society of Jesus)を発表した。A4判8ページからなるこの文書の第一部では、下記の8項目について、世界中のイエズス会が現在、行っている活動を紹介してい る。

  • 信仰にのっとった資産の使い方-土地、投資、医療施設、購買と資産
  • 教育と青年-校舎、カリキュラム、自然教育、キャンプ
  • 司牧的配慮-神学的教育と訓練、過去の伝統や知恵の再発見、気候変動の影響を受けている人々が状況に順応できるよう支援すること
  • ライフスタイル
  • メディアと世論喚起
  • エコロジーに関するネットワークづくり
  • 学問研究
  • ミサ

  この中には、先に紹介したような「海外旅行の削減」や「環境影響評価報告の実施」のような日常的な具体策から、アメリカ・シアトル大学(イエズス会の経 営)における学生主導の「環境諮問委員会」の設置、国連経済社会理事会への参加資格を持ち、インド全域にまたがって活動するイエズス会系の NGO”Tarumitra”(森林の友)、フィリピンのイエズス会センター「社会変革のための環境科学」(Environmental Science for Social Change)など、専門的な研究・活動にまで及んでいる。
  続く第二部では、同じ8項目について、世界のイエズス会員に具体的な行動を呼びかけている。

  • 信仰にのっとった資産の使い方
    私たちは黙想の家を、エコロジーに配慮して運営しよう。食材は可能なかぎり地元のもの、有機栽培のもの、フェア・トレードのものを利用し、建物は地元の エコ基準に沿ったものにしよう。それは環境にやさしいだけでなく、黙想中にしばしば自然の中で神を体験しようとする黙想者たちにもやさしい
  • 信仰にのっとった資産の使い方
    私たちは黙想の家を、エコロジーに配慮して運営しよう。食材は可能なかぎり地元のもの、有機栽培のもの、フェア・トレードのものを利用し、建物は地元の エコ基準に沿ったものにしよう。それは環境にやさしいだけでなく、黙想中にしばしば自然の中で神を体験しようとする黙想者たちにもやさしい
  • 教育と青年
    私たちは来るべき世代が自然保護に取り組んでくれるよう啓発する。それは、教育や研究ばかりでなく、大学や高校の校舎やグランドを環境にやさしいものにすることによっても、行われるべきだ。
  • 司牧的配慮
    私たちは、イエズス会員と他の修道会の会員、信徒協力者を集めて、特にイグナチオの霊操を用いて、イグナチオの霊性と環境について本を出版するための委 員会を設ける。私たちは、神学や霊性に携わる全てのイエズス会員が、「イグナチオの霊性や神学が創造についてどのように取り扱っているか(万物のうちに神 を見出し、神に仕えているか)」について考察し、文章を書くように勧める。
      私たちはイエズス会の共同体と使徒職で、持続可能な社会やエコロジーのテーマに関連した日々の祈りや黙想、典礼を促し、大切にする。
    私たちは、すべての黙想の家のプログラムに、「エコな黙想」を採り入れるよう勧める
  • ライフスタイル
    私たちは共同体や事業、管区において、環境に対する影響を評価するために、エネルギーの見直しと環境影響評価報告を実施し、資源の保全と更新可能なエネルギーの利用を促進する。
      私たちはまず、地域で定められている持続可能性の基準を遵守し、さらに自発的な努力によって、その基準を超えた持続可能性を実現する。
    飛行機による旅行は気候変動の主要な要因の一つであることを認識して、他のコミュニケーション手段の利用を促進する。イエズス会の社会センターとNGOは一定期間内に、全ての紙をリサイクルし、炭素消費量を削減し、消費エネルギーの35%を更新可能なエネルギーとし、海外出張による炭素消費を植樹で相殺し、自動車を燃費のよいものに替えることをめざす
  • メディアと世論喚起
    私たちは、イエズス会が直接関わっている分野はもちろん、さらに広汎な分野で、多くのイエズス会員がすでに行っている実践を知らせ、その取り組みに敬意 を表する。この文書『エコロジーに関する7年計画』の第一部は、その第一歩だ。私たちは、イエズス会の教育機関や研究機関、司牧分野や社会使徒職でエコロ ジーについて行われていることを、定期的にモニターする。
  • エコロジーに関するネットワークづくり
    私たちは、イエズス会のローマ本部と地区、各管区で、総長が設ける特別委員会のガイドラインに沿って環境問題に関する行動を起こすために、新たな組織を設けるべく最大限の努力を払う。
    私たちは、小教区や学校、JRS(イエズス会難民サービス)やJVC(イエズス会ボランティア団)などの、既存の強力なネットワークを利用して、すでに 環境問題に関わっている組織やプロジェクトと協力して働くよう努める。私たちは、彼らの取り組みの模範を紹介して、そこからさらなるアドバイスや支援を得 るよう努める。
    私たちは毎年、ローマのイエズス会本部から受ける交付金の一定額を、「自然の回復」のため、あるいは使途を指定した環境基金を管区や地区に設立するために、用いる。
  • 学問研究
    テイヤール・ド・シャルダンのようなイエズス会員の伝統に学び続け、環境科学やその周辺領域である環境法、環境経済、人口学、環境人間学などの分野で、特にイエズス会員の間で研究を促進する
  • ミサ
    私たちはこの7年計画を、2009年11月、ローマのジェズ教会と世界中のイエズス会の教会で祝う特別なミサで発表する。
    イエズス会の環境に関するミサにふさわしいのは、おそらく次の二人の記念日だろう。この二人は、それぞれ全く違った仕方で、環境に深く関わった。
    ピエール・テイヤール・ド・シャルダンSJ、1955年4月10日、ニューヨークで没。
    ゲオルグ・カメルSJ(植物学者)、1706年5月2日没」

  こうして、イエズス会はようやく、エコロジーに本格的に取り組み始めた。決して早かったとはいえないが、まだ手遅れではない。霊性と日常生活で、学問と実践で、教育とネットワークで、イエズス会が持続可能な社会の実現のために取り組んでゆけるよう、祈りたい。

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