【 書 評 】『石が叫ぶ福音―喪失と汚染の大地から』 林 尚志著/岩波書店 / 2011年

  相も変わらず、なぜこの人はいつもチャレンジしてくるのだろう。なぜそっとしておいてくれないのだろう。なぜ私の人生を変えようとするのだろう。林尚志 神父の本を読んでそう思う。林神父の人柄に惹きつけられて下関にまで来てしまった。林神父によってその生き方が大きく転換した人は数多くいるだろう。そん な林神父の文章に目をとめた岩波の編集者が今まで寄稿した文章を一冊にまとめたのが本書である。その本には、林神父の叫びが詰まっている。
  読みながら、また熱い感情が生まれてくるのを心に感じる。どこまでも人々の現場に飛び込み、寄り添い、その交わりの中で共に叫び、主と出会う生き方への 憧れ。同時にもう一人の自分がいる。待てよ、この生き方について行ってしまっていいのか。ちょっと身が持たないのではないか。私には私の生き方があるので はないか。この人は変わり者で、言わせておけばいいのではないか。そうやって一歩引いて身構えている自分がいる。その二人の自分を心の中に置いて、林神父 について歩いてきた道を振り返る。不安な道、ときにしんどい道。しかし、それを通してかけがえのない出会いをもらったことへの感謝と確信を新たにする。そ うだ。なぜ私は自分を守ろうとするのだろう。なぜ変わることを拒むのだろう。行かなくては。自分の安全圏を飛び出し、自らがつくった居心地のいい枠を越え 出て、出会った人々と手を握りしめあわなくては。そこに先立つ主がいらっしゃるのだから。そこに福音があるのだから。林神父と歩く道は、主を信頼する道、 主と出会う道だった。
  この本を読む心ある者はみな、深い魅力を感じるとともに、自らの変化への促しに葛藤を覚えるだろう。社会の底辺で生きる人々の生活という現場、東チモール で、沖縄、被災地、福島という現代の荒れ野を共有することで発見する福音、キリストの傷からほとばしり出る言葉で紡がれている。
  一番好きな章。東チモールに散ったカリム神父との空港での最後の別れ。共に最前線で生きてきた者の心の通い合い。「10年間同じミッションができてよ かったね」と潤む声で手を差し出すカリム神父の手を堅く握りかえし、林神父は決意する。「あの握手から何も零してはならないし、そんな握手がし続けられる 生き方でありたい。」
  私も林神父との、そしてこの本との出会いから、何も零してはならない。
(中井 淳:イエズス会神父。2011年春より下関細江教会で助任司祭をしながら、 労働教育センターでスタッフとして働いている。)

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