【 書 評 】 『世界中から人身売買がなくならないのはなぜ?』 /小島優+原由利子・著/合同出版/2010年

  先日、新聞で「ベトナム北部の少数民族の若い女性が、犯罪組織の手によって、売春婦や妻として中国に売られている」という記事を読みました。当センターでベトナム支援の市民団体に参加している私は、大きなショックを受けました。
  ベトナム政府の調査では、2004~08年の5年間で、4008人が人身売買の被害者となったそうです。この数字も氷山の一角に過ぎないとのこと。貧し さから抜け出したい少数民族の若い女性を、「一人っ子政策」のために男の子が多くなった中国の農村部に、花嫁として連れて行ったり、ベトナムの都市部の女 性を「いい仕事がある」とだまして、売春宿に連れて行くケースも多いといいます。
  こんな人身売買が今もなお、世界中で行われています。人身売買の現実を、世界中からの証言によって告発し、歴史的・経済的背景を説明し、市民運動の取り組みを紹介しているのが本書です。
  もちろん、現代では奴隷制度は否定されていますが、さまざまな経済的搾取や、伝統的な社会慣習、根強い男女差別などを背景に、さまざまな形態の人身売買 が、現代でも残っているのです。たとえば、セックス産業、家事労働、物乞い、農園や漁業、鉱山労働、子ども兵士、養子や結婚、臓器移植のために、人身売買 が行われています。人身売買の数については、信頼できるデータはありません。

  このように人身売買が今なお盛んな背景には、外国に出稼ぎに行く人の数が増え続けていることがあります。その理由は貧しさからの脱出だけではなく、都会 へのあこがれ、政治的迫害からの避難、家庭内暴力や男女差別からの脱出など、さまざまにあります。こうして外国に働きに出る人は、ILO(国際労働機関) の2008年の報告によれば、世界で約2億人に上ると言われています。
  これは正規の労働者の数で、国によっては、非正規の労働者の数はそれを上回ると言われています。
  こうした非正規の出稼ぎ労働者の中に、事実上の人身売買の被害者が少なからずいます。非合法なルートで外国に行こうとすれば、多額の借金をしなければな らず、借金のカタに強制的に働かされます。また、合法的に外国に渡っても、パスポートやビザを取り上げられ、強制的に働かされるケースも少なくありませ ん。このように、正規と非正規の間を行ったり来たりする出稼ぎ労働者が多いことも、人身売買の数を正確につかむのを難しくしています。
出稼ぎ労働者や人身売買の被害者をもっとも多く送り出している地域はアジアです。1970~80年代には、ヨーロッパや中東、そして日本や香港、台湾、 韓国、シンガポールなどの国々へ、多くの労働者が送り出されました。90年代以降は、アジア各国の経済発展を背景に、アジア地域内での労働者の移動と人身 売買が増えています。冒頭で紹介したベトナムから中国への人身売買も、その一例です。
  日本も人身売買の主要な受け入れ国の一つです。第二次大戦以前には、日本からアジア各地に送られ、売春を強制された女性が数多くいましたが、大戦中には 朝鮮半島や台湾から、多くの人が労働者として強制移住させられました。また、「従軍慰安婦」として、アジア各地に連れて行かれた韓国人、フィリピン人など の女性も数多くいました。そして現代では、「研修生」や「実習生」の名の下に、低賃金と劣悪な環境で働く、多くの外国人労働者がいます。

  こうした人身売買をなくすために、さまざまな国際条約が作られ、国際機関や市民団体が活動しています。しかし、労働者の国際移動はますます増え、人身売 買もなかなか減りません。古代から世界中で続く人身売買をなくすことは困難です。でも、私たちの家の隣人が外国人であることも珍しくない今日、政府はもち ろん、私たち一人ひとりが行動を起こさなければなりません。本書はその第一歩として最適な、とても分かりやすい本です。学校の教材としても最適です。ぜひ ご一読を

<社会司牧センター柴田幸範>

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